ジャパンダイジェスト

永里優季インタビューYuki Nagasato

「インタビューの前に少し筋トレをしたいのですが」。チーム練習の後、初めてお会いした永里優季選手は、そう言って奥から大きな鉄アレイを取り出して来た。ほかのチームメートが帰った後も、広いグランドの脇で1人黙々と肉体強化に励む姿がとても印象的だ。やがて、晴れやかな表情で現れた彼女。2010年1月より女子ブンデスリーガ1部の強豪トゥルビネ・ポツダム(1. FFC Turbine Potsdam)でプレーし、11年に女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で優勝を果たした「なでしこジャパン」のメンバーでもある永里選手に、ドイツでの生活からサッカー観まで、たっぷり話を伺った。 (インタビュー・構成:中村真人)

ながさと ゆうき
ながさとゆうき1987年7月15日生まれ。神奈川県の厚木東高校出身。2000年、13歳で日テレ・メニーナに入団。 2004年には日本女子代表に初選出。16歳で日テレ・ベレーザに昇格。 2011年9月までに75試合に出場、32得点を挙げている。2010年、ドイツのトゥルビネ・ポツダムに移籍。ここで、日本人として初の欧州CL優勝を果たした。2011年W杯ドイツ大会では全試合出場、1得点を挙げ、日本の優勝に貢献した。
トゥルビネ・ポツダム: www.ffc-turbine.de

トゥルビネ・ポツダムと女子ブンデスリーガ

「感覚でプレーしないとフットボールが成り立たない」

2010年からドイツでプレーされていますが、どんな思いがあってドイツに来ることになったのですか?

中学生の頃から海外でプレーしたいという思いを持っていました。サッカーが文化として根付いているヨーロッパ、その中でも一番レベルが高いのがドイツで、そこで自分を成長させたいと思ったんです。

トゥルビネ・ポツダムを選んだ理由は?

もう1つ別のチームからもオファーはあったのですが、単純にポツダムのレベルの方が高かったので、こちらを選びました。

永里優季選手先ほどトレーニングを見学させていただいて、素晴らしい環境の中でプレーされているなと感じました。チームの下部組織の10代の女の子たちも同じフィールド内で練習していましたね。サッカーを取り巻く環境は、日本とは大分違いますか?

ドイツに来る前、日本で所属していた日テレ・ベレーザの環境がとても良かったので、正直そこまで大きな違いは感じなかったというか……。環境によってそれぞれの良さを見出せばいいので、(日本とドイツを)比較して見てはいないですね。ただ、ドイツでは1つの文化として女子サッカーが根付いていることは間違いありません。サッカー人口にしても、確か日本は2万5000人、ドイツは20万人だったかな?そのくらいの大きな違いがあります。

では、日本とドイツのプレースタイルの違いはどうでしょうか。求められるものに違いはありましたか?

ありました。最近感じるのは、ドイツのサッカーはシンプルで、前(の方向)に速いサッカー。日本にいた時は、ボールを持ってから多少考える時間があって、スペースにも余裕を持った状態でプレーできてしまう。ドイツでは、そこで考え たりするとチームのリズムが狂ってしまいます。判断、パス、ランニングなど、すべてにおいてスピードが求められるし、動きながらプレーしなければならない。感覚でプレーしないとフットボールが成り立たないんです。

選手同士の意思疎通も感覚によるものが大きい?

試合中も、その場その場で感じたままにプレーをしています。言葉よりもピッチ上で感覚的に分かる部分が大きいですね。むしろ、言葉を使わないでコンビネーションが取れてこそ、フットボールだと私は思っています。

この2年の中で成長したと感じる点は?やはりプレーのスピードでしょうか?

その部分は大きいですし、プレーがシンプルなだけに、得点を奪う感覚がより引き出された気がします。もともと持っていたものがより洗練され、自分の意図した形で、意識して点を取れるようになりました。だから、ゴールが生まれた理由は全部説明が付けられます。

女子チャンピオンズリーグの対グラスゴー(英国)戦をスタジアムで観戦したのですが、そこでも2得点を決めましたね。

チームメートのFW(6番のアノンマ選手)が純粋な点取り屋タイプなので、彼女のコンディションによって自分の役割も変えざるを得ない。得点も狙いたいけれど、その役割だけに徹してしまうとほかが成り立たないので、バランスを取りながら、守備に回る場合もあります。「チームメートに点を 取らせる一方で、自分もいかにして点を取れるか」が、今の自分のテーマ。そして、流れを生み出すプレーをしたい。例えば、縦パスを一本受けたり、サイドで起点になったり。そういったプレーがあると、周りの選手も流れに乗って、チームの状況が変わってきますから。

ポツダムでの生活

「勉強するのは好き」

永里選手のブログをよく拝見していますが、内容が哲学的であったり、詩のようであったり、ほかのスポーツ選手とは少し違うなと感じました。

自分で「考える」ことがもともと好きなんです。ただ、本はほとんど読みません。自分の経験したこと、感じていることをそのまま言葉にしているだけですね。ブログとツイッター、あと自分のノートを組み合わせて思考の整理をしています。

移籍してから間もなく2年が経ちます。ポツダムでの生活は満喫されていますか?

日本よりもこちらのほうが住みやすいです。サッカーの環境も抜群だし、ポツダムはとても静かで、街の人もやさしい。サッカーに集中できる環境ですね。住まいもトレーニング場から歩ける距離にありますし。

オフの日はどう過ごされていますか?

試合の前日がオフなのですが、過ごし方は大体いつも同じで、午前は家、午後はブランデンブルク通りにあるお気に入りのカフェに行きます。

サッカーは、お兄さんの影響で始められたとか?

実を言うと、小学校1年生の時、父に説得されていやいや始めました。兄(永里源気)はFC東京、妹(永里亜紗乃)も日テレ・ベレーザに所属するサッカー選手です。

ドイツ語の勉強はどのようにされていますか?語学学校などに通われたのですか?

はい、ドイツ語の学校には週3回、今でも通っていて、毎回4時間の授業を受けています。私の場合、例えばピッチの上で話されていることが分かればいいと思っていて、言葉を理解するためにドイツ語を勉強している感じですね。あとは日常生活で困らないために。基本的に勉強するのは好きなので、語学の勉強も苦ではないんです。ピッチ上で話されるドイツ語は、ほぼ理解できます。

語学のセンスに優れているのでしょうね。

うーん、どうでしょう。耳がいいのかな。4歳からピアノを11年間ぐらいやっていたので、それが生きているのかもしれません。サッカーよりピアノを先に始めたんです。

ワールドカップ優勝

永里優季の2011年とサッカー観

「1つ信念を持って挑んだ」

昨年、トゥルビネ・ポツダムが女子ブンデスリーガで優勝を決めたのは、東日本大震災の直後だったと聞いています。

優勝を決める試合が行われたのが、震災の2日後だったんです。日本代表のポルトガル遠征から帰って来た次の日でした。

あの試合には、特別な思いがあったのでは?

そうならざるを得ない状況だったし、試合前にスタジアムの全員が黙とうをしてくれて、感慨深かったです。自分のチームと日本のためにプレーをしようと思いました。表彰式の時に、ヴルフ大統領に励ましの言葉をかけていただいたことも印象に残っています。

なでしこジャパンのW杯優勝は、日本の国民に大きな力を与えるものでした。振り返ってみて、個人的にはどのような大会でしたか?

チームとしての目標とは別に、自分の目標を持って挑んだ部分があって、大会を通して(目標に向かって)やり抜くことができた。それによって、新たな目標を見付けられたのが一番大きかったです。自分の中で1つ信念を持って挑み抜けたことがW杯での収穫です。

自分の目標だったものとは?

ドイツのサッカーを経験して、自分のサッカー観がガラっと変わりました。「フットボールとは何か」について、考えるようになったんです。正直、ここでプレーしている自分のすべてを日本のサッカーで出すことはできない。サッカーの考え方、戦術、システム、チームメートのプレーが、みんな違うからです。でも、日本のサッカーに合わせて個を消すのではなく、ドイツで見付けた自分の力を日本のサッカーで表現し続けたい、というチャレンジでした。結果的に、現段階でそれは難しいということが分かりました。それをやり続けたことによって、ドイツ戦(準々決勝)の前半で交替させられ、最後の2試合はベンチスタートになってしまった。でも、そこには自分として貫いた部分があったので、後悔はしていません。

自分が出したいものとチームの求めるものとの間で、せめぎ合いがあったのですね。

守備に回る時間の方が長くなり、結果、攻撃の部分で力を発揮できなかったのは確かです。日本のサッカーでは、FWに求めるのもまずは守備。もちろん、守備をしなければならないのは当然ですが、その方法が違います。日本では、数的優位を作ってボールを奪いにいく。ポツダムの守備は1対1を重視し、相手をどれだけ上回れるかということの連続。それだけ攻撃に掛けられる割合も多くなります。むしろ「下がってくるな!」と言われるほど。つまり、1人ひとりの責任が明確なのです。

永里選手が目指す理想のサッカーとは?

私は、自分でやっていても、見ていても楽しいサッカー、観客を「フットボール」として魅了できるサッカーをしたいと思っています。サッカー選手は表現者だから、フットボールの本当の魅力を表現すべき。守備的なサッカーには魅力を感じません。攻撃的でアグレッシブなサッカーが人を惹き付けるし、やっていても面白い。

新年に向けて

「継続して積み重ねていくこと」

2012年はロンドン五輪の年。多くの日本人がW杯の再来を期待していると思います。

トゥルビネ・ポツダム

出場国も全部決まっていない段階ですし、五輪のことはまだほとんど考えていません。もちろん、やるからには優勝を目指しますよ。チームのタイトルは後から付いてくるので、自分の目指すものがチームの目標につながっていけばいいですね。

永里選手の今年の抱負をお聞かせください。

リーグ戦は年をまたぐものなので、年が変わっても、大事なのはいつでも「継続して積み重ねていくこと」です。先ほどお話ししたように、今の私の課題は「中盤をサポートする時間帯が増える中でも、自分が得点を奪う時間を見付ける」ということですが、シーズンを通して目標、課題は変わっていきます。ピッチ内で起きている現象に対して、その時々で課題を見付けて取り組む。目標は1つではないし、いくつかの目標を同時進行していくものです。あとは単純にゴールを積み重ねることですね。今季は30ゴールが目標。それを目指す過程でいろんな感覚、経験を手にしていければいいなと思います。そして、確信できることを増やしたい。自分のゴール、ピッチで起きている現象をすべて言葉で説明できるようになりたいです。

感覚でサッカーをするという話が先ほど出ましたが、一方で「言葉にする」ことにも強い熱意を持っているのですね。

そうですね。自分が経験したことを言葉にできないと、社会に対して還元していくことはできませんから。

インタビュー中、20代前半の女性アスリートと話しているとはとても思えないと感じる瞬間が多々あった。とにかく徹底的に考える人だ。自分が感じたこと、考えたことだけを正直に話そうとする。そのまっすぐさ、潔さには感銘さえ受けた。最後に読者向けの新春のメッセージをお願いしようとしたが、ありきたりの言葉は彼女の口から出てきそうになかったし、すでに大事なメッセージは発せられていたのかもしれない。「年が変わっても、その時々で課題を見付けて、継続して積み重ねていくこと」。1人で黙々と筋トレをしている様子が脳裏に浮かぶ。永里選手の2012年の進化が楽しみだ。

 
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