本を借りるだけじゃない
市民の新たな憩いの場ドイツの図書館ガイド
昨今、ドイツの図書館は来館者の居心地を良くする工夫がなされ、本の貸し出しにとどまらないさまざまな取り組みを行っているところが増えている。またドイツ各地には、伝統的な建物から美しいモダン建築まで、一度は訪れてみたい図書館が数多く存在する。本特集では、もっと気軽に図書館を利用したり、旅行で各地のすてきな図書館を巡ったりできるよう、ドイツの図書館の魅力をお届けする。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)
目次
ドイツの図書館の特徴は?
ドイツの図書館に足を運んでみると、日本の図書館との違いに驚くこともあるかもしれない。まずはどんな特徴があるのか、いくつかポイントを絞ってご紹介しよう。
参考:ドイツ図書館協会(Deutscher Bibliotheksverband e.V.)ホームページ、 伊藤白「<研究ノート>ドイツの図書館事情」
1 日本よりも図書館の数が多い
日本では国が運営する図書館は国立国会図書館のみだが、ドイツにはライプツィヒとフランクフルトにあるドイツ国立図書館、ベルリン国立図書館、バイエルン国立図書館と三つもある。さらに、ケルン・ボンに医学、ハノーファーに工学、キール・ハンブルクに経済学をそれぞれ扱う国家レベルの専門中央図書館が存在する。一般市民向けの公共図書館はおよそ1万館あり、日本(2022年時点で3305館)よりもはるかに多い。これは州や自治体の図書館だけではなく、キリスト教会がボランティアで運営する小規模の図書館が多いことが理由の一つだ。公立図書館のある自治体は全体の42%にとどまっており、過疎地域などでは教会母体の図書館が大きな役割を果たしている。
2年間利用料がかかる
日本には図書館法第17条により「図書館無料の原則」があるため、誰もが無料で本を借りることができる。一方ドイツでは入館や閲覧自体は無料でも、本を借りるのには利用料がかかる。利用料は自治体によって異なり、年間10~30ユーロほど。本やDVD・CDが借りられるだけなく、近年では電子書籍の貸し出しやeラーニングの利用など、さまざまなサービスを提供する図書館が増えている。ちなみに延滞料もあるため、返却し忘れにはご注意を。
3電子図書館サービスが充実
ドイツの公共図書館では早くから電子図書館サービスに力を入れており、現在国内3700以上の公共図書館で電子書籍のほか、音楽や映画などをオンライン上で借りることができる。コロナ禍では紙媒体の書籍の貸し出しが大幅に減ったが、電子書籍は増加傾向にあったという。さらに一部の図書館では、さまざまな分野のeラーニングコースが設けられており、市民に学習機会を提供している。
4公共図書館と学校が連携
ドイツでは日本のように学校に図書室を設置する義務がないため、十分な設備のある学校は全体の6%ほど。そうした背景からも、14~15歳までの年齢層が最も多く公共図書館を利用しており、絵本や児童書、ヤングアダルトコーナーに力を入れている図書館も多い。さらに子どもや学校向けにイベントを開催したり、コンピューターゲームを含むさまざまなメディアを扱ったりする図書館も増えている。また、2000年に実施された国際学力調査でドイツが下位だったいわゆる「PISAショック」により、学校と公共図書館の協力は必須となり、例えば図書館が学習スペースを充実させるきっかけにもなった。
5「みんなの居場所」を目指している
今日、ドイツの公共図書館の多くが「サードプレイス」(自宅や職場ではない居心地のよい場所)を目指して運営されている。特に新しい図書館を造ったり改築したりする場合、都市そのものやそこでの生活をより豊かにするために、美しい建物や魅力的な内装にするなど、これまでよりも図書館のコンセプトに注意が払われるようになった。また同じ建物内や周辺には、カフェやレストラン、展示室、セミナールームなどさまざまなサービス施設が集まっていることも多い。ドイツの図書館は、本来の機能にとどまらないオープンな場所としてその姿を変えつつある。
