北ドイツにワインの城があるシュロス・ラッタイの挑戦
ドイツ北東部メクレンブルク=フォアポンメルン州の田園地帯に、広大なブドウ畑に囲まれた城がある。その名は「シュロス・ラッタイ」(Schloss Rattey)。19世紀の初頭に建てられたネオクラシック様式の城館を本拠とする、ドイツ北部で最大級のワイナリーである。ワインの産地としては決してメジャーではないこの地で、ワイン造りを行うのはなぜなのか。その答えを求めて、ラッタイを訪れた。
(取材・文=榊原大騎)

参考:Schloss Rattey、WELT「Mehr Gäste, weniger international: Tourismus in MV wächst」、Deutsches Weininstitut、KIRIN「Wine Academy」、エノテカオンライン「ワイン産地を知ろう!ドイツ」、ロイター「EUとメルコスルがFTAに署名、25年間にわたる交渉後」
主要産地から離れて
北ドイツの城でワインを造る
首都ベルリンの北東にあるメクレンブルク=フォアポンメルン(MV)州は、北側にバルト海を望み、東側はポーランドと国境を接する自然豊かな土地だ。海辺の保養地や湖が多い地域として知られ、人口約160万人に対して国内外からの延べ宿泊者数は年間3000万人以上。広大な農地が広がる内陸部では、穀物や菜種などの栽培だけでなく、畜産業も盛んだ。一方、ワインの産地としてこの土地を思い浮かべる人は多くない。

ドイツで品質ワインの産地として認められている指定栽培地域は13ある。ラインガウやモーゼル、ファルツ、ラインヘッセンといった南西部の名産地はよく知られ、昨年時点で13地域の生産者数は1万5200軒、ブドウの栽培面積は10万2000ヘクタールに及ぶ。中心的な品種の一つが、ライン川の流域を原産とするリースリングだ。
シュロス・ラッタイはこうした主要産地からは遠く離れている。ラッタイを含む一帯は2004年に「シュタルガルダー・ラント」として、地理的表示付きの地方ワイン「ラントヴァイン」の産地に認められた。それ以降、この地域のワインは「メクレンブルガー・ラントヴァイン」として販売されるようになった。13の指定栽培地域には含まれないが、長いブランクを経て復活したワイン産地である。
ラッタイのブドウ栽培面積は現在35ヘクタール。主要産地の大規模ワイナリーと比べれば小さいが、来年には55ヘクタールまで広げる計画がある。「この土地でワイン生産など不可能だと思われていました。それが今はここまで大きくなっています」。ラッタイのワイナリー責任者であるシュテファン・シュミットさん(70)はそう胸を張る。
ラッタイに広がるブドウ畑
筆者はラッタイを訪れた5月初旬、ポーランドの国境に近いパーゼバルク駅でシュミットさんと待ち合わせ、車で地域を案内してもらった。道中には2023年に操業を始めたサンダルブランド「ビルケンシュトック」の新工場も目に入ったが、旧東ドイツの各地と同様に人口減少が続く地域でもある。
「私たちの土地には産業が少なく、本当に貧しい地域なのです」とシュミットさん。その土地で、ラッタイは地域の企業として存在感を増している。敷地内では醸造所だけでなく、ホテルやレストラン、自社製品などを取り扱う農場直売所(ホーフラーデン)も構える。城館に泊まり、敷地内のブルワリーで造られたビールや地域産品も体験できるのも魅力で、国内外から観光客を惹きつける。
とはいえ、ドイツのワイン業界を取り巻く状況は厳しくなっている。収穫量が伸び悩む中で消費量は減り、コストは上昇を続ける。ラッタイもそうした逆風と無縁ではない。
自社工場でワインを製品化する様子
異常気象に物価の高騰
苦悩するワイン業界
