過敏性腸症候群とは?
過敏性腸症候群(ドイツ語ではReizdarmsyndrom= RDS、英語ではIrritable Bowel Syndrom = IBS)は、お腹の不快感、痛みとともに慢性的な下痢や便秘が続く消化管障害です。原因は、腸管の動きが様々な刺激に対して過敏になっているためと考えられています。
図1 過敏性腸症候群
時々お腹が痛くなり、下痢が出ると良くなる
ストレスと腸の深い関係とは?
発表会や試験、大事な会合の前にトイレに行きたくなる、緊張するとお腹の調子が悪くなる、トイレが制限される状況だと逆にトイレが気になるといった経験をお持ちの方は少なくありません。実は、脳と腸管には不思議な関係があり、専門的には「脳-腸連関」と呼ばれます。強い不安や心配事、仕事でのストレスによって腸の動きが敏感になり過ぎるのが、過敏性腸症候群の症状の1つです。
食事との関係は?
健康な人でも、朝にコーヒーや冷たいオレンジジュース、牛乳、人工甘味料を含む飲料、カルシウム製剤などを飲んで下痢をきたすことがあります。咀嚼が不十分だったり、早食いをしたり、脂肪分たっぷりの高カロリー食を摂ってお腹をこわす人もいます。過敏性腸症候群では、これら食事性の刺激に対しても腸管が反応しやすくなっている場合があります。
腸の動きが刺激されると?
通常、腸の波打つような運動が増すことによって、排便が促されます。しかし、腸管が急速に、しかも過度に収縮した場合、腹痛とともに下痢を生じます。過敏性腸症候群では、トイレが間に合わず便失禁を来してしまうこともあります。逆に、腸管の運動が亢進し過ぎた結果、腹痛はあるものの、便塊が腸管の先に移動できず、便秘になることもあります(痙性便秘)。
珍しい病気ではありません
過敏性腸症候群は、先進国の人口の10~15% が経験する機能異常です。10~20歳代に発症する傾向があり、女性により多くみられます。症状は持続することもあれば、不規則に再発することもあります。
過敏性腸症候群の診断は?
前記の症状に当てはまる場合にはまず、腹部症状を来すほかの病気を除外していきます。血液検査や大腸の検査を行い、ほかの消化管疾患の所見がないこと、女性なら腹痛を来す婦人科疾患がないこと、日本人の成人に多い乳糖不耐症の可能性がないことも確かめます。その後、診断基準を満たすことにより、「過敏性腸症候群」と診断されます。
表1 過敏性腸症候群の特徴 | |
診断 | • この3ヵ月間に腹痛や腹部不快感が毎月3日以上 • 腹痛に伴い下痢や便秘がみられる • 排便で腹痛や腹部不快感がなくなる • 腹痛や便通異常を来すほかの病気がない |
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特徴 | • 食事にて腹痛や下痢を生じやすい • ストレス・不安・心配事で症状が出やすい • 近くにトイレがないと不安になることも • 5~10人に1人が一度は経験 |
過敏性腸症候群のタイプ
腹痛や腹部不快感を伴う便通異常により、1)下痢型、2)便秘型、3)両者が交互にみられる交代型、に分けられます。下痢型は、朝食中や朝食後に急な下痢をきたすことが多く、夜の下痢はまれ。便秘型は、食事をすると腹痛を生じます。交代型では、下痢と便秘の期間や程度は人それぞれです。
ほかの症状はありますか?
実際の腹部症状がなくても、「突然腹痛が起こるのではないか」との強い不安に苛まれる人もいます。また、因果関係はよく分かっていませんが、胃食道逆流症、機能性の直腸や肛門の痛み、顎関節症などを合わせ持つこともあります。
問題はQOL(生活の質)への影響
過敏性腸症候群は、癌などの悪性疾患ではありません。しかし、生活の質(Quality of life = QOL)を低下させる面において重大な問題となりえます。腹部症状に加え、「会議中に腹痛が起こるのではないか」「通勤中にトイレに行きたくなったら」と不安に感じ、そのストレスがさらに腸管の動きを刺激するという悪循環に陥ってしまうこともあります。
食事で気を付けるべきことは?
食べ過ぎないこと、ゆっくりと時間を掛けて食事をすることが大切です。食べ過ぎや早食いは必要以上に腸管の動きを刺激します。食物繊維(例えば、ドイツの黒っぽいパンに含まれる成分)は水分を吸収して便を固めるのに有効で、便秘だけではなく下痢型の患者にも役立ちます。
薬物による治療
●過敏性腸症候群の薬
ポリカルボフィル・カルシウムは、腸内で水分を吸収して便の固さをほどよく保ち、便通を改善する薬。日本や米国などでは発売されていますが、残念ながらドイツでは未発売です(処方せんにより、国外から取り寄せてくれる薬局もあるようです)。また、吐き気止めの薬であるラモセトロンは腸の運動を亢進させるセロトニン(5-HT3)という神経の伝達物質を抑え、腹痛や下痢を改善します。日本では、男性にのみ処方されます。この薬も、ドイツでは販売されていません。
●対症療法的な薬
腹部症状に対して、腹痛には腸管の過度な運動を抑える薬、下痢には止痢剤、便秘には下剤が用いられます。
●繊維成分の薬
水溶性の繊維成分を飲み薬として用いることがあります。過敏性腸症候群のタイプや症状を問わず、効果が期待されます。
●不安を取り除く薬
自由にトイレに行けない状況が強いストレスや不安となり、それが腹痛・下痢を誘発している場合には、気持ちを落ち着かせる薬が用いられることがあります。
表2 過敏性腸症候群への対応 | |
生活 | ● 食事は食べ過ぎに注意して、ゆっくりと ● 高カロリー、高脂肪の食事は控える ● 線維成分を多めに摂る ● 十分な睡眠、十分な休養、気分転換 ● ストレスの発散を |
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治療 | ● 消化管の運動を調整する薬 ● 過敏性腸症候群の薬 ● 不安を和らげる薬 ● 専門の心理療法士のアドバイスも有用 |
過敏性腸症候群と不安症候群
トイレに行けない状況を想像するだけで強い不安に陥ってしまうような場合(例えば、通勤・通学の電車やバス、長時間のドライブでパニックを感じる)には、服薬による対応と家族や周囲の人の理解に加え、専門の心理療法士とのカウンセリングも有用です。
ライフスタイルと過敏性腸症候群
最近の調査により、睡眠不足・不規則な食生活・ストレスなど、私たち現代人が遭遇しているライフスタイルとの関係が指摘されています。過敏性腸症候群かな?と感じる場合には、食事の内容、仕事や日常のストレス、さらに休暇をきちんと取れているかなど、日常生活を振り返ってみましょう。