2016年6月23日、欧州連合(EU)への残留・離脱を問う国民投票が英国で行われた。大方の予想に反し、離脱支持が過半数を占め、英国はEU離脱(Brexit)へと大きく舵を取ることとなった。加盟国の離脱を、EUは初めて経験することとなる。前例のない離脱プロセス、その後のEUと英国の関係など、先行きの不透明感がいまだ世界経済を揺るがしている。
今回の特集では、英独仏のニュースダイジェスト編集部が総力を結集し、英国がEU離脱を選択した経緯、独仏の反応、EUの今後に焦点を当てる。
(英独仏ニュースダイジェスト編集部)
起こるべくして起きた!?
Brexit(ブレグジット)を理解するための
4つのポイント
1. 英国は欧州の一員にあらず?
度重なる戦争の反省から発足した欧州共同体(EC)。英国は、ECに加盟したのも1973年と遅く、加盟した2年後には早くもEC離脱の是非を問う国民投票を実施している。1975年の結果は、『残留』。経済的利益を求めながら、自国の主権を欧州大陸に預けることを嫌う英国の、EC/EUとの微妙な関係は、加盟当初から離脱決定まで、ずっとくすぶり続けていた。
2. EU加盟国の中で特別な存在
加盟国の域内を国境検査なしで自由に移動できるシェンゲン協定に、英国は参加していない。欧州単一通貨ユーロも導入していないので、もちろんユーロ圏の金融政策を担う欧州中央銀行のメンバーでもない。次第に政治統合の向きを強めるEUのあり方は英国の望むものではなく、ユーロ危機に際して負担を強いられることに拒否感を持っていた。
3. 選挙の道具にされたEU
2004年に加盟した東欧諸国のうち、8カ国の就労制限が2011年に廃止された。英国民は、東欧からの移民に職が奪われるという危機感を募らせていく。英国独立党(UKIP)が大きく支持率を伸ばし、2013年にはキャメロン首相が、2015年の総選挙で保守党が勝ったら国民投票でEU残留か離脱を決めることを、公約した。
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実は、Brexit回避のためにEUも譲歩、「EU改革案」をまとめていた。
1. 加盟国は移民に支払う社会保障費の一部を最長4年間制限できる
2. 今後の統合政策から英国を除外する
3. ユーロ圏で危機が発生した場合、非ユーロ圏の国々に負担させない
4. 国民がEU離脱を支持!
2016年6月23日に公約通り国民投票が実施された。開票の結果、残留支持が1614万1241票(約48%)、離脱支持が1741万0742票(約52%)で、離脱派が勝利。よもや英国EU離脱(Brexit)が現実のものになるとは、離脱を支持した人でさえ予想していなかったほどの大接戦で、その後、投票のやり直しを求める署名活動、英国の後悔(Bregret)という造語が生まれるなど、混乱が続いた。
英国のEU離脱までの道のり
1952年 | 欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が発足 |
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1967年 | 欧州共同体(EC)、6カ国で発足 |
1973年 | 英国がECに加盟 |
1975年 | 英国でEC離脱の是非を問う国民投票。過半数が残留を支持 |
1985年 | 5カ国がシェンゲン協定を調印。英国は署名せず |
1993年 | 欧州連合(EU)が加盟国12カ国で発足 |
1998年 | 欧州中央銀行(ECB)が発足 |
1999年 | 欧州単一通貨「ユーロ」の導入。英国は導入せず |
2004年 | EUに、東欧10カ国が加盟 |
2012年 | EUがノーベル平和賞を受賞 |
2013年1月 | 英国のキャメロン首相、EU残留の是非を問う国民投票の実施を表明 |
2014年9月 | スコットランド独立の是非を問う住民投票。過半数が反対し、英国は分裂を回避 |
2016年6月23日 | 英国のEU離脱の是非を問う国民投票で過半数が離脱を支持 |
2016年7月13日 | 英国のキャメロン首相が辞任。テリーザ・メイが新首相に |
来年? | 英国がEUに離脱を正式に通知 |
通知から2年 | 英国とEUの離脱交渉の期限 |
英国ニュースダイジェスト・リポート
Brexitを生み出した
英国の多文化社会の限界
英国が、欧州連合(EU)を離脱することが決定した。この結果を生み出した社会的背景は様々だが、中でも移民問題に対する関心の高まりによる部分が大きいと伝えられている。「ウィンブルドン現象」*1という表現が象徴するように、これまで海外の資本や人材を巧みに取り 込んできた多文化社会の英国で一体何が起きたのだろうか。本稿では、今回の国民投票で、離脱・残留がそれぞれ圧倒的な多数派を占めた英国内の2つの街を比較しながら、その実情を探る。
