人を支え、社会と繋ぐ ドイツ・英国の働く犬たち
近年、英国の官邸街でネズミ捕獲長として働く猫たちが人気を博し、日本では猫の駅長が地域活性化に一役買うなど、猫がメディアの注目を集めている。しかし、2018年の干支は戌。今年最初の特集では、ドイツと英国で人と社会を結び付けるべく活躍している犬に着目したい。盲導犬や警察犬、救助犬など、人々の生活を補助してくれる犬たちの中から、今回はドイツの市民の日常生活を支える介助犬と、英国の牧畜業に欠かせない存在である牧羊犬をご紹介しよう。
人と犬が幸せに暮らす国、ドイツで活躍
生活をサポートする
介助犬たち
ヨーロッパ屈指の「犬大国」であるドイツ。犬は大切な家族、良き仲間であり、人間と対等な存在として扱われている。そんなドイツには、警察犬や盲導犬、介助犬として活躍する犬が数多く存在しており、私たちの暮らしをサポートしてくれている。人も犬も幸せに暮らす国、ドイツの犬事情や法律、歴史を紐解きながら、ハンディキャップを持つ人を手助けする介助犬に焦点を当ててみたい。
取材団体:ruhrpotthunde Hundeschule
介助犬のトレーニングを始め、子犬や高齢な犬のための基礎的な教育や、狩猟犬の研究など、多種多様な犬のスペシャリストを擁する機関。人も犬もリラックスできるような理想的な自然環境を兼ね備えるノルトライン=ヴェストファーレン州の町、ヴィッテンにて、それぞれの犬の個性を生かした個別指導から、犬の社会性を培う小グループでのレッスンまで、幅広い内容のトレーニング教室を開催している。
www.ruhrpotthunde.de
人間と対等な存在
街中や公園はもちろん、電車やバス、デパートやレストランなど、あらゆる場所で犬を見掛けない日はないと言っても過言ではないほどドッグ・フレンドリーな国、ドイツ。犬は人間に癒しを与えてくれるペットではなく、家族や友人といった大切なパートナーとして、私たちと対等な立場にいると考えられている。そのため、飼い主が暮らす市の一員として犬税(Hundesteuer)と呼ばれる税金を納める義務があり、公共交通機関では料金を支払えば乗車することが認められている。このように社会の一員として認識されているので、もちろん周りの目も厳しく、きちんとしたしつけをするためにどの町にもある犬の学校(Hundeschule)に通うのが一般的だ。その結果、公共の場で騒いだり吠えたりする行儀の悪い犬をこの国で見ることはほとんどない。
犬との共存が広く根付く理由は?
マーケティング・リサーチ会社GfKの調査(2016年度)によると、ドイツで犬を飼っている割合は、21%。最も数値が高いアルゼンチンでは66%、英国では27%、日本では17%となっており、ドイツの割合が特に高いわけではないことが分かる。では、なぜここまで犬が人間社会に溶け込んで暮らすスタイルが定着しているのか。そこには2つの理由がある。
まず1つ目は、古くから動物愛護に関する考えが発達していたことだ。法律の観点から見ると、1871年、ドイツ帝国時代には既に動物虐待罪を規定した刑法典が存在していた。民間の動きとしては、ドイツ国内で最も有名な動物愛護施設「ティアハイム・ベルリン」の前身となる施設が1901年から動物シェルターとしての機能を果たしていたという記録が残っている。このように100年以上もの長い歴史を刻むことで、動物と共存するという精神が幅広く根付いているのだろう。
そして2つ目に、ドイツには数多くの優れた国産犬種がいることが挙げられるだろう。警察犬や盲導犬はドイツが発祥と言われており、さまざまなドイツ原産の犬種が人々の暮らしをサポートしている。そのため、ドイツ人にとって犬は切っても切り離せない存在なのだ。
人々の生活を支える優秀な犬たち
ドイツの犬」と言われて真っ先に思い浮かべるのが、警察犬ではないだろうか。ドイツにおける警察犬の始まりは第一次大戦にまでさかのぼる。その際の活躍ぶりが世界的に知られるようになり、ドイツ原産のジャーマン・シェパードやドーベルマンは、国内に留まらず世界各地で活躍の場を広げている。現在、ドイツでは上記の犬種のほかにボクサーを始め、10もの国内外の犬種が警察犬として認定されており、犯人の追跡や行方不明者の捜索、爆発物・麻薬探知などのシーンで活躍している。ちなみにドイツ国内で最も人口が多いノルトライン=ヴェストファーレン州では、約290頭の警察犬が日々、市民の安全のために働いている。
