コロナ禍が始まった年の夏、知人を通じて、ベルリンのある教会で不要となったチェコ製の古いアップライトピアノを譲っていただく機会があった。ステイホームが長い時期だったこともあり、思い切ってゼロから始めたら、すっかり夢中になってしまった。いまやピアノを弾かない生活は考えられないほどだ。フルートやリコーダーとは長い付き合いがあるが、この歳から新しい楽器との関係が生まれるとは思わなかった。
楽器博物館で週末に奏でられる欧州最大級のシアターオルガン
人間と楽器との長い関係を知るのに最適な場所がベルリン・フィルハーモニーに隣接してある。2月のある土曜、久々に楽器博物館に行くと、手回しオルガンのかわいらしい音が聴こえてきた。鍵盤奏者のイェルク・ヨアヒム・リーレさんが毎週土曜の11時から行っているガイドツアーはおすすめだ。4世紀にわたる多様な楽器を実際に奏でながら説明してくれるので、言葉が分からなくても楽しめる。
最初は管楽器の紹介。いにしえに誘われるようなクルムホルンの素朴な響きから始まって、クラリネット、真ちゅう製のモダンなホルンへと至る。弦楽器はストラディヴァリウスやグァルネリなどの歴史的名器も展示されているが、さすがにこれらはガラスケースからのぞくだけだ。
楽器博物館に展示されている貴重な鍵盤楽器の数々
初代プロイセン王の妃、ゾフィー・シャルロッテが弾いていた1700年頃のチェンバロやモーツァルトも絶賛したというJ・A・シュタイン作のフォルテピアノ……。鍵盤楽器が本職のリーレさんが、それぞれの楽器の響きやペダルの有無のニュアンスの違いを見事な演奏で聴かせてくれた。
変わり種では、先のゾフィー・シャルロッテに贈られたという「旅行用チェンバロ」なるものも。三つの部分を折りたたんで、旅先に携帯できたそうだ。彼女の孫のフリードリヒ大王が愛奏していたフルートも美麗ケースと共に置かれていた。大王はバッハを宮廷へ招き、名作を生み出すきっかけを与えるなど、音楽への強い情熱の持ち主としても知られる。
ガイドツアーのハイライトは、マイティー・ヴーリッツァーという名のシアターオルガンの実演だ。土曜12時に演奏されるので、これに合わせて見学に訪れるのもいい。ジーメンス社の創業者の孫が1929年にニューヨークのヴーリッツァー社から購入したもので、当時無声映画の上映に合わせて生演奏された。この楽器は1228本のパイプと200以上のストップをもつ欧州最大規模だそうだ。鐘の音からクリスマスのそりの鈴、雷のとどろきまで出すことができ、さながら音のデパートのよう。
映画「ハリー・ポッター」シリーズから不気味な響きの挿入歌の後、鳥のさえずりが混じり合った、サン=サーンス「動物の謝肉祭」の晴れやかな終曲で締めくくられた。大きさや構造はさまざまなれど、楽器の音は人間の私的な領域を揺さぶる。それも時に予期せぬ形で。私自身、これからも楽しみながらピアノやフルートを奏でていこうと思った週末の午後であった。
ベルリン楽器博物館
Musikinstrumenten-Museum
プロイセン文化財団が運営する博物館。16世紀から今世紀までの約3300点の欧州の楽器コレクションの中から約800点を展示している。毎週木曜18時と土曜11時からはガイドツアーが開催され、土曜12時からはシアターオルガンの実演が行われる。入場料は6ユーロ(割引3ユーロ)。18歳以下は無料。
オープン:火水金9:00~17:00、
木9:00~20:00、土日10:00~17:00
住所:Tiergartenstr. 1, 10785 Berlin
電話番号:030-25481178
URL:www.simpk.de/museum
楽器博物館のコンサートシリーズ
Konzerte im Musikinstrumenten-Museum
楽器博物館では定期的にコンサートも開催されている。17世紀から19世紀にかけての古楽を奏でる「Alte Musik live」やジャズコンサート「Jazz im MIM」(どちらも毎月1回開催)のほか、11月から2月まで毎月の水曜に行われる映画上映会「Mittwochskino」では、無声映画の代表作をシアターオルガンの生演奏で楽しめる。
URL:www.simpk.de/museum