朗読者、執筆家としても活躍
俳優の枠を越え、
無限に可能性を広げる
「いろいろなことができる」
のが僕のクオリティーになった
俳優。1965年旧西ベルリン生まれ。ギムナジウム時代にスカウトされて演劇界へ。ミュンヘンの演劇アカデミー、オットー・ファルケンベルク・シューレ卒業。舞台俳優、T V・映画俳優として活躍するほか、児童文学作家コルネリア・フンケの作品をはじめとするオーディオ・ブック朗読者としても知られ、自ら執筆活動も始めた。
インフォメーション
www.rainerstrecker.de
読書が大好きな少年
ライナー・シュトレッカーの父親はタクシーの運転手、母親は洋裁師。旧西ベルリンの南端、リヒテンラーデで生まれ育った。実家の通りを一つ越えるとそこはベルリンの壁。壁沿いの鉄条網を越えた無人地帯や、廃墟と化した防空壕が彼の遊び場だった。小さな監視塔があり、登ると東が見えた。少年時代は、いつか起こるかもしれない核戦争がひたすら怖かったという。
5歳の頃、家のテレビが壊れ、家族は長年テレビのない生活を送った。家で過ごすときは、母親がグリム童話集をはじめ、あらゆる本を読んで聞かせてくれた。おかげでライナーは読書が大好きになった。特に、声を出して読むことが好きだった。大のお気に入りはギリシャ神話。中でもオデュッセウスが彼にとってのヒーローだった。友達と「オデュッセウスごっこ」をするときは、自らオデュッセウス役を演じた。「子供時代のお遊びが、俳優の土台を形成していたのかもしれないね」という。
スカウトされて俳優に
大学では数学と物理学を専攻するつもりだった。エンジニアを志望しながら、身体を壊して夢を果たせなかった父に代わって、自分がエンジニアになろうと考えていたのだ。しかし16歳のときにスカウトされてテレビドラマに出演。その後も度々仕事が舞い込むようになる。そんなある日、俳優を対象とするワークショップに参加した。内容はせりふの分析についてだった。「どんなに短いせりふであっても、俳優はそこに多くの情報を詰め込み、表現できることを学んだ。それは僕にとって新鮮な衝撃で、このとき、俳優になろうと決意したんだ」。その後、名俳優オットー・ザンダー、作家ミヒャエル・エンデなどを輩出したミュンヘンのオットー・ファルケンベルク・シューレに入学、本格的に演劇の勉強を始めた。
卒業後、最初に得たのはハンブルクのシャウシュピールハウス(ハンブルク劇場)での舞台俳優としての仕事だった。6年にわたり舞台の仕事に集中し、1990年代半ばにいったん舞台を下りると、テレビ映画や劇場映画の依頼が舞い込むようになった。代表的な仕事に、刑事物テレビドラマ「Einsatz in Hamburg (ハンブルクで出動)」の主役刑事の1人、フォルカー・ブレーム役、同じく刑事物の長寿番組で、さまざまな俳優が主役刑事を演じる「Tatort(事件現場)」の準主役などがある。劇場映画では「Rosenstrasse(ローゼンシュトラーセ)」(2003年)でのナチス親衛隊役、「Weisse Stille」(2004年)での第二次世界大戦の敗戦兵ヘルマン役などを演じた。主役も脇役も、善人も悪人も、ありとあらゆる役柄をこなす幅の広さがライナーの持ち味だ。しかし、いつ舞い込むかわからないテレビや映画の仕事に依存することはできない。
フリーランスの俳優の多くは、俳優業だけで生活を維持することができず、副業に携わっているそうだが、ライナーも俳優業以外に複数の仕事を持つ。彼は身体と精神を鍛えるため、演劇学校時代から合気道の修業を行っているが、90年代後半にハワイに本部を置くインターナショナル・禅セラピー・インスティテュートのセミナーに通い、ベルリン支部で整体と座禅を基本とする禅セラピーを行うようになった。禅セラピーとは、身体的なゆがみを取り除くだけでなく、不安などの精神的な要素が身体に与える負担を取り除くもので、最近では企業マネジャーを対象とするコーチングの仕事が舞い込むという。
朗読者として才能を発揮
2002年には、読書好きのライナーに願ってもない仕事が舞い込んだ。現代ドイツ児童・青少年文学作家の第一人者、コルネリア・フンケの「どろぼうの神さま(Herr der Diebe)」のオーディオブックの朗読者に抜てきされたのだ。 ハンブルクで彼の舞台を見た編集者が、声を掛けてくれたのだという。その後、コルネリア・フンケ自らが、ライナーの朗読を絶賛、自分の作品は全てライナーに読んで欲しいと依頼してきたそうだ。彼女の代表作である「魔法の声(Tintenherz)」「魔法の文字(Tintenblut)」「魔法の言葉(Tintentod)」「レックレス(Reckless)」などの朗読の仕事は高く評価され、各地で朗読会が催された。ライナーは、2007年に年間最優秀オーディオブック賞「Hörbuch des Jahres」の児童・青少年部門賞を、2009年にはフンケの「魔法の言葉」でドイツ・オーディオブック賞「Hörkules」を受賞し、オーディオブック朗読者としても広く知られるようになっている。
「録音まで最低でも3回は読む。最初は流すように小声で読み、次はどう表現しようかと考えながら、役柄ごとに声に特徴をつけて読み、注意すべき箇所に印をつけたりする。3度目は完成に近い形で読み、うまくいけば4度目に本番に臨める」。本番では、1日当たりCD2枚分、6時間の録音をこなす。
ハンブルクのスタジオでオーディオブックを録音中(岩本順子撮影)
朗読の仕事はオーディオブックの収録にとどまらない。ハンブルクのリテラトゥーア・ハウスが開催する朗読会などでは、世界各地から招聘(しょうへい)される作家たちの作品のドイツ語訳の朗読を担当している。また、クラシック音楽の演奏と文学作品の朗読を組み合わせた新しい形のパフォーマンスにも挑戦。朗読による新しい形の表現を模索しているところだ。
このほか、ライナーは執筆家としても活動を始めた。ロサンゼルスに住むコルネリア・フンケを頻繁に訪ねていた頃、 出版社からロサンゼルスについて本を書かないかという依頼が舞い込んだのがきっかけだった。2013年に出版された「ロサンゼルス・マニュアル(Gebrauchsanweisung für Los Angeles)」はライナーがロスの映画業界や警察などを体当たりで取材したものの結集だ。
「かつてはスペシャリストになれないことに悩んだ。でも今では『いろいろなことができる』のが僕のクオリティーになった」そうライナーは言う。ロスで出会った妻と3人の幼い子供と共に、ベルリンで暮らす。子育てに奮闘しながら、目下小説のアイデアも温めているところだ。