ドイツ連邦統計庁によると、2025年の国内のワイン用ブドウ果汁の収穫量は770万ヘクトリットルとなり、前年を2.3%下回った。9月中旬に各地で見舞われた豪雨などで厳しい選果を余儀なくされ、2019〜2024年の平均と比べても9.7%減と伸び悩んだ。
ラッタイも例外ではなかった。シュミットさんによると、ラッタイの生産量は2023年に8万〜9万リットル、2024年に約7万リットルだったが、2025年は遅霜の影響によって6万リットルへと減少。本来は畑が最大限に稼働した場合、少なくとも15万リットル、さらに条件が整えば20万リットル程度の生産は見込めるはずだという。新しく苗を植えたばかりの畑では本格的な生産段階に入っていないこともあり、「安定した収穫にはまだ時間がかかる」と説明する。
収穫時期のブドウ
消費者の傾向も変化している。ドイツワイン研究所(DWI)によると、2024年8月〜2025年7月の「ワイン年度」で、16歳以上の1人当たりワイン消費量は21.5リットルとなり、前年度から0.7リットル減少。消費習慣の変化や生活費の上昇などを受け、2020〜2021年の24.3リットルからはさらに低下している。さらに、連邦公衆衛生研究所の調査では、2023年に週1回以上飲酒する18〜25歳で女性18.2%、男性38.8%となり、観測開始以来の低水準に。定期的に飲酒する若い世代が減っていることも逆風となっている。
コスト面も課題だ。ワイン造りは農業であり、加工業でもある。畑では燃料や肥料、農薬を、醸造所では電力をそれぞれ消費するだけでなく、資材としてボトルやコルクのほか、キャップや段ボールなども必要だ。戦争やコロナ・パンデミックなどによって物価が上がるたび、これらの費用も押し上げられてきた。中東情勢の緊迫化によってさらなる上昇が見込まれる。
シュミットさんによると、瓶1本の価格は10年前の約20セントから現在は35セントに、コルクは20年前の10セントから50セントにそれぞれ上昇した。コスト増に合わせ、ラッタイのワイン価格も2021年と25年にそれぞれ平均3ユーロずつ引き上げており、現在の平均は16ユーロだ。さらに、一部製品では栓をコルクからアルミニウム製のスクリューキャップに切り替えるなどして対応しているという。
熟成中のワインとシュミットさん
ドイツの法定最低賃金は今年1月に時給13.90ユーロへと引き上げられ、2027年1月には14.60ユーロへとさらに上昇。幾重にも重なるコスト上昇の波が、ラッタイにとっても重荷となっている。シュミットさんは「中東情勢の影響はこれからじわじわやってくるでしょう。われわれのような小さな事業所では、最低賃金の上昇も非常に大きな問題となっています」と打ち明ける。
取材で宿泊させてもらった部屋
800年前にさかのぼる
ラッタイの歴史と特殊性
ラッタイを語る上で、ドイツ北部のワイン生産史を外すことはできない。実は、MV州には800年ほど前からワイン造りの歴史があった。ラッタイが公開している資料によると、この地でワイン栽培が始まったのは13世紀。シトー会の修道士が、ギュストローやシュヴェリーン、ノイクロスターなど一帯にブドウの栽培を伝えたのが起源とされる。16世紀には、メクレンブルク公がブルク・シュタルガルトやノイブランデンブルク周辺での栽培を奨励したとする記録も残る。
しかし、MV州はラインガウやモーゼルのような一大産地にはならなかった。北部では生育期間が短く、霜や雨、湿気による病害のリスクも高い。広い農地を持つこの地域では、手間のかかるワインよりも穀物や菜種、畜産の方が土地の利用法としては安定していたのだという。こうした事情が重なり、ワイン栽培の伝統は19世紀半ばに途絶えてしまった。
現在のラッタイでワイン造りが再び始まったのは1999年。きっかけは、ワイン愛好家の団体がMV州のワイン文化を再び動かそうと、1806年にメクレンブルクの貴族であるフォン・エルツェン家が建てた城館の前に植えた500本のブドウだった。シュミットさんによると、当時はワイン産地として認められていなかったため、家庭菜園として認められる小さな区画を複数人で分けて育てる形をとった。
