ドイツにお住まいのワイン好きな方は、きっとどこかで「シュポンターンゲールング(Spontangärung)」という言葉を耳にされたことがあると思います。直訳すると「自発的な発酵」、すなわち自然発酵のことで、短く「シュポンティ(Sponti)」と言うこともあります。自然発酵に明確な定義はありませんが、野生酵母を生かした自然に任せる発酵法のことを指しています。
かつてはすべてのワインが自然発酵で造られていましたが、1970年代頃から純粋培養酵母が流通するようになり、現在では、世界各地のワイン産地で製品化されている、様々な性質の酵母を購入することができます。そんなご時世だからか、あえて純粋培養酵母の使用を拒み、野生酵母による発酵に挑戦している造り手が少しずつ増えています。
自然発酵の過程においては、ありとあらゆる要素が野生酵母の菌数やその活動に影響を及ぼします。例えば、破砕・除梗後のぶどうの果皮と果汁を一定期間接触させ、果皮の成分を抽出する工程(スキンコンタクト)は、収穫したぶどうを房ごと圧搾し、果皮と果汁を分離してしまう方法より、果皮についている酵母をより多く果汁に取り込むことができるのだそうです。
ワイン醸造において重要なのが、サッカロミセス・セレビシエという酵母菌で、ぶどう畑の土壌やぶどうの木、果実の表皮からセラーに至るまで、あらゆる場所に生息しています。この酵母の仲間には、ワイン酵母のほかにパン酵母、ビール酵母、清酒酵母などがいます。サッカロミセス・セレビシエは、発酵力は強いのですが、ワイン造りの過程において得られる多種多様な野生酵母の中では菌数が非常に少なく、その割合は1~5%程度なのだそうです。
環境から取り込まれる野生酵母の多くは、ハンセニアスポラ、ピキア、あるいはカンジダなどの酵母菌で、発酵の最初の段階は、これらの発酵力の弱い酵母によって引き起こされます。そして、温度、残糖量、アルコール量などといった環境の変化とともに、発酵を最後まで牽引してくれるサッカロミセス・セレビシエが活躍し始めます。この酵母はほかの野生酵母と違い、アルコール度数がある程度高くても活動することができるのです。
ところで、自然発酵は予測がつかず、様々な理由で停滞することがあるため、それをサポートする方法があります。例えば、すでに自然発酵しているワインをスターターとして、これから発酵させる果汁に加えたり、健康なぶどうを本収穫の4~5日前に部分収穫し、先に自然発酵させておき、後に本収穫で得た果汁に加えて発酵させたりすることが可能です。このほか、発酵の初期段階は自然に任せ、後に発酵力のある純粋培養酵母を加えて発酵を終了させるケースもあります。このように自然発酵にはいろいろなバリエーションがあるのです。また、ワイン用の純粋培養酵母は人工的なイメージがありますが、その多くは、自然界から得られた固有の株から選抜した優秀な株を純粋培養したもので、自然の酵母がもとになっています。
100%の自然発酵は、それによって起こり得るすべてのリスクを受け入れる覚悟と、停滞するであろう発酵を忍耐強く待つ時間的余裕があり、ワインの力を最後まで信頼して醸造過程を見守ることができる造り手による、究極の挑戦なのです。
ルベンティウスホーフ醸造所(モーゼル地方)
アンドレアス・バルト氏とズザンネ夫人
アンドレアス・バルト氏とズザンネ夫人は、1994年にモーゼル川下流地域、ゴンドルフのルベンティウスホーフのオーナーとなり、同醸造所を刷新した。アンドレアスは大学の法学部を中退し、情熱の赴くまま独学でワイン造りを学んだ。ズザンネ夫人は2007年までインテリアデザイン事務所を運営していたが、その後は醸造所のマーケティングを一手に引き受けている。専門書から得た知識と試飲で培った感覚を頼りに、信念を貫いて造り続けてきたアンドレアスのワインの評価は高い。2人は「僕たちはスロー・リースリングのエキスパート」と言う。いかに時間がかかろうとも、作為を加えない自然発酵を選択したからだ。栽培品種はすべてリースリングで辛口ワインが主体。ステンレスタンクを使用している。ワインは通常、収穫の翌年の夏頃に発酵を終えるという。醸造所の顔でもある畑、ゴンドルファー・ゲンズは典型的なスレート岩の急斜面土壌。所有畑はトータルで3.6ヘクタールのみ。アンドレアスは、2004年からフォン・オーテグラーヴェン醸造所の醸造も兼任。こちらの醸造所は、2010年からテレビジャーナリストのギュンター・ヤオホ氏がオーナー。
Weingut Lubentiushof
Kehrstraße 16
56332 Niederfell / Mosel
Tel. 02607-8135
www.lubentiushof.de
2013 Spontan Riesling Trocken
2013 シュポンターン リースリング トロッケン
11.00€
アンドレアスは、1994年の初ヴィンテージの段階では純粋培養酵母を使用したが、1995年ヴィンテージからはすべて自然発酵を実践している。テラス式急斜面のぶどう畑で手塩にかけて育てているぶどうの力を信じ、その個性を生かすためだ。ズザンネ夫人は「私たちはワインを造るのではなく、その誕生に立ち会っているの」と言う。アンドレアスは発酵が停滞しても、ひたすら待ち続ける。長年にわたり徹底して何もしないことで、セラーの環境が良くなってきているという。
2人の自然発酵への真摯な挑戦は、2011年に「SPONTAN」という名称のブランドワインを生んだ。ユニークなネーミングは、2人の取り組みを広く知らしめるツールとなっている。「ぜひ若い世代の人にも味わってもらいたい」とズザンネ夫人。2013年ヴィンテージの発酵は5カ月を要した。気品あるフルーティーな風味、シャープで清々しい味わい。100%自然発酵。ヴィンテージありのままのワインだ。