*1:自由競争によって参入してきた外国勢に国内勢が淘汰されること。テニスのウィンブルドン選手 権で世界中から強い選手が参加するようになった結果、1970年代以降、地元英国の優勝者が 出なかったことから名づけられた。
対照的な2つの地域
ロンドン中心部ランベス。大観覧車ロンドン・アイや、国立劇場のロイヤル・ナショナル・シアターといった観光名所が集中する同地区では、全体の78.6%がEU残留に票を投じた。この辺りを歩いていれば、様々な外国語が耳に入ってくる。テムズ川沿いを歩くと、中米の伝統楽器スティールパンを演奏している大道芸人がいたり、なぜか太極拳のようなものを披露しているアジア人がいたり、ギリシャ特産のチョコレートを販売する屋台があったり。ホテルやレストランといったサービス業の店員が、生粋の英国人であることの方がむしろ少ない。外国人ばかりが集まっているから、自分が外国人であることさえ時に忘れてしまう、そんな街。まさに多国籍都市ロンドンの魅力を凝縮させたような地域だ。
所変わって、イングランド東部リンカンシャーの港町ボストン。こちらはEU離脱への投票が全体の75.6%を占めた、離脱派が圧倒的多数となった地域だ。同地区では、近年になって移民が急増。とりわけ農業に従事している東欧移民への風当たりが年々強まっているという。例えば彼らの一部は、街中の広場に座りながら、仕事場に向かう車に拾われるのをいつも待っている。その光景は、いわゆる「ドヤ街」の趣だ。地元の人々が口を開けば、移民たちが地域の病院や学校を侵食し始めていると危機感を示すことが決して少なくない。
移民の絶対数ではなく増加率
どちらも移民が街の光景の一部を成しているという意味では同じなのに、なぜこれほどまで移民の社会的地位が異なり、さらには極端なほどにEU残留派と離脱派に分かれてしまったのか。1つの答えを示しているのが、下に示した2つの表だ。左の表によると、ボストンの全体に占める移民の割合はわずか15%前後に過ぎない。しかし、右の表に目を移すと、同地域では移民の増加率が500%近くと群を抜いていることが分かる。つまり移民の絶対数の多少ではなく、急速に増加したからこそボストンでは移民に対する反発が大きくなったと推測することができるだろう。英国、とりわけ離脱派が多数を占めたイングランド各地には、このボストンのような街がたくさんあるのだ。
そしてこの急速な人口変化の主因として考えられているのが、東欧移民の存在である。2004年に加盟したポーランド、さらには14年まで移民規制が課されていたルーマニアとブルガリアの労働者たちの中には、EUが定める同域内の「人の移動の自由」の原則に則る形で英国へと出稼ぎにやってきた者が多数いた。しかし、EUに加盟している限りは、同域内の「人の移動の自由」を認めなくてはならず、独自の移民規制を実施することはできないのだ。それならばEUを離脱し、自国の法律を通じて、自分たちが望むような国の未来を築きたい。移民制限の必要を感じる人々が、EU離脱を訴える所以である。
今後の移民規制とは
それではEU離脱が決定した今、メイ首相が率いる新政権はどのような形での移民制限を念頭に置いているのだろうか。首相がEU離脱交渉は年内には開始しないとの意向を示しているため、その詳細については現時点では明らかになっていない。しかし、離脱派を自認する国会議員やその他の識者たちの発言を追っていくと、「ポイント制度」を導入することで移民制限を行おうとしていることが分かる。
このポイント制度とは、実は在英邦人を含む非EU移民に対しては既に適用されている。大まかに言えば、英国への移住を望む者は、滞在許可を申請する上で、最終学歴や想定年収といった項目を申告しなければならない。学歴や年収が高ければ高いほど、申請者はたくさんのポイントを得ることができる。そして高得点を獲得した者に対してのみ、滞在許可が与えられるという仕組みなのである。この仕組みが上手くいけば、移民の絶対数を減らし、かつ所得税をきちんと収め、知的・文化的レベルが高い者だけが英国に住む権利を得ることができるということになる。
しかし、一部の離脱派の政治家が投票運動期間中に示した見方とは反対に、他の27加盟国は、英国が「人の移動の自由原則」を認めない限りは、欧州単一市場*2への英国の参加も認めないという点で一致団結している。このような移民制限を実現しようとするのならば、今後の交渉で英国が単一市場への参加を獲得するのは並大抵のことではない。
*2:欧州単一市場とは、域内の人・物・資本・サービスの移動が自由化された、一つのまとまった欧州を指す。
メイ首相と夫のフィリップ氏
英国離脱が決定!
