米国のミネソタ州でジョージ・フロイド氏が警察官に窒息死させられたのは、今年5月のこと。以後、世界各地でBlack Lives Matter(BLM)運動が展開されており、僕もハノーファーでデモの熱気に触れる機会がありました。警察によって窒息死させられたのは、彼が初めてではありません。2014年にはニューヨークの警察官がエリック・ガーナー氏を窒息死させるなど、いくつもの大切な命が人種差別によって奪われているのです。
ハノーファーでのBLMデモ
また昨今では、日本の入国管理局による黒人の人々への対応にも、抗議の声が上がっています。僕の知人のパートナーで、ガーナ出身のスラジュさんは、2010年に成田空港からの強制送還中に急死しました。彼の体には、タオルや猿ぐつわで締められた跡が残っていたそうです。
そんな矢先、僕の家の近くに、18世紀にアントン・ヴィルヘルム・アモというアフリカ出身の哲学者が生きていたことを知りました。アモはドイツで哲学者としての地位を築きましたが、その生い立ちは悲惨そのもの。ガーナで生まれた彼は、子どものころに奴隷にされ、ブラウンシュヴァイク地域に住む作家に「譲渡」されました。ドイツのハレ大学で哲学と法律学を学んだ後、大学で教鞭を執るようになりますが、晩年はドイツを去り、ガーナで最期を迎えます。
ブラウンシュヴァイク芸術協会では、「The Facultyof sensing -Thinking With, Through, and beiAn-ton Wilhelm Amo」という展覧会が開かれていました。アモという人物をテーマに16人のアーティストが作品を展示。絵画や写真、映像、彫刻などをゆっくりと時間をかけて眺めながら、自分の頭の中で、アモの人生と、今この世界で起きていることをつなげてみます。どんな気持ちでアモはドイツを去ったのだろうか。なぜ彼の手稿がドイツの図書館で保管されていないのか……さまざまな問いかけが頭をよぎりました。
釘で撃ち抜かれた言葉たち
一つの展示物が、目に留まりました。扉が壊れた冷蔵庫で、1番上には黒く塗りつぶされた頭の模型。下の段には、いくつもの安物のサンダルと故郷の衣服が詰め込まれていました。また、木版に印刷されたテキストを読んで、差別を感じる言葉に観客が自ら釘を打ち込む作品も。「ニガー(nigger)」、「野蛮人(savages)」などの言葉だけでなく、「専門家(experts )」、「正す(correct)」にも、釘は刺さっています。僕も金槌を手に取ってみたのですが、一つも言葉を選べませんでした。しかし、普段何気なく使っている言葉を改めて考え直す時間になったと思います。
僕は移民としてドイツに暮らし始めてもうすぐ9年になりますが、これまでは自分と家族のことで手いっぱいだった気がします。展示会場を出て、これからは少しずつ周りの小さな声に呼応していけるようになりたいと感じました。
神戸のコミュニティメディアで働いた後、2012年ドイツへ移住。現在ブラウンシュバイクで、ドキュメンタリーを中心に映像制作。作品に「ヒバクシャとボクの旅」「なぜ僕がドイツ語を学ぶのか」など。三児の父。
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