世界遺産から現代建築まで 一度は訪れてみたいドイツの図書館6選
あまり本を読まない……という人でもきっと行ってみたくなる、ドイツ各地の伝統的な図書館からコンセプトにこだわった図書館まで6カ所をピックアップ。ツアーやイベント開催のほか、カフェテリアが併設されている場所も多いので、気になったところにぜひ足を運んでみて。
ヴァイマール
Herzogin Anna Amalia Bibliothek
アンナ・アマーリア図書館
1750年から1850年にかけてのヨーロッパ文学・文化史に特化した図書館。同館の名称となっている1739年生まれのアンナ・アマーリア公爵夫人は、18歳でザクセン=ヴァイマール=アイゼナハ大公国の摂政となった人物だ。ヴァイマールが知的・文化的中心地として発展するための基礎を築いた公爵夫人は1761年、16世紀に建てられたルネサンス様式の3階建ての「プチ・シャトー・フランセ」を図書館に改築するよう、国営建築家に依頼した。1797~1832年までは文豪ゲーテが館長を務めていたことでも知られる。これらの背景からヴァイマール古典主義運動における文化的重要性を証明するものとして、ユネスコ世界遺産に登録された。建物の保存のため入場者数が制限されており、見学は要予約。
Platz der Demokratie 1, 99423 Weimar
火~日9:30-18:00
入場料:大人8ユーロ
www.klassik-stiftung.de/herzogin-anna-amalia-bibliothek
ウルム
Kloster Wiblingen
ウィブリンゲン修道院
ヴィブリンゲン修道院の図書館ホールは1740年から10年かけて建設された。装飾が施された人物像や天井に描かれたフレスコ画などが見事で、ロココ様式の傑作だ。壮麗な調度品を備えた図書室は、膨大な蔵書を保管するためだけでなく、賓客のための格調高いレセプションホールとしても使われていたという。図書館の門の上の碑文には「知恵と科学の全ての宝物がここにある」と刻まれており、当時のあらゆる知識と思想が手に入る重要な場所だったことを示している。最盛期の蔵書数は約1万5000冊。背表紙はそれぞれ白く塗られるか、淡い色の紙で覆われていた。これは内装と完璧に調和させることが目的だったが、おかげで高価な革装丁の費用を節約することができたという。
Schlossstr. 38, 89079 Ulm-Wiblingen
11~2月:土日祝13:00-17:00、3~10月:火~日10:00-17:00
入場料:大人5.5ユーロ
www.kloster-wiblingen.de
ミュンヘン
Juristische Bibliothek
法学図書館
1843年にミュンヘンに設立された法律図書館は、1906年にゲオルク・フォン・ ハウベリッサーが設計したマリエン広場に面した新市庁舎の閲覧室に移転した。現在は1万点あまりの書物を蔵書している。鍛造のアール・ヌーヴォー様式の螺旋階段と鉄の手すり、花と蔓で飾られた壁の燭台が美しく、高さ10メートルの天井まで続く棚に本が並べられた部屋は一見の価値あり。映画「小さな魔法使いと秘密の城 リトル・ウィッチ2」の舞台としても使用されている。事前の参加登録が必要だが、定期的に朗読会、講演会、討論会が開催されており、さまざまなイベント主催者にも高く評価されている。見学したい場合は、市役所のツアーに参加すると館内を見ることができるので、気になる人はチェックしてみよう。
Marienplatz 8, Zi. 367, 80331 München
月~金9:00-16:30
www.muenchner-stadtbibliothek.de/juristische-bibliothek-im-rathaus
ライプツィヒ
Deutsche Nationalbibliothek
ドイツ国立図書館