EUの二大国、仏独は何を思う?
欧州統合の牽引役となってきたのは、フランスとドイツの二大国。英離脱に際して、強硬なフランスと、まとめ役らしく包容力のあるドイツ。微妙な温度差もありつつ、英国の勝手は許さないという点では一致するようだ。
フランス:英国離脱はショック、好機到来の側面も
大統領は、この機会に独に奪われた欧州のリーダーの地位を取り戻そうとアピール。EU内での租税や社会保障の統一、財政規律の緩和など、英国がいたら絶対に阻止しそうな改革を行う好機到来と見ているようだ。仏極右は、国民投票直後、非常に元気だったが、その後「Frexit」を要求する世論も沈静化し、最近はおとなしい。パリは、ロンドンの地盤沈下から利を得ようと画策。問題は、金融フレンドリーではない税制、金融界の公用語である英語が苦手な人が多いことだ。
オランド仏大統領(社会党)
「英国は離脱通告をできるだけ早期に 行うべき。事前交渉は行わない。離脱が重大な帰結を伴うことは分かっていたはずだ」
「フランスにはEUの将来への特別な責任がある。今後は、安保、国境管理、租税や社会保障の問題に集中する」
極右・国民戦線(FN)フィリポ副党首
「EUが崩壊しつつあるのは、いいことだ。
国民を無視し続けることはできない。
フランスでも国民投票をすべきだ」
パリ地域圏会長 ペクレス氏(共和党) 「企業移転はウェルカム。ロンドンの企業幹部4000人に手紙を 出したら、もう返事が来た!社会党への政権交代の時にロンドンに奪われた雇用を取り戻す」
ドイツ:BrexitがドイツをEUの真のリーダーに?
そもそも、ドイツという脅威から欧州を守るために生まれたECであり、EU。ドイツは敗戦国として、欧州の一員になる以外に国際社会復帰の道がなかった。ゆえに、これまではEUを表立って主導することには消極的だったが、ユーロ危機、難民危機に続いてのBrexit。危機管理能力に定評のあるメルケル首相が、EUのリーダーとして手腕を発揮できるか。国内では、テロの脅威から急速にメルケル首相の支持率が下がり、極右AfDは、この好機に内輪もめする失態を演じたが、一定の支持率をキープ。
メルケル独首相(キリスト教民主同盟=CDU) 「今日(英国国民投票の日)は、欧州 統合に向け、一歩を踏み出した日。EUは十分に強く、英国の離脱に正 しい答えを出せる」「(EUという)家族から抜けたい人は、義務だけなくなり、特典は残るということを期待してはいけない」
極右・ドイツのための選択肢 (AfD)
ガウラント副党首
「英国が直接民主主義で決断したのは素晴らしいこと。
しかし、EUから離脱してしまうのは残念。
この結果はメルケル首相の責任だ」
ベルリン経済担当評議員
イザール氏(CDU)
「Brexitは、ベルリンにスタートアップのブームをもたらすでしょう。特にフィンテック(FinTech)※分野で。なにしろ家賃はロンドンの4分の1」
※スマートフォンやビッグデータなどIT技術を使った金融サービス
離脱の連鎖?
