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ロボット学者 石黒浩

いよいよ3月20日に開幕する世界最大規模のIT関連見本市CeBIT 2017。日本がパートナー国として参加する今回のセビットに、世界が注目するスピーカーとして日本から招待されたのがロボット学者の石黒浩教授。ドイツ発の「第4次産業革命(Industrie 4.0)」という言葉に注目が集まり、技術が人間の生活を劇的に変えるという予感が確信に変わってきた今、ロボットと人間の共生について、石黒教授はどのような未来を見ているのだろうか。(編集部:高橋 萌)

HIROSHI ISHIGURO
1963年滋賀県生まれ。大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授を経て、2009年より大阪大学基礎工学研究科教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。人と関わるヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットを開発。2011年、大阪文化賞を受賞。2015年、文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞を受賞。主な著書に「ロボットとは何か」(講談社現代新書)、「どうすれば「人」を創れるか」(新潮社)、「アンドロイドは人間になれるか」(文春新書)など多数。

一家に一台、家庭用ロボット……『ドラえもん』やSF映画のような世界が、すぐそこまで来ている。いや、お掃除ロボットやスマートフォンなど人工知能(AI)を搭載した機械をロボットとするならば、すでに実現している。

技術革新が生活を豊かにし、世界規模の課題を解決すると期待される一方、急激な変化に市民の不安も膨れ上がっている。これと呼応するように、欧州連合(EU)議会では人工知能(AI)が人類の生存を脅かさないよう法的整備を進めるべき、との議論が高まり、「キルスイッチ(kill switch)」の導入や「電子人間(electronic persons)」 などの法的地位に関する検討がスタート。また、今年1月に開催された世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)では、世界のビジネスリーダーらが、ロボットが雇用を奪うとの懸念を表明した。

ロボットやAIをめぐる法整備や倫理の問題、つまりロボットと人間の関係性についての疑問に対し、2007年に「世界の100人の生きている天才のランキング」(英 Synectics社)で26位に選ばれた世界的ロボット学者の石黒浩教授の答えは?

コドモロイド® オトナロイド®日本科学未来館で会える「コドモロイド®」と「オトナロイド®」(右)

人間の歴史を知れば
技術を怖がる必要はないと分かる

── 石黒教授は、自律的に活動するロボットに対して今後、法的地位や「人権」が必要だと考えますか?

人権というのは社会が与えるものなので、現時点でその議論は、無意味だと思います。コンピューターに人権を与えるかどうかというのは社会の問題で、人間がロボットを社会のパートナーだと受け入れて、人権を与えたいと思ったら、与えるわけです。奴隷解放の歴史と同じです。

── 2029年頃にAIが人間の能力を超え、2045年に世界が劇的に変化するターニングポイント「シンギュラリティ(技術的特異点)」を迎えると、AI研究の権威レイ・カーツワイルがシナリオを描くように、技術の問題はクリアされ始め、社会問題にシフトしているという側面があるのでは?

違います。「ロボットに仕事を取られるんじゃないか」という恐怖感には、どこかに「はけ口」が必要です。実際、歴史を振り返れば、機械は人間の仕事をすべて奪ってきている。ところで、技術がどんどん進歩して、昔に比べてロボットがたくさん使われている今の状態は、良いですか? 悪いですか?

人間の寿命は延び、生活は豊かになっています。だから、技術は発展した方が絶対に良いんです。でも、新しい技術が出てくると、それを勉強した人だけがちゃんと仕事ができるようになり、豊かになる。そこのハードルが高いわけです。でも、そのハードルを越えるのが「しんどいなぁ」と思ったら負けなんですよ! 「私の能力は技術以下です」と、負けを認めるのと一緒。すると人は、ロボットを神格化したり、人間と同等のレベルのものとみなさなければいけなくなる。それが、理由なんです。ありもしないロボットの人権問題を、今、議論したいという衝動の根底にあるのは、仕事を奪われるという危機感。それが、すべての答えです。

── AI / ロボットが暴走したり、人間の不利益になる事故を起こした場合の責任問題や、法整備の必要性についてはどのようにお考えですか?

ロボットが事故を起こしたときと、オートマチックの自動車が暴走して事故を起こしたとき、基本的には一緒の考え方です。同じレベルの責任問題が発生します。責任の所在が社会にあろうと、個人にあろうと、実際にはそれほど差はありません。最終的に、保険会社がどう対応するか。事故が起こったときに経済的な問題の解決をどうつけるのか、という話です。保険さえ支払われるなら、何でもできるというのが、一つの答えですね。

── EUのように、枠組みや法整備について活発に議論されている状況は、ロボットの今後の発展を阻害しますか?

法整備について議論をしておくことは、いわば安心材料になる。何も議論をしないと、ロボットの能力が人のそれを超えるんじゃないかと不安でしょうがない。しかし、こういった問題が発生するかもしれない、そういった問題もあるかもしれない、と議論すること、その行為そのものが、一種のセラピー効果を持っています。

技術を否定してもだめです。歴史を学べばわかりますよ。新たな技術が生まれたルネッサンスの頃も、(第1次産業革命のときの)英国でも、機械を破壊する運動(1811-17年ラッダイト運動)をやったんです。でも、技術は発展し続けた。人間は、歴史的にそういうことをずっと繰り返しているんです。