2001年までにブドウは約7000本にまで増え、現在では35ヘクタールの畑に約17万5000本が育つ。2004年にはこうした動きが制度上でも認められ、ラッタイを含む一帯が「シュタルガルダー・ラント」としてラントヴァインの産地に位置づけられたのはすでに記した通りだ。失われていた北東部のワイン文化は、こうして息を吹き返した。
再生を支えたのは、現代の品種と技術だ。ラッタイでは、ソラリスやヨハニター、ヘリオス、ヒベルナールなど「PIWI」と呼ばれる品種を育てている。PIWIは、ドイツ語の「pilzwiderstandsfähige Reben」の略称で、菌類による病害に強いブドウ品種を指す。
ドイツ北部では、南西部と同じ前提でブドウを栽培できない。夏の日照時間は南西部よりも長いが、生育期間そのものは限られる。シュミットさんによると、リースリングのような品種は成熟までに110日程度が必要だが、MV州の条件では95日程度で成熟する品種が求められる。短い夏の時間をどう生かし、霜や雨、病害のリスクをどう抑えるかが問われるのだという。
ラッタイは、複数のベースワインを組み合わせたブレンドワインも造っている。シュミットさんによると、酸味が足りなければ酸味の強いワインを加えるなどして、年ごとの気象条件に左右されながらも味を整える。比較的手に取りやすい価格帯のワインでは、このようにブレンドで品質を安定させる。
一方、年ごとの特徴が強く出る単一品種のワインは、より高い価格帯に位置づける。糖度の高いブドウが収穫できた年にはデザートワインのような特別な商品も造れるが、毎年造れるわけではない。北部ならではの制約を前提に、品種の選定やブレンドで品質の安定を図っている。
ワインはオンラインショップでも注文可
ワインにとどまらない
この土地でできるもの・ことを
ラッタイの特徴は、ワインに限らない多様な事業展開にもある。城館での宿泊や食事、ブドウ畑や醸造所を巡るツアー、直売所での販売などを組み合わせ、訪問者に体験的な消費を提供している。宿泊付きのウェディングも行われ、週末を通じて華やぐこともある。隣国ポーランドの同業による見学も引き受けているという。
城館のホテルからはブドウ畑や豊かな自然を見渡すことができ、レストランでは敷地内で造ったワインやビールを地域の食材と共に味わえる。直売店の棚には、ワインやゼクトのほか、ビールやリキュール、蒸留酒、ジュース、マスタード、油、酢、果実スプレッドなどが並ぶ。天候に揺さぶられるワインだけに頼らない製品構成により、同じ土地で採れたものを別の形で売ることができる。シュミットさんは「事業は無理に拡大せず、自分たちの土地で生産している農産物を中心に加工品を考えています」と語る。
自前で完結させようとしているのは、製品に限らない。敷地内ではウッドチップを利用したバイオマス設備を併設しており、施設全体の温水や冬場の暖房を賄う。太陽光パネルも設置し、エネルギー価格の上昇に左右されにくい環境を整えている。屋根に降った雨水は地下の貯水槽に集められ、トイレの洗浄や清掃用のグレーウォーターとして再利用する。これらの設備は環境対策でもあり、事業全体を支える仕組みにもなっている。シュミットさんは言う。
「エネルギー価格の高騰の影響は最小限で済んでいる。われわれは幸運なことに、あらゆることを先取りしていたのです」
直売所の1階部分はバーになっている
ラッタイのこれから
ワイン業界の未来図になるか
ラッタイは来年から栽培面積を拡大する計画だが、シュミットさんはそれ以上の拡大には慎重な見方を示す。「私はこれぐらいで留めておいた方がいいのではないかと思っています。拡大するとこれまでの品質を保てなくなるかもしれない。例えば、100ヘクタールまで広げたとすれば、ワイナリーや瓶詰め設備も倍にしなければいけないでしょう。それにはあまり意味を感じていません」。