前身となるのは、1912年に出版業界の中心地だったライプツィヒに設立されたドイツ図書館。東西分断時代に西側の国立図書館としてフランクフルトにもドイツ図書館ができ、再統一後に現在の2拠点からなるドイツ国立図書館となった。1913年以降にドイツや周辺国、ドイツ語で出版された文書、画像、音声の全てのメディアを収集し、アーカイブしている。国立図書館法では全ての出版物の原本をドイツ国立図書館に納めることが規定されており、何を隠そう、本誌「ドイツニュースダイジェスト」も毎号コレクションに追加されている。現在4630万点を超える出版物を所蔵し、世界でも最大規模を誇る。ライプツィヒの国立図書館はその長い歴史から4回にわたって拡張され、一番新しい建物(写真左上)は2011年に開館。定期的に無料ツアーが開催されている。
Deutscher Platz 1, 04103 Leipzig
月~金 9:00-22:00、土10:00-18:00
www.dnb.de
シュトゥットガルト
Stadtbibliothek Stuttgart
シュトゥットガルト市立図書館
シュトゥットガルト市立図書館は、韓国人建築家のイ・ウンヨン氏によってデザインされ、世界で最も美しい図書館の一つといわれている。立方体の建物で吹き抜けからは4~8階までを見渡せ、壁から床、階段まで白一色に統一された内装が印象的だ。また、同図書館は早くから「革新的な学習の場としての図書館」をコンセプトに掲げ、インターネットとRFID技術(電波・電磁波によって情報を読み書きする)を導入した最初の図書館の一つだった。2011年に現在の建物に移ってからもデジタル教育の分野に力を入れ、そのコンセプトを貫いてきたことが評価されて、2013年に年間図書館大賞を受賞している。50万点を超えるメディアを貸し出しており、子ども向けワークショップなどをはじめとしたイベントも多く開催している。館内は自由に見学可能。
Mailänder Platz 1, 70173 Stuttgart
月~土 9:00-21:00
https://stadtbibliothek-stuttgart.de
ベルリン
Jacob-und-Wilhelm-Grimm-Zentrum
ヤーコプ・アンド・ヴィルヘルム・グリム・センター
グリム兄弟の名を冠した、ベルリンの名門フンボルト大学に属する中央図書館。市内に点在していた12の分館が一つに統合され、2009年に開館した。スイス人建築家のマックス・ダドラー氏による幾何学的なデザインで、建物中央にある格子状の吹き抜け空間は圧巻だ。日の光が差し込むガラスの天井からは青空を眺めることができ、階段状になったテラスには250席分の座席がある。シックな机やランプもダドラー氏のデザイン。建物全体にはさらに1250席分のワークスペースが完備されており、プレイルームや児童書を備えた親子エリアも。2009年には、建築賞の一つであるBDA Preis Berlinを受賞した。入館は自由で、一般公開されているおよそ150万点の所蔵物に誰もがアクセスできる。
Geschwister-Scholl-Straße 1/3, 10117 Berlin
月~金 9:00-22:00、土日10:00-20:00
www.ub.hu-berlin.de/de/standorte/jacob-und-wilhelm-grimm-zentrum
祝!年間図書館大賞2023 変わり続けるデュッセルドルフ中央図書館
「Bibliothek des Jahres」(年間図書館大賞)はドイツで唯一の図書館アワードだ。ドイツ図書館協会とドイツ・テレコム財団が主催し、模範的および革新的な図書館に贈られる。このたび、ドイツニュースダイジェストのオフィスからもほど近い「デュッセルドルフ中央図書館」が、年間図書館大賞2023を受賞。どんな点が評価されたのか、同館のカンプ館長とレシュナーさんに話を聞いた。
デュッセルドルフ中央図書館のDr. ノルベルト・カンプ館長(右)とマルティナ・レシュナーさん(左)
リニューアルして来館者が倍増!
