ジャパンダイジェスト

逃亡トンネルを掘った人たちと伝える人たち

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10月のある日、地下鉄U8のベルナウアー通り駅に赴いた。この週、兵庫県の加古川南高校とベルリンのフェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ・ギムナジウムとの間で、日独の女子生徒たちによる異文化交流プログラムが行われた。このプログラムを企画した知人の働きかけにより、当時地下に掘られた逃亡トンネルをテーマにした日独合同ガイドツアーが実現することになり、その通訳を頼まれたのだった。

Junges Museumは歴史博物館の中にある
Junges Museumは歴史博物館の中にある

生徒さんたちや同行の先生方と落ち合ってから、壁跡に面した建物の前で「ベルリン地下世界協会」のディトマール・アーノルトさんに会う。ベルリンの地下世界についての本も出版している、この分野では著名な方である。

第二次世界大戦の空爆で、ベルリンではアパート全体の37%が破壊され、戦後15年経ってもこの街は住宅不足に陥っていた。そのため、父親だけ西側の実家にというように、家族が東西別々に住むこともあったそう。しかし、1961年8月に壁の建設が始まり、彼らは突然会えなくなってしまう……。

この時期、東側に住む多くの人が逃亡を試みている。大人は車の中に隠れたり、嘘の口実をつくったりして検問をすり抜ける可能性がわずかながらもあったが、子どもがそんな極限状況に耐えられるわけがなかった。

「子どもを持つ家族が西に逃げようとする場合、1番可能性があったのは、地下トンネルで脱出することだったんです」。1人の親として、アーノルトさんの語る歴史が一気に身近なものに感じられてくる。地下に降りると、トンネルを掘る工程を再現した一角が。1960年代、ベルナウアー通りでは、西側の支援グループにより西から東に向かっていくつものトンネルが掘られた。大きな音を立てられないため、人々は無線でやり取りした。作業は慎重に進められ、1日数十センチしか掘れない日もあったという。

ベルナウアー通りの壁の緩衝地帯跡。かつての逃亡トンネルの上には、その跡を示す線が敷かれている
ベルナウアー通りの壁の緩衝地帯跡。かつての逃亡トンネルの上には、その跡を示す線が敷かれている

何カ月もかけて掘り進めても、途中で情報が漏れて、たどり着いた先にシュタージ(秘密警察)が待ち受けていたことも。有名な成功例は57人が逃亡した1964年の「トンネル57」だが、いざ脱出という時、高さ70センチしかない狭いトンネルを前にして、恐怖のあまりパニックになった人も出たという。忠実に再現したトンネルの前に立つと、一層身に迫ってきた。

さらに地下深くへ下る。驚いたことに、アーノルトさんらは、この空間を埋め尽くしていた瓦礫を数年かけて取り除き、調査中に本物のトンネルを発見。それは目的地まであと2メートルの地点で終わっていたという。トンネルを掘った人たちもすごいが、歴史を掘り起こす彼らの執念にも感嘆した。

地上に戻ってから、加古川南高校の原実男校長がしみじみとおっしゃった。「歴史は本物に触れるのが1番ですね。人々を苦しめた愚かな歴史も、ありのままに残すことが大事なのだと思います」。この日案内した10代半ばの生徒たちにとって、壁があった時代というのはもう遥か昔のこと。でも、彼女たちが何かを感じてくれたことは、ツアー中の眼差しからうかがえた。

インフォメーション

ベルリン地下世界協会
Berliner Unterwelten e.V.

防空壕や核シェルターなど、ベルリンの地下に眠る遺構の研究と保存のために活動をしている団体。1999年から行なっている各種ツアーは、高い人気を集めている。今回ご紹介した「逃亡トンネルツアー(Tour M)」を含め、大部分のツアーはドイツ語と英語で開催。U8 Gesundbrunnen駅を上がったところにインフォオフィスがある。

開催日:Tour Mは週3〜4日 ※詳細は下記URL参照
住所:Brunnenstr. 105, 13355 Berlin
電話番号:030-49910517
URL:www.berliner-unterwelten.de

ベルリンの壁メモリアル
Gedenkstätte Berliner Mauer

壁の歴史を知るには最適の場所。ベルナウアー通りの壁と緩衝地帯の跡を利用した野外展示、情報センター、東独政府が爆破した教会の跡に建てられた和解礼拝堂から成り、時間をかけて訪れたい。情報センターで流されている、壁崩壊の年の出来事をまとめた映像は特に感銘深い。北駅近くにはビジターセンターもある。

オープン:(情報センター)火曜〜日曜10:00〜18:00
住所:Bernauer Str. 111, 13355 Berlin
電話番号:030-213085-166
URL:www.berliner-mauer-gedenkstaette.de

 
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中村さん中村真人(なかむらまさと) 神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部を卒業後、2000年よりベルリン在住。現在はフリーのライター。著書に『ベルリンガイドブック』(学研プラス)など。
ブログ「ベルリン中央駅」 http://berlinhbf.com
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