どうなる、これからのEU
「EU離脱の連鎖が起こる」、「EU崩壊の危機」、英国が欧州連合(EU)離脱を決めた時、日本の報道では、これらのセリフが繰り返された。本当にそんなことが起きるのだろうか。EUを専門とするフランス在住ライターが予想する。(文:今井佐緒里)
執筆者プロフィール
今井佐緒里:出版社勤務を経て、渡仏。パリ第8大学政治学部卒業(国際関係・歴史専攻)。現在、ソルボンヌ大学大学院・ヨーロッパ学院(EUと欧州が専門)に在籍。編著に「ニッポンの評判―世界17カ国最新レポート」 (新潮新書)
など。
英国メディア発の情報に偏る日本の報道
今までも、ユーロ通貨危機が起きるたびに、EUの危機をあおるセリフが繰り返された。どの国のメディアも、ドラマチックに書く傾向はある。それにしても、日本の報道はあまりにも英国メディア発の英語情報に偏りすぎであった。
欧州中央銀行の総裁をつとめたトリシェ氏はいう。「最初から英国の姿勢は懐疑的なものだった。EU加盟は遅く、しかも躊躇しながらだったし、ほとんど商業的利益のみを考えて決められた。離脱はエコーのようなものだ」「結局、今まで66年をかけた統合体としての欧州の構築という大プロジェクトに真に加わることなく去った」。
英国が離脱してもEUは崩壊しない
EUには28カ国が加盟している。英国が大国であるとはいえ、一つの国が去ったくらいで27カ国の組織が崩壊するとなぜ考えるのだろうか。EU市民の約7割が「EUの声は世界で考慮されている」と考えているのに。*1
そもそも欧州が団結を望むのは、中国やインドをはじめ、新興国の台頭という世界情勢がある。経済規模では、27カ国のGDPを合わせて13兆4000億ドルに上り、米国の17兆9000億ドルに次いで、世界第2位。中国の10兆9000億ドルを上回ることができるのだ。*2
金融面ではどうか。ユーロは世界で2番目に強い通貨である。崩壊どころか、リーマンショック以降もさらに4カ国が加わり、いまでは19カ国の共通通貨となっている。
6月29日、EU首脳会議の記者会見を終えたユンケル欧州委員会委員長(左)とトゥスクEU大統領(右)
スケープゴートとしてのEU
しかし、移民問題は、欧州を大きく揺さぶりかねない深刻な問題だ。来年は、フランス大統領選とドイツ連邦議会選挙がある。極右の台頭を防げるかどうかは、どれだけテロを防げるかにかかっている。テロさえ起こらなければ、人々が投票する際に重視するポイントは、移民問題よりも、景気や雇用問題、失業などの自分の日常生活に関わる問題である。トリシェ氏が言うように、「EUが人々の不満のスケープゴートに使われている」ことは間違いない。極右は、人々の不満をEUに向けさせようとしている。実際、人々が最も不満に思っているのは、EUではなくて自国の政府である。欧州委員会の調査によると、「信頼できない」のは、自国の政府と答えた人が63%を占めたのに対し、EUと答えた人は46%であった。*3
実際のところ、大陸の国々にとって移民問題は一国では対処が難しく、EUを離脱したところで解決しにくい問題だ。この点、英国は違う。国境を閉じようと思えば閉じられるし、人の流入を遮断できるという感覚。これは地続きの欧州大陸では持ちにくい感覚なのだ。
今の段階では、仏独で極右政権が生まれる確率は低く、EUの離脱連鎖は起こらないと考えられる。今後の成り行きは、テロを防ぎ、治安を維持できるか次第である。
*1:ユーロバロメーター・スタンダード2016春プレスリリース
*2:2015年世界銀行データ
*3:ユーロバロメーター・スタンダード2015春
EUとスコットランド
「減退した小さな英国ではなく、外に向かっている国に生きることが我々にはとても重要なのだ」。スコットランド選出のロバートソン議員は、EU離脱決定後の6月末、英国の下院でこう発言して、同地選出の議員たちの喝采をあびた。さらに彼は、再び独立投票を行うことも辞さない構えを見せた。スコットランドでは、国民投票で62%の人々がEU残留を望んだ。イングランドと違い、昔から親EUだ。2年前、ユンケル元ルクセンブルク首相が欧州委員会の委員長に選出されたとき、イングランド側は猛反発した。彼をEUの政治統合を目指す連邦主義者と見ていたからだ。しかしスコットランド自治政府首相で民族党の党首だったサモンド氏は、「彼は小さな国でもEUに影響を与えることができるという生きた見本だ」と賞賛していた。英離脱で生活への影響は?