同じくドイツになじみ深いのが盲導犬だ。初めて福祉事業として取り入れられるようになったのも、第一次大戦後のドイツだった。戦争で負傷し、失明した多くの軍人の社会復帰を手助けするため、組織的に盲導犬が育成されるようになり、1916年、オルデンブルクに世界初となる盲導犬訓練学校が設立された。1939年には、日本に初めて4頭の盲導犬(ジャーマン・シェパード)がドイツから輸入され、後の日本の盲導犬育成に貢献したとされている。
警察官とともに業務に当たる警察犬のジャーマン・シェパード。
容疑者逮捕に貢献することもしばしばある
ニーズに合わせて援助する介助犬
警察犬や盲導犬と同様に人々の生活を円滑にするためにサポートしてくれるのがこれから紹介する介助犬だ。今回、話をうかがったruhrpotthunde Hundeschuleの介助犬トレーナー、ビルギット・シュターデさんによると、介助犬とは言葉の通り、サポートを必要とする人を援助する犬のこと。そのため、人を手助けするという点で、盲導犬・聴導犬も介助犬の一種だという。目的が明確な盲導犬や聴導犬に比べ、介助犬は幅広いニーズに合わせて訓練されるのが特徴だ。
介助犬の中で一般的なのが日常生活の手助けをする犬、心の病に苦しむ人に寄り添う犬、糖尿病患者の低血糖による異変を周囲に知らせる糖尿病アラート犬の3種類。それぞれ担う役割が違ってくる。
生活サポート介助犬(LPF-Assistenzhunde)
身体的なハンディキャップを持つ人が実生活に支障をきたさないようサポートする。具体的には、飼い主が落としたものを拾ったり、ドアを開けたり、照明を点灯させるなどの一般的な生活の援助作業。
PTSD介助犬(PTBS-Assistenzhunde)
心的外傷ストレス障害(PTSD)に苦しむ人などの心に寄り添う。具体的には飼い主が夜にうなされている際に慰めたり照明を付ける、危ない状況で安全な場所に移動させ、家まで誘導するなど。
糖尿病アラート犬(Diabetikerwarnhund)
鋭い嗅覚を生かし、糖尿病患者の低血糖や高血圧による容態の急変を家族や周囲に知らせる。子供の患者に対して特に需要が高く、純粋な援助作業に加えて犬が病気の子供のために果たす社会的要素は非常に重要だとされている。
介助犬に適した性格や犬種
介助犬のトレーニング方法には、トレーナーが個々にレッスンをして育てるお任せタイプと、子犬の段階でトレーナーの力を借りて飼い主も一緒になって訓練する参加型タイプの2通りある。基本的なトレーニング内容としては、服従と必要な援助作業が訓練される。
また、人をサポートするという面において大切になってくるのが適正だ。性格の面においては、飼い主に従順であり、おとなしいこと。そして体力があり、他人やほかの動物に対しても高レベルな適合性を持っていることなどが挙げられる。原則としてはどんな犬種も介助犬になるための訓練を受けることは可能だが、大きく安心感のある体格で愛らしい外見のラブラドール・レトリバーやゴールデン・レトリバーが特に適しているとされている。そのほか、賢い大型のプードルや、クライナー・ミュンスターレンダーなどのドイツの犬種も含まれている。しかしシュターデさんによると、時には介助犬を必要とする人が「一目ぼれ」することもあると言うので、どの犬種が人生のパートナーになるかは、最終的には相性によって決まる。
犬大国、ドイツの今後の課題
実はドイツでは介助犬に関して国で一律の規定が定まっておらず、犬税も自治体によって免除されるケースもある。また、映画館、劇場、病院など通常、犬が中に入ることができない場所でのアクセス権についても法律で決まっていないため、それぞれで対応が違うことが今後の課題でもあると、シュターデさんは語る。
では、もし私たちが街中や駅などで介助犬を見掛けた際にはどのようなサポートができるのだろうか。「介助犬を利用している人の中には、見た目だけではハンディキャップを背負っていると分からない方もいます。もし、街中で介助犬のマークやゼッケンを付けた犬に出会った際には、注意を引いたり、撫でたりするようなことはしないください。また、そのような人を見掛けたら注意を促してください。介助犬たちは飼い主のために重要な仕事をしているのですから」。
人と犬が幸せに暮らせる国だからこそ、今後は福祉の視点からも互いがより快適に共存できることを目指す必要があるのではないだろうか。
ドイツ原産のプードルはその賢さから介助犬に適していると言われている
ドイツ・英国の
犬にまつわる法律や規則
人間と犬が一つの社会で共存するため、ドイツでも英国でも、犬に関する法律や規則が存在する。ときには「えっ」と驚くユニークな決まりも。犬と一緒に生活する上で、しっかり把握しておきたい法律や規則をいくつか挙げてみよう。
ドイツ
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殺処分は原則禁止
動物全般の殺処分は原則禁止。不治の病を患った動物のみが例外とされている。飼い主がいない動物たちは「ティアハイム」という民間の動物シェルターに保護され、引き取り手が見つかれば新たな家族の元へ、見つからなければ無期限で生活することができる。 -
公共交通機関の同乗が可能
公共交通機関の同乗可。ドイツ鉄道での犬の乗車賃は、大人料金の半額となる(チケットの種類により違いあり。盲導犬や介助犬などは無料)。ほかにもショッピング・センターやレストラン内で犬がおとなしく待っている姿は、ドイツでは日常の風景だ。 -
細かい飼育規定がある
犬も家族の一員という認識が強いドイツでは、詳細な飼育規定がある。例えば犬種などによってケージのサイズやリードの長さ、さらには部屋の大きさまでも決まっている。これらが守られていないと判断されれば最悪の場合、愛犬を没収されることも。 -
犬税が課せられる
自治体によって徴収の有無が異なり、金額も変わってくるが、1頭当たり平均100ユーロ(1年間)が課せられ、数が増えるほど高くなる(デュッセルドルフの場合、1頭は年間96ユーロ、2頭は1頭当たり150ユーロ)。闘犬の税金は普通犬種の倍以上になる。
英国
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すべての犬にマイクロチップを義務付け
既に法が制定されている北アイルランド以外の地域で、2016年に生後8週間以内のすべての犬にマイクロチップを埋め込み、データベースに登録することが義務付けられた。これを怠ると最高500ポンドの罰金が科せられる。 断耳、断尾の禁止
断耳は英国全土で禁止。断尾も基本的には禁止だが、警察犬や軍用犬など一部の職業犬に限り認められている。これまで断耳、ß断尾ともに完全禁止だったスコットランドも、2017年6月に法律が代わり、一部の職業犬については断尾が可能になった。-
1頭の犬に6回以上出産させてはいけない
繁殖業者は地方自治体に登録する義務がある。様々な規定が設けられており、1歳未満の雌犬に出産させてはいけない。また、1頭の雌犬に一生のうち6回以上出産させるのも不可、次までに1年以上の間を置く必要がある。 -
土佐犬を含む4種が危険犬種に指定
1991年に施行された危険犬種法によると、ピット・ブル・テリア、ブラジリアン・ガード・ドッグ、ドゴ・アルヘンティーノ、土佐犬の飼育が、特定の場合を除いて禁止されている。これらの犬種の繁殖や販売、譲渡も不可。
ショーペンハウアーやエリザベス女王の愛犬など
ドイツ・英国を代表する犬たち
ドイツ
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勇敢な性格で警察犬として活躍
第一次大戦での活躍で世界中に知られることとなり、現在では警察犬として活躍している。そのほか警察犬であるドーベルマン、ボクサーもドイツ原産で、これらの犬種は日本でも警察犬指定犬種になっている。
ジャーマン・シェパード・ドッグ
Deutscher Schäferhund -
ショーペンハウアーの愛犬
フランスが原産と思われることが多いプードルは、実はドイツが起源の犬種。ドイツ人哲学者、アルトゥール・ショーペンハウアーが愛犬のプードルを散歩する姿が話題となり、当時のフランクフルトではプードルを飼うことが流行ったそうだ。
プードル
Pudel
英国
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粘り強く勇敢な英国の国犬
雄牛と闘うためにつくり出された中型犬。勇敢で粘り強い様から、第一次大戦時には「ブルドッグ精神」として、英国民が敵に対し不屈の精神で挑むためのプロパガンダにも利用された。第二次大戦時には当時の首相ウィンストン・チャーチルのニックネームでもあった。
イングリッシュ・ブルドッグ
English Bulldog -
エリザベス女王の愛する「動くじゅうたん」
エリザベス女王が幼少のころから愛し、91歳の現在に至るまで常にペットとして飼い続けているのが、ウェールズ地方原産の小型犬コーギー。女王の周囲に群がるコーギーが一斉に移動していく様子を、故ダイアナ元妃は「動くじゅうたん」と形容した。
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク
Welsh Corgi Pembroke