5年ほど前、書店で『Sommerhaus am See』（湖畔の別荘）というドイツ語の絵本が目に留まった。作者は英国のジャーナリスト、トーマス・ハーディング。ベルリン近郊の湖畔に実在する夏の別荘の視点を通して、戦争や分断の歴史を見つめるという物語だ。ブリッタ・テッケントラップの詩情溢れる絵の魅力もあり、私はこの本を買って帰った。

アレクサンダー・ハウスというこの家を一度見に行きたいと思ったものの、当時はコロナ禍のさなか。先日、ふと思い出して、ホームページにアクセスしてみたら、ちょうどその週末に記念イベントが行われるという。絶妙のタイミングを逃す手はなかった。

4月末の日曜、西の近郊のシュパンダウ駅から638番バスに乗る。ベルリンとブランデンブルク州の境と並行する1本道に入ると、並木の緑のシャワーを浴びるように心地よい。「Am Park」のバス停で降りて、農道をしばらく歩くと、あの絵本に出てくるかわいらしい窓の家が見えてきた。

アレクサンダー・ハウスでスピーチをするトーマス・ハーディングさん（中央）

ちょうど、トーマス・ハーディングさんがスピーチをするところだった。1927年にこの家を建てたアルフレッド・アレクサンダー（1880-1950）のひ孫に当たる方だ。アルフレッドはベルリン医師会会長も務めた著名な医師で、彼の患者にはかのマレーネ・ディートリヒやアルベルト・アインシュタインもいたという。

しかし、ユダヤ人のアレクサンダー一家は、1936年、追われるようにして英国に移住する。その後、ゲシュタポがこの家を押収し、作曲家ヴィル・マイゼルと著名な歌手の妻、ヒトラーユーゲントに所属する息子の一家がここに住んだ。戦後、ここに長く住むことになるキューネ一家はシュタージ（東独の秘密警察）の関係者という、まさに20世紀ドイツの歴史がこの小さな家に色濃く反映された。

なごやかなセレモニーの後、近くに住むディーター・ダルギースさんのガイドツアーに参加した。話を聞いているうちに、この家とアレクサンダー家の子孫を結びつけた人物であることが分かった。「2009年に私たちはかつてグロース・グリニッケに住んでいたユダヤ系住民の足跡を調べて小冊子を作りました。そこでアレクサンダー家の存在が浮かび上がってきたのです」。

別荘の前に広がるグロース・グリニッケ湖

2013年、地元住民の招きにより、ハーディングさんがついに曽祖父の別荘を訪れたが、建物は蔦に覆われ、廃屋のような状態だったという。ポツダム市は当初この家を取り壊す方針だったが、ハーディングさんと現在の住民の熱意により、約6年をかけた修復作業で家はよみがえった。

うれしい気持ちで帰ろうとしたら、ちょうど泳ぎ終えたばかりの男性と出くわした。ロンドン出身の歴史家、ジョン・オーウェンさん。アレクサンダー・ハウスを管理する協会の理事が、この日のセレモニーでハーディングさんからベルリンに住むオーウェンさんに引き継がれた。湖畔の別荘は今後「教育と和解の場所」として本格的に歩み始めるそうだ。

アレクサンダー・ハウス
Alexander-Haus e.V.

1927年に医師のアルフレッド・アレクサンダー博士により、週末や夏の別荘として建てられた。75年の間に五つの家族が住んだこの家は、すぐ裏手にベルリンの壁が建設されるなど、ユダヤ人迫害や東西ドイツ分断といった20世紀のドイツ史が映し出される。現在は定期的にガイドツアーが開催されており、申し込みは下記ホームページにて。

住所：Am Park 2, 14476 Potsdam
URL：www.alexanderhaus.org

『あの湖のあの家におきたこと』

2020年に出版された絵本『Sommerhaus am See』（Jacoby & Stuart出版）の日本語版。「その家を建てた作者の曽祖父一家はナチスに追われ、その後に住んだ音楽家一家も徴兵を逃れ家を出る。戦後に暮らした家族は『ベルリンの壁』によって湖と隔てられ……。ベルリンに実在する一軒の家の変遷から戦争、分断の歴史を見つめる物語」（本の紹介文より）。

翻訳：落合恵子　発行元：クレヨンハウス
発行日：2020年10月20日