実際の英離脱までには2年以上かかりそうだが、影響が多方面に及ぶことは確実。ただ、悪いことばかりでもないようだ。
ロンドンでの買い物は今がお得?
離脱決定後、英ポンドは対ユーロで10%ほど下落。円高も手伝って、日本から旅行に行く人にはチャンス。また、離脱完了後は、独仏在住者も、英での買い物に、20%の付加価値税免除が受けられるかもしれない。
英国に行くにはビザが必要になる?
英国はEU内での国境検査を廃止していないので、日本人が他のEUの国から英国に入国するときにも国境検査はあった。あまり変化はなさそう。
英国で働くのは難しくなる?
EU加盟国出身者は、英国で働くのに許可を得る必要はなかったが、離脱後は不透明。日本人は、EU内のどこで働くにも許可が必要なのでこれまでと変わらない。しかし英国以外のEU加盟国の出身者と結婚し、配偶者の立場で英国で生活・労働している人などには、影響が及ぶ可能性はある。逆に、英国人と結婚して、他の加盟国で生活・労働している人も要注意か。
「ザ・ボディショップ」の商品が買えなくなる?
輸出入がストップするわけではないので、もちろん買える。しかし、英国が離脱して英国と大陸との間の関税が復活すれば、輸入品の値段にも影響がある。
留学への影響は?
EU加盟国の大学などに通う学生が、他の加盟国に留学するために利用していた「エラスムス・プログラム」から、英国が排除されるかもしれない。これまで英国は人気の高い留学先だったのだが、今後は費用が高くつき、魅力減。
サッカーのプレミア・リーグは凋落する?
同リーグでは、多数のEU内の選手が活躍中。しかし離脱後、これらの選手には「外国人選手」として移籍に厳しい条件が課されかねない。現在プレーする欧州出身の選手のうち122人もの選手がその条件を満たせないといわれる。
欧州統合は道半ば、挑戦は続く
英国のEU離脱決定は大きな衝撃だった。様々な問題や新たな火種を抱えつつも、EUは前進するしかない。(文:今井佐緒里)
財政赤字問題 ―「外圧」として頑張るEU
ギリシャ危機があったためか、「ユーロ圏=財政赤字」のイメージが強い。しかし、状況は改善している。財政赤字をGDPの3%以内に抑えるという義務目標を達成していない国は、フランスを含む南欧を中心に5カ国あるが、そのうち2カ国の財政赤字は4%未満で、目標達成までもう少しだ。2010年にはドイツもイタリアも未達成だったが解消された。オランド仏大統領が今年、世論や与党内の根強い反対を押し切って、労働法を改定し、国際競争力を上げて赤字解消に向けて努力したのも、EUからのプレッシャーが大きな要因だ。
EU内派遣労働者の「同一労働・同一賃金」
7月にEUでは、派遣労働者の「同一労働・同一賃金」を法律で義務づけることを決定した。現在、約190万人の派遣労働者が、主に東欧からやってきて、西欧の建設・屠畜・農業などの現場で働いている。EU内では国境を越えて労働者を派遣できる点が日本と異なる。例えばポーランド人が自国の派遣会社に登録して、ドイツの会社に派遣される場合、社会保障はポーランドの派遣会社が担い、給料はドイツの最低賃金が保障される。しかしボーナス、休暇、有給等に、これまでEUの規制がなかった。これに対して労働組合や仏社会党などが働きかけた結果、東欧諸国からの反対にもかかわらず、同じ職場における同一労働の平等が実現する運びとなった。
Brexitの影響は、原発問題から始まる?
離脱決定後、英国のメイ新首相から驚きの発言があった。フランスと中国が投資して英国に造る予定だったヒンクリー・ポイント原発の建設計画を延期するというのだ。時を同じくして、欧州委員会はフランスを告発しようとしている。大赤字に苦しむ原子力総合企業アレバを国(フランス)が救済するのは、EUの競争法の原則に反するというのだ。背後にドイツの後押しがあることは想像に難くない。今までは仏英が原発推進派で、反対派のドイツの立場は弱かった。英国離脱でEUのパワーバランスが崩れたのだろう。Brexitの影響はまず、原発をめぐる問題から吹き出したように見える。今後の欧州三大国の三つ巴+EUの攻防や、いかに。