(Text: Yasuko Hayashi)
Feliks F. Hoff
弓道を始めたきっかけは何ですか?
青年期にオイゲン・ヘリゲルの著「弓と禅」に出会って弓道の世界に魅せられ、ぜひ弓道をやりたいと、地元ハンブルクで弓道場を探しました。しかし見付からず、「ならば剣道を」と考えたのですが、剣道クラブもない。結局、柔道を始めました。
学生時代は柔道一筋でしたが、あるとき、近所の女性から「近くで袴を着て長い弓を持っている人を見かけたわよ」と聞き、早速行ってみると、後に恩師となる稲垣源四朗氏がいたのです。ちょうど交通事故で足にけがを負って柔道ができなくなり、剣道に転向しようと考えていた折でした。竹刀や防具など剣道具一式を日本に注文したのですが、それがいつまで経っても届かずに悶々としていて。その後26年間、稲垣先生の下で弓道を習いました。
武道全般に興味があったのですね。
稲垣先生と出会い、弓道を始めた約1カ月後に剣道具が届いたので、剣道も始めることにしました。さらに居合道も始めたりと、これまでの半生の大半を武道に費やしてきました。それほど武道の精神に魅力を感じていたのです。
武道における「学び」では、本を読み、そこにある概念を通して物事の核心に近付く西洋的な方法とは異なり、剣道の「見取り稽古」に代表されるように、師匠の技を見て、真似して覚えることが基本となります。この、行為を中心に据えた学習方法がとても面白いと思います。
恩師である稲垣先生はどのような人でしたか?
稲垣先生は1974年以降、毎年夏に来独してセミナーを開くようになり、私もその開催に携わりました。先生は筑波大学に初めて弓道専門の学科を設立した教授であり、レベルの高い指導をしてくださっただけでなく、伝統を重んじる姿勢を保ちながらも、子どものように何に対しても興味を示す方でした。私は周囲の日本人から「先生の内弟子か?」と聞かれたこともあるくらい、先生を慕っていました。私も人間として、指導者として、先生のようになりたいと思っています。
左足を床に付け、姿勢を低くして弓を引く
「割わりわざ膝」と呼ばれる流儀
今までで一番印象に残っている大会は?
1997年の欧州弓道選手権、まさか優勝できるとは思っていなかった大会です。私は特に勝ちたいという野心はなく、ほかの選手の成績は気にせず、それまでの練習で理解したことのみを出し切ろうと思って挑みました。結果、すべての矢を的中させたのは私だけ。競技後に私の元に駆け寄って来た人々から「優勝おめでとう!」と声を掛けられて、初めて勝利を実感しました。
ホフさんにとって、弓道の醍醐味は何ですか?
身体と精神と弓が一体となり、「これだ!」とすべてが調和しているように感じられる瞬間ですね。
逆に、それほど調子良くいかないときでも、神経質なほどにその理由を深く突き詰めながら練習していると、ふと「なるほど、そうなのか!」と思うことがあります。一種の閃きですね。
弓道家、指導者として大切にしていることを教えてください。
弓道は、目に見える速さで上達するものではありません。学ぶテンポもゆっくりなので、野心家には物足りないかもしれませんが、すべての技を簡単にクリアできてしまったら、すぐに飽きてしまうと思うのです。その意味で、我慢する術を身に付けることができるのが弓道だと思います。
道場に通う学習者には、「ここ(道場)では失敗しても全く問題ありません。難しいなら、もう少しゆっくり進めましょう」と話しています。ゆっくりでも、練習すれば必ず進歩する。弓道は、我々にこんな考え方を教えてくれた、日本から世界への贈り物だと思います。
2010年4月、第1回世界弓道大会にて(写真右)
大会情報
● 欧州弓道選手権(ウィーン)
1989年より、2年に1度開催されている大会。欧州弓道連盟に所属する国(現16カ国)を代表する弓道選手たちによる団体・個人戦が行われる。
5月28日(土)・29日(日)
● ドイツ弓道選手権(アーヘン)
1979年より、毎年開催されている大会。連邦各州の弓道連盟に所属する選手たちによる団体・個人戦が行われる。
6月18日(土)・19日(日)