デュッセルドルフ中央図書館は2021年11月6日、中央駅前の文化施設KAP1に新しいコンセプトのもとリニューアルオープンした。2フロアに分かれ、総面積はサッカーコート二つ分(8000平方メートル)だ。白に統一された本棚にはカテゴリが大きく表示され、棚の高さは大人の顔よりも低いため、館内を見渡せばどこにどんなジャンルの本があるのかすぐに分かるつくりになっている。さらに、ゆったりと勉強したり作業したりできるスペースがあらゆる場所に設置されており、若者の姿も多い。
「年間図書館大賞を受賞した理由はたくさんありますが、一番大きな理由は市民にとってサードプレイスとなっていることでしょう」と話すのは、同館のカンプ館長。リニューアルオープン前のデュッセルドルフ中央図書館は別の場所にあり、十分な数の座席もなく、カフェも併設されていなかった。さらに天井が低く全体的に暗い印象があり、決して居心地が良い場所とはいえなかったという。
図書館の移転に当たり、そうした背景を踏まえて、人々に焦点を当てたコンセプトが打ち出されることになる。レシュナーさんもコンセプトづくりを担当した一人だ。「私たちは本当に多くの時間を費やしました。来館者がさまざまなものを探したり何かをしたりできるよう、いろいろなアイデアを出し合って」。そうして出されたアイデアが形となり、新しい図書館には600に上る座席を設置。ほかにも個別学習ボックス、VRや3Dプリンターなどのデジタル技術を試せる工房、楽器の演奏や録音できる音楽室など、図書館の域を超えた場所づくりが実現した。
そんな新しい図書館体験ができる場所として評価されたデュッセルドルフ中央図書館は、2023年に年間図書館大賞を見事受賞した。旧図書館時代と比較して、来館者数はなんと2倍に。今年に入ってからも2週間弱でおよそ400人の新規利用登録があり、来館者数は増え続けているという。
若者の意見も取り入れながらデザインされたヤングアダルトコーナー
市民の望みをかなえる場所に
デュッセルドルフ中央図書館は、誰もがいつでも自由に出入りできるオープンライブラリーをうたっている。平日は夜21時まで開館。図書館員が不在の時間帯もあるが、自動貸し出しやオンライン図書館サービスなどは24時間利用できる。さらに、ドイツではまだ珍しい日曜も開いている図書館であることは特筆すべきだろう。日曜の開館時間は13~18時の5時間だけだが、子ども連れのファミリー層が多く来館し、1時間当たりの来館者数は1週間のうちトップだという。市民にとって週末に過ごせる新たな居場所となったことも、年間図書館大賞で評価された点だ。
3Dプリンターは事前講習を受けると使用できる
また、多数のイベントや会合が開催されており、年齢、職業、社会的背景などにかかわらず、多くの人にとって出会いの場ともなっている。例えば、多言語による読み聞かせの会、日本語とドイツ語を話す練習ができるドイツ語・日本語ラウンジなども定期開催しているので、ドイツ語を勉強中という人にもぴったりだ。
そんなデュッセルドルフ中央図書館が最も大切にしていることをお二人に聞いてみると、「常に変わり続けること」という答えが返ってきた。来館者が何を望むのか、何が必要か、何が親しみやすいのかを考え、それに合わせて図書館が変わっていく必要があるという。先の日曜開館もその一環だといい、「2024年の新たな取り組みとしては、日曜のイベント開催を予定しています」とカンプ館長は意気込む。週末にいかに魅力的な機会を市民に提供できるのかは、今後の課題の一つとなっている。
絵本・児童書コーナーには想像力をかき立てる遊具も
年間図書館大賞を受賞して、同館へはほかの地域の図書館からの問い合わせや視察も増えたという。これからもドイツの図書館は切磋琢磨しながら、より面白くより居心地の良い場所へと少しずつ姿を変えていくことだろう。
Zentralbibliothek der Stadtbüchereien Düsseldorf
デュッセルドルフ中央図書館
Konrad-Adenauer-Platz 1, 40210 Düsseldorf
月~金9:00-21:00、土9:00-18:00、日13:00-18:00
※毎週土曜11:00に無料ツアーを開催
www.duesseldorf.de/stadtbuechereien/bibliotheken/zentralbibliothek