ジャパンダイジェスト
Dirk Rehm

家族と友人のための
ティータイムがビジネスに

誰にも真似できないお茶を作ることが、
会社が生き延びるための道

今回の仕事人
Esin Rager
 エシン・ラガー

samova(ザモヴァ)社創業者・企業家。1968年米ワシントンDC生まれ。アビトゥア取得後、ドイツの出版社のパリ支社で実習。大学終了後、複数の出版社で新雑誌開発プロジェクトなどに関わった後、メディア・コンサルタントとして独立。当時から個人で楽しんでいたブレンドティーが知人の間で評判を呼び、ティーブランドを立ち上げた。

 ハンブルクで、ザモヴァというブランドのお茶を提供するカフェが増えている。従来のブレンドティーにはない、フレッシュハーブやフルーツを丸かじりするような清々しい風味のお茶だ。個性豊かなブレンドティーの仕掛人に会いに行った。

早熟なジャーナリスト

エシン・ラガー(44)の父はトルコ人外交官、ドイツ人の母は保育士。米国で生まれ、世界各地を転々とし、10歳の時、母方の故郷であるハンブルクに落ち着いた。幼い頃からトルコ人の国民的飲料とでも言うべきお茶文化の中で育ったので、コーヒーが飲めない。

ギムナジウムを卒業すると、出版社G+J社のパリ支社で実習生として働いた。この時にジャーナリストという仕事の面白さに開眼。その後、ハンブルク大学で仏文学と独文学を専攻。在学中にエンターテインメント情報誌「ハンブルク・プア(Hamburg Pur)」の編集部で働き始め、後に編集長となった。

26歳の時、アクセル・シュプリンガー社に引き抜かれ、日刊紙ハンブルガー・アーベントブラットの文化部長のポストを得た。同社創業以来、最年少の文化部長の誕生だった。木曜版の若者向けの折込「ハンブルク・ライブ(Hamburg Live)」はエシンの発案で、エンターテインメント情報を発信し、成果を上げた。

「ハンブルク・ライブ」が軌道に乗ってきた1997年、同社での仕事に終止符を打ち、新しいプロジェクトに取り組もうと、バウアー社のアムステルダム支社に転職。そこでは若者向け雑誌「Komet」を準備した。雑誌が軌道に乗るとハンブルクに戻り、30歳でメディア・コンサルタント会社「5special agents」を立ち上げる。独立の夢が叶った瞬間だった。

妊娠を契機にブレンドティーを手作り

コンサルタント業で多忙を極めていた頃、エシンはお茶を飲むことで安らぎを得ていた。妊娠中はハーブティーばかり飲んでいた。「でも、市販のハーブティーがどれもつまらなくて、自分でハーブやドライフルーツを買い集めてブレンドし始めたの」。

イベント企画が得意なエシンは2002年、ミュージシャンの夫と共に大人も子どもも楽しめるティータイム・パーティー「タンツテー(Tanztee)」を開催し、自家製ブレンドティーを提供。彼女の独創的なお茶は、訪れた人たちを魅了した。どこにも売っていない、贅沢で美味しいブレンドばかりだったからだ。

「従来のお茶のイメージって、『病人の飲み物』って感じでつまらなかったでしょ。それを覆したいと思ったの。タンツテーを開催してから、ブレンドティーを買いたいという問い合わせが来るようになったのよ」。お茶の評判が口コミでどんどん広まると、仲間の協力を得て同年にザモヴァ社を興した。「会社を興す手続きは煩雑でお金も掛かる。必ず優秀な弁護士をつけるべきよ」とは、彼女からのアドバイスだ。

社名は、モンゴル由来の湯沸かし器の名前から取った。「草原でテント生活を送る彼らにとって、ザモヴァはそこに皆が集う暖炉のようなもの。企業名としてぴったりだと思ったの」。オフィスにテイスティングルームを設け、ティーラウンジとして一般開放し、インターネットショップを開店。まずは10種類のブレンドからスタートした。最初の5年はコンサルタント会社とお茶の販売を掛け持ちしていたが、ある日、お茶の仕事に関わっている時間の方が長くなっていることに気付き、ザモヴァ社に専念することを決めた。

テイスティングルーム
ザモヴァ社本社のテイスティングルーム

業界の異端児からトレンドセッターに

現在販売しているブレンドは26種類。毎年、新ブレンドをリリースしており、時々ラインナップを入れ替えている。2006年のサッカー・ワールドカップ・ドイツ大会をイメージしてブレンドした「チームスピリット」は、レモングラスやジャトバを主体とした清々しいお茶で、今なお人気だ。長男が3歳のときに彼のために作った「メイビー・ベイビー」は、創業当初から販売している、小さな子どもが安心して飲めるお茶。お茶の常識を破り、ドライフルーツのほか、乾燥にんじんや赤ビーツがブレンドされている。 素材はすべてビオ。砂糖なしでも美味しく飲め、食べることもできる。

「創業時は、『素人がブレンドするクレイジーなお茶』なんて言われる業界の異端児だったの。でも、会社が軌道に乗ると、あちこちから一緒にビジネスをしないかと声が掛かり始めた。中には、私のアイデアを真似ようとしている企業もあるわ。だから、私は誰にも真似できないお茶しか作らない。それが、会社が生き延びるための唯一のチャンスなの」。アイデアと品質だけではない。エシンはブランドイメージを大切に、デザインにも気を遣っている。「お茶は美味しいだけでは売れない。素敵な名前だったり、ストーリーがあったり、パッケージが美しいことも大事。商品をめぐる世界観がアーティスティックで楽しくないと売れない」。そう彼女は確信する。

お茶にメッセージを込めて

エシンのお茶には、欧米、中東、アジア、アフリカと世界各地の素材がブレンドされている。「私のお茶は、私の理想の世界。『異文化が仲良く共存できる社会を』というメッセージを込めているのよ」。現在は10人の社員を抱え、DJならぬ「ティー・ジェイ」の出張サービスなど、ユニークなビジネスも展開している。社内のティーラウンジは一般開放しており、アポイントなしで、すべてのお茶を無料試飲できる。

「食品会社は、たいてい秘密主義で社内を見せないでしょ。だから私は逆のことをするの。最近は食品スキャンダルも多いから、素材の輸入ルートは徹底的にリサーチしている。ジャーナリストとして働いた経験がとても役に立っているわ」とエシン。彼女のお茶も、ジャーナリスト的な感性から生まれている。「頭に浮かんだテーマを取材していくうちにお茶のアイデアが生まれるの。時代の空気を映し出すようなお茶をこれからもブレンドしていきたい」。彼女の生み出すお茶は、今や業界の注目の的となっている。

samova GmbH & Co. KG
Hongkongstr. 1, 20457 Hamburg Tel: 040-85403640 / Fax: 040-85403636
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www.samova.net

 

 

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岩本順子(いわもとじゅんこ) 翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書に「おいしいワインが出来た!」(講談社文庫)、「ドイツワイン、偉大なる造り手たちの肖像」(新宿書房)他。www.junkoiwamoto.com
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