身障者施設
「leben-mit-behinderung-hamburg」での
上映日に、会場にて
たった1人の移動映画館
Flexibles Flimmern
今の仕事ができるのは、色々な世界を見たおかげ。
人生、何が起こるかわからない。
ソフトウエア会社、イベント運営会社に勤務した後、2006年にハンブルクで移動映画館「Flexibles Flimmern」をスタート。上映作品に合わせてロケーションを厳選するなど、唯一無二の映画体験を演出している。ビジネスは、映画ファンの期待を裏切らない上映プログラムのオリジナリティーと、熱心なリピーターたちによって支えられている。
ハンブルク港に停泊する博物館船、カップ・サン・ディエゴは、1961年に完成した南米航路の混載貨物船だ。現在は船室がホテルに、ハッチがイベント会場になっている。その日、船内には一夜限りのバーが開店し、船底の貨物室は映画館となった。上映前の一時、夜風に当たりながらワイングラスを片手に船内を散策していると、これから南米へと船旅に出るような気さえしてくる。上映作品は、フェルナンド・E・ソラナス監督の『スール/その先は......愛』(1988年、アルゼンチン)。映画の世界と鑑賞のロケーションとが渾然一体となる……。イべントの仕掛人はホルガー・クラウス、43歳。移動映画館「フレキシーブレス・フリメルン」の発案者だ。
あらゆる職を体験した後の独立
ホルガーはもともと教師になりたかったが、大学は卒業していない。哲学と独文学を専攻したが、4ゼメスター目に父親からの仕送りが止まり、働かざるを得なくなったのだ。清掃業からコックまで、ありとあらゆる職を転々としていたある日、ソフトウェアの会社に仕事を得て、ビジネスマネージメント用のソフトの使用法を手ほどきする立場となった。「ビジネスの勉強はしたことがなかったけれど、2年半にわたってあらゆる企業の重役や経理担当者に教えることでビジネスマネージメントとは何かを学んだ」。そう彼は言う。
ソフトウェアのトレーナーの仕事に行き詰まりを感じていた頃、仕事を通じて知り合ったイベントマネージメント会社に転職。「ここでは、質の高いイベントを実現するにはどうすれば良いかを学んだ。それは要するに、からっぽの空間にどうやって雰囲気を作り出すかということなんだ」。7年半にわたり、彼はプロジェクトチームのリーダーとして、時には2000人規模の大企業の記念行事なども取り仕切った。刺激的な業界だったが、精神的には満たされなかった。「たった3日間で何十万ユーロも使うイベントを任されると、こんなことをやっていて良いのだろうかという疑問ばかりが出てきてね。あの頃の僕は、全然幸せじゃなかった」と当時を振り返る。イベントマネージメントの仕事にやりがいが感じられなくなった頃、自分が本当にやりたいことをとことんやってみようか、という気持ちが起こった。将来への不安でいっぱいだったが、独立するための計画を練った。
じっくり練った前例のない映画館のアイディア
アルトナ区のクリスティアンス教会(Christianskirche)。
上映作品は「ニュー・シネマ・パラダイス」
ホルガーが何よりも好きなのが映画だ。ゲッティンゲンでの学生時代には、地元の映画クラブに所属していた。「2週間に1回、仲間が集まって鑑賞会を行ったんだ。メンバーは、あらゆる年齢、職業の映画好き。いつも同じ顔ぶれだから、意見交換の質がどんどん高くなる。僕はこの時期に映画の面白さを知ったんだ」。彼はその後も映画から離れることはなく、気が付いた時には2000本の映画コレクションという財産が手元にあり、これを資本に何かできないだろうかと考えた。「思えば、この時点で今の