遠隔操作型アンドロイド「テレノイド®」遠隔操作型アンドロイド「テレノイド®」

人間は、遺伝子でも進化するし
技術でも進化する動物

── ロボットが、人間に似ているから恐れるのかもしれません。人間は不完全で、欠点や欠陥がたくさんあります。一方でロボットは、より有能で疲れ知らずで、文句も言わない、いわば「完璧な人間」。私たちの社会にとって、人間よりロボットの方が優位な存在になるんじゃないかという、漠然とした不安が残ります。

人間が不完全で、ロボットが完全な人間……ちょっと待ってください。今のは、論理的に矛盾がある。「人間は不完全」だって言いましたよね、では、「完全な人間」が一番「人間らしい」ですか? 違いますね。質問されたいことが何かは、よく分かります。けれど、「人間が何か」を定義せずにロボットとは何かを議論しようとしている。これでは、感情論ですね。

完全な人間のようなロボットは、人間として不完全。要するに「完全な人間」とは、「人間ではない」んです。

ロボットを創れる人間と、ロボットに使われる人間に分けてみたらどうでしょう? 工場で働いている労働者は、ロボットの指示で動いています。今、自分の意思で仕事をしている人ってどれだけいるでしょうか。今後、9割はロボットに使われる側になるでしょうね。

── ロボットに使われる側になること、ロボットに能力的に劣る存在になることが、人間にとって「不幸」であるという出発点に立っていました。しかし考えてみれば、必ずしもそうではありませんね。自動車よりも早く走れないからといって、私はまったく引け目を感じていませんし、暗算が苦手なので喜んで電卓を叩きます。

そうですよね。人間の幸せ……そもそも人間の定義は?人間は道具を使うサル。技術を使う動物です。人間が、もっとも人間らしいのは、脳を使い、技術を生み出すときですよ。その技術の極端なものがロボットです。だから人間は、ロボットなしには人間にならないんですよ。

人間とロボットは、すでに共存しているんです。人間は遺伝子でも進化するし、技術でも進化する動物です。人間とロボット、人間と技術は、分離できないんです。もし分離したら、人間は猿ですよ。技術を使っているから、人間は「人間」なんです。使うか、使われるか、それはどちらでもいいんです。

対話型アンドロイド対話型アンドロイド「ERICA(エリカ)」

人間の仕事はなくなります
そして生活はより豊かになります

人間の仕事はなくなります。なぜか分かりますか? 歴史を振り返りましょう。昔は、ろくに勉強せずとも仕事ができましたが、人生のほぼすべての時間を仕事に費やしていました。今は、英語を習得するとか、パソコンを勉強するとか、人生の半分が勉強なんです。技術がもっと進むと、もっともっと勉強しないと技術を使いこなせませんよね。でも、いっぱい勉強したら、技術を駆使して、ものすごく効率良く仕事ができます。これが技術の意味なんです。人間の人生、8割くらい勉強に充てることになりますよ。教育期間が延びて、働く時間が短くなってくる。これが、「人間の仕事がなくなるかどうか」に対する答えです。

人間の働く時間が減っても、生産性は落ちません。なぜなら、技術がすごいから。それから、全員が働かなくてもいいですよ。パソコンとかロボットなど技術を使って、めちゃくちゃ効率良く働ける人が働けばいいんです。

── 「仕事を奪われる」という思考のベクトルも、的を射ていないということですね?

仕事を、奪ってはいないんです。道具や技術を使わなかったら、いまや仕事にならないですからね。なんでロボットのことだけ不安視するんですか? 昔は、手で荷物を運んでいた。でも今は、大型トラックで運べば1000人分くらいの仕事ができますよね。人間は、それで怒りましたか?

── 喜びました! 人間は喜ぶべきなんですね。自分たちが生み出した技術を使えることを。

そうですよ。そちらの方が効率良いし、より豊かな生活になるじゃないですか。

携帯型の遠隔操作アンドロイド携帯型の遠隔操作アンドロイド「エルフォイド®」

── このまま技術が進化すると、技術や知識を持つものと、持たざるものの間で、もっと社会の格差が広がるのではないか、という不安もあります。

階級社会の構築とか、武力とか、技術が悪いことに使われると、どうなるかは分からない。でも一方で、インターネットに国境はありません。技術というのは、個々の人間の能力を、簡単に、そして飛躍的に拡張するんですよね。現在、インターネットや携帯電話を使えば、誰とでも話せるでしょう。そうすると、国境の意味がなくなってくるんですよ。だから、お金とか武力だけで踏ん反り返っていた人たちの力は相対的に弱まるでしょうね。

── 変化を実感する時代、誰もが近未来に対してどのように備えるべきか、迷いながら、生きる道を模索しています。

答えはないです。勉強する以外に。頑張ってください。

── 「人間とは何か」の答えを求めて、ロボットを創る石黒教授は、ロボットを通して「人間」を見ている。最後に、石黒教授の著書『どうすれば「人」を創れるか: アンドロイドになった私』の言葉を引用したい。

技術の進歩とともに、人間と機械の境界は曖昧になっていく。

技術の進歩とともに、人間はより難しい自分探しをしなければならなくなってきているとも言えよう。

ただ、それこそが技術進化を遂げる人間の宿命であるとともに、本当の意味で人間として生きるということなのだと思う。

石黒浩教授がハノーファーにやって来る!

石黒浩教授

CeBIT 2017
グローバル・カンファレンス

Androids, Robots, and Our Future Life
ーアンドロイド、ロボットと私たちの未来ー
3月21日(火)9:45~10:45
ホール8 /Sakura Stage

※講演は英語で行われ、ドイツ語に同時通訳される
www.cebit.de/veranstaltung/androidsrobots-and-our-future-life/KEY/74893

 
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