ジャパンダイジェスト

欧州連合、BREXIT条約を承認 - 英国下院は条約を可決するか?

われわれが「当然のもの」と思い込んでいた欧州の戦後秩序が、深い傷を負おうとしている。欧州連合(EU)の加盟国首脳は、11月25日にブリュッセルでの首脳会議で、英国のEU離脱(BREXIT)に関するメイ英首相の条約案を承認。条約承認により、英国は来年3月29日をもってEUから正式に脱退する。

11月25日にブリュッセルで行われた首脳会議にて
11月25日にブリュッセルで行われた首脳会議にて

欧州では沈鬱な雰囲気

1957年にローマ条約が発効してEUが創設されて以来、加盟国が離脱するのは初めてのこと。今欧州には沈鬱な雰囲気が立ち込めている。EUのユンケル大統領は「幸福な離婚はない。BREXITは悲しい出来事だ」と述べた。独メルケル首相も「英国がEUを去ることを悲しく思う」とコメントしている。

2020年末まで過渡期を設定

この条約が英国などすべてのEU加盟国と欧州議会で承認されて発効すれば、貿易について大混乱は避けられる。英国は少なくとも2020年末までEUの共通市場と関税同盟に残留できるからだ。物の貿易については、1年以上にわたって今とほぼ同じ状態が続く。

英国とほかのEU加盟国は、2020年までの過渡期間中に、将来の貿易をどのように行うかについて協議し、合意しなくてはならない。また安全保障、環境保護、漁業権、航空協定、個人情報保護などに関してどのように協力するかについても話し合う。

しかし英国は、政治の世界ではEUから直ちに切り離される。同国は来年3月29日以降、EU理事会の会議に出席したり、欧州議会に議員を参加させたりする権利を失う。欧州外交の世界で英国が蚊帳の外に置かれて「外様(とざま)」となり、影響力が現在よりも低下することは避けられない。

「身体の一部を失ったEU」

ドイツの日刊経済紙ハンデルスブラットのシュタインガルト元編集長は、「英国とEUの結婚生活は初めからぎくしゃくしていた。双方とも、相手を心の底から愛しているわけではなかった。だが今回の条約承認により、両者の結婚生活は正式に破綻することが確定した。英国を失うことは、われわれの身体の一部を失うのと同じだ。英国のないEUは、ビートルズのいないポップミュージック、ケインズなしの理論経済学のようなものだ。英国を失った後のEUはもはや不完全で、手足をもぎとられた存在だ。ひょっとすると、EUはもはや生存できなくなるかもしれない」という悲観的なコメントを発表している。おそらく、欧州大陸に住む多くの欧州人たちが同じ感想を抱いているだろう。

焦点は英国下院での投票

しかもこの条約案が発効するという保証もまだない。最大の障壁は英国議会だ。英国の下院では12月11日にこの条約案についての投票が行われる。だが英国の政界ではメイ首相の条約案は集中砲火を浴びている。議員たちの間からは、「関税同盟からの最終的な脱退時期について英国が独力で決められず、EUの同意も必要とする点などは、英国の自決権を制限するものであり、受け入れがたい」という意見が強い。

もう一つの問題は、北アイルランド地区の扱いだ。EU加盟国アイルランドの北東部にある北アイルランド地区は英国の領土である。現在アイルランドと北アイルランド地区の間では、税関検査は行われていない。

BREXIT後、アイルランドと北アイルランド地区の国境の扱いについては結論が出ていない。2020年末までの過渡期間の間に英国とEUが通商協定や北アイルランド問題について合意できないまま、英国が関税同盟から脱退すると、英国とアイルランドは相互に商品に関税をかける。EUから英国に関税なしで商品を持ち込もうとする業者は、アイルランド経由で北アイルランド地区に「密輸」する可能性がある。つまり、英国政府は北アイルランド地区で国境検査をはじめなくてはならない。

だがアイルランドとEUは、国境検査に反対している。このためメイ首相の条約案は「バックストップ(暫定解決措置)」として、両者が合意できなかった場合には、北アイルランド地区はEUの共通市場と関税同盟に残るとしている。これは「アイルランドと北アイルランド地区の間の国境検査を避ける」というEUの要求に譲歩したものだ。英国の保守派は、「英国の領土の一部がEUとの関税同盟に残ることは、スコットランドの独立要求に追い風になる」として、バックストップ案を厳しく批判している。メイ首相がこの条約案を発表した翌日には、BREXIT担当大臣と労働大臣が抗議の意を表すために辞任してしまった。

ハードBREXITの回避を!

万一英国下院がメイ首相の条約案を否決すると、英国はEUとの合意なしの「ハードBREXIT」に突入する。この場合、英国とEU加盟国は関税の徴収をはじめるほか、民間航空機の相互乗り入れなどについても影響が出る。英国はドイツ企業にとっても極めて重要な市場であり、BREXITはドイツ経済にも影を落とす。英国に拠点を持つ多くの外国企業は、合意なしのBREXITが起きた場合に備えて準備をはじめている。2016年の国民投票でBREXITが勝ったことは、国粋的ポピュリストたちが欧州で収めた最初の勝利である。民主勢力はポピュリストの脅威を過小評価していた。せめて英国下院は条約案を可決し、「合意なしBREXIT」を回避してほしい。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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