かつて、ワイン樽職人の仕事を2日間かけて追ったことがあります。モーゼル地方で当時最後の樽職人といわれたピースポート村のヨーゼフ・ブライト氏の工房で、引退直前の彼の仕事の一部始終を見せてもらったのです。彼は、約50年の間に大小2000の樽を造ったそうです。製作していたのは、主にモーゼル地方の伝統的な樽である「フーダー(1000リットル)」。素材はオーク*です。体力のあった30代の頃は、年間160樽も生産していたそうです。
ところが、80年代後半に入るとフーダーの注文が徐々に減りはじめ、その頃から今度は小型オーク樽の注文が増えたそうです。「バリック・ボルドレーズ」と呼ばれるフランス・ボルドー地方の伝統的な樽(225リットル)のドイツ版です。当時ブライト氏は、「年をとって体力的に大型のフーダーを造るのが辛くなった頃に小型の樽の注文が増えたので、仕事がとてもやりやすかった」と仰っていました。
このエピソードからうかがえるように、ドイツでは1970、80年代頃から温度管理や清掃、メンテナンスのしやすいステンレススティールのタンクが徐々に普及し始め、 モーゼル地方のフーダーや、ライン川地域の「シュトゥック(1200リットル)」 といった大型の樽は少しずつ姿を消していきました。
一方で、小型のオーク樽が一部のワイン(主にブルグンダー種)に使われるようになります。ドイツでもフランス名を転用してバリックと呼んでおり、主にフランスから樽を取り寄せています。樽材にドイツ産のオークが使用される場合も、製品化は高品質を誇る本場フランスの技術に委ねられることが多いです。
バリックを使用すると、ワインにバニラやココナッツの風味にも似た特有の樽香が加わります。ドイツでは1980年代頃まで、検査機関のテイスターがこの樽香をワインに特有でない異臭であると判断し、ラントワインに格下げしてしまうことがありました。
ドイツで昔から使われていた大型の木樽には樽香を付ける目的はなく、樽香が付かない状態にしてから使い始め、何十年にもわたってメンテナンスをしながら使用し続けます。ドイツワインを代表するリースリングは香り高く、造り手はその純粋な風味を活かすため、通常バリックを必要としません。
一方、グラウブルグンダーやシュペートブルグンダーなどの品種は、バリックを使うことでワインに調和する個性的な風味が加わります。その樽香は、新樽ほど強く出ます。バリックは通常、3〜4回繰り返し使用します。
1991年にドイチェス・バリック・フォーラム(Deutsches Barrique Forum)、93年にバリックフォーラム・プファルツ(Barrique Forum Pfalz)というバリックを使用するワインの品質向上を目的とした団体が相次いで結成されると、ドイツワインの伝統とは異質な、樽香のあるワインがその地位を確立し、バリックの選択、使用法も洗練されていきました。ドイツにおけるバリックの台頭は、バリックと相性の良いブルグンダー種など、フランス系品種の栽培の増加とも関係しています。
* オークはブナ科の落葉樹の小楢(コナラ)や水楢(ミズナラ)のことです。
(ラインガウ地方)
写真:© Weingut Querbach
エストリッヒの高台にある1650年創業の伝統ある醸造所。現在のオーナーはペーター・クヴェアバッハ氏。ワイン造りは、ペーターさんと父親のヴィルフリートさんが共同で行っている。試飲会でクヴェアバッハ醸造所のスタンドを訪れると、いきなり垂直テイスティング(年代の違う同じ銘柄のワインを飲み比べること)が始まる。通常10ヴィンテージが準備され、クヴェアバッハ・リースリングの10年の軌跡を追うことになる。そして過去ヴィンテージの、時を超越した若々しさを実感する。常時10のヴィンテージが入手できる醸造所はドイツでもごく稀。現段階で、2000 ~ 09年までのすべてのヴィンテージを購入できる。ワインの価格も非常に良心的だ。
Weingut Querbach
Lenchenstr. 19, 65375 Oestlich-Winkel
Tel. 06723-3887
www.querbach.com
2009 Riesling trocken Q1(Querbach No.1) Oestlich Lenchen
2009年 リースリング(辛口)Q1 エストリッヒ・レンヒェン
11.85€