先日、ベルリンの日独センターで写真家、橋口譲二さんの講演会が開かれました。1980年代から現在に至るまで、橋口さんが撮り続けてきた写真を紹介しながら、自身とベルリンの関わりについて語るという大変興味深いものでした。たまたま、同センターの関係者の方が私の著書を橋口さんにプレゼントしてくださったことから知り合う機会を得て、「あなたに案内したい場所がある。今度会えませんか?」と、思いがけない言葉を掛けてくださったのです。
その週末、橋口さんが連れて行ってくださったのは、クーダムから一歩入った通りにあるホテル・ボゴタ(Hotel Bogota)。橋口さんが20年近く定宿にされているというホテルです。中に入るとまず、簡素な外観からは想像がつかないほど重厚な内装に強い印象を受けました。時を重ねることでしか生まれない、歴史の厚みのようなものを感じたのです。
この建物が住居として建てられたのは1911年。20年代には政治家や芸術家が集う場となり、若き日のベニー・グッドマンが演奏した部屋は今も残されています。4階と5階は有名な女流写真家イヴァのアトリエ兼住居で、36年にはヘルムート・ニュートンが見習いとしてここにやって来ました(しかしナチスの台頭により、ユダヤ人のニュートンは亡命、イヴァは後に殺害されました)。
「この古い時計の前で朝食をとるのが好き」
と語る橋口譲二さん
第2次大戦中は、ナチスがここに「帝国文化院」を移し、検閲活動などを行いました。多くの人事記録が残っていたことから、終戦直後は非ナチ化審議の舞台となり、指揮者フルトヴェングラーもここに呼ばれた1人です。戦後、いくつかのホテルが統合されてホテル・ボゴタが誕生したのが70年代。現在まで家族経営が続けられています。
宿泊料は40ユーロからとリーズナブル。内装は部屋ごとにすべて異なり、リピーターが多いそう。「僕がとりわけ好きなのは朝の時間。部屋にコーヒーの香りがほのかに立ち込め、グレゴリア聖歌が聞こえてきます。朝食はシンプルながら、どこか厳粛な雰囲気があるんです」。
ホテル・ボゴタを語る上で欠くことができないのが、ホテル内を彩るアートの数々。定期的に展覧会も開かれているほどで、吹き抜けのホールに飾られた日本人作家、大星純一さんの連作はひときわ鮮やかでした。「このホテルは『文化』を本当に大切にしています。特に若い人たちに泊まって欲しいですね。ここで感じることは少なくないと思うし、何かに気付くきっかけになってもらえれば」と橋口さんは語っていました。
フロアごとに誰でも自由に使えるスペースがあるのも
このホテルの特徴