この先に見据えるのは大規模化や輸出ではなく、「地域の中で育て、地域の中で商品を届けていく仕組み」という。対照的な例として挙げたのは、今年1月に欧州連合(EU)が署名した南部共同市場(メルコスル)との自由貿易協定だ。全面的に発効されれば、南米産の安価なワインも流入すると見込まれている。
「ワイン1リットル当たりの生産コストはわれわれの場合は6ユーロですが、南米は20セントで生産するような例もあります。グローバル化に反対するつもりはありませんが、とても価格競争では勝ち目などありません」
ラッタイが生産したワインは大半がMV州内で消費されている。栽培から加工、販売までを自前で賄い、肥料などの資材も近隣で調達しているという。中東情勢の緊迫化を受けてあらためて注目されるサプライチェーン(供給網)のリスクを抑える上でも、こうした考え方が意味を持つ。
シュミットさんは、究極の目標として「全てを自分たちの手で賄うこと」を挙げる。地域コミュニティー全体で発展していくことが、今後はますます重要になるのだという。
「世界がつながっている今、私たちはこの土地で育てた産品を使ってこの土地で生産を続ける。無理に新しいものを作るのではなく、手元にあるものから商品の幅を広げていく。これこそが、この時代に生き残る鍵なのではないでしょうか」
直営店には蒸留酒やマスタードが入ったギフトセットも並ぶ
Schloss Rattey

ホテルはスイートルームなどを擁する城館のほか、スタンダードルームが備わった別館がある。レストランでは、ワインと地元の旬の素材を使った料理が味わえる。また、結婚式などのイベント会場としても利用可。
Schloßplatz 1, 17349 Schönbeck
www.schlossrattey.de
ラッタイのワイナリー責任者 シュテファン・シュミットさん(70)

シュロス・ラッタイのワイン造りで中心となって働いているのが、今回案内してくれたシュテファン・シュミットさんだ。旧東ドイツのマクデブルク出身。18歳の時にワイン造りを学ぼうと、ブルガリア南部のプロヴディフの大学に入学した。当時の社会主義圏では、本格的にワイン醸造を学べる数少ない場所。本人によると、ブルガリアでワインを学んだ旧東ドイツ出身者は当時としては5人目だった。
きっかけについて、「ビールを学ぶならドイツに留まれば良いと思いました。ドイツのビールは1番です。でも、大規模なワイン生産はありませんでした。だから、ワイン生産を学ぶことが良い決断だと考えました」と振り返る。
1979年に東ドイツに戻ると、ノイブランデンブルクのワイン醸造会社立ち上げに携わった。これが職業人生の始まりとなった。
「この土地でワイン産業が育つとは誰も信じていなかったでしょう。私が満足しているのは、学生時代に醸造家としての道を歩み始め、社会主義時代にワイナリーを築き、職業人生の終盤にラッタイのようなプロジェクトを実現できたことです」
シュミットさんにとってワインは職業であると同時に、生涯を通じた関心でもある。現在も「ワイン史協会」の会員として、歴史を学ぶだけでなく、各地の造り手を訪ねている。「ワインを3杯飲めば、多くの言葉はいりません。心が互いを理解できるからです。ワインは、生まれた土地の食べ物と一緒に楽しむのが1番です」。

今年7月に70歳になったばかり。それでも仕事の話になると、表情は驚くほど若々しくなる。「働くことが私を若く保ってくれます。若い人たちに教えることも好きです。私がした失敗を、彼らには繰り返してほしくないからです」とシュミットさん。2029年にはワインに携わって50年。今はその節目を見据えている。



インベスト・イン・ババリア
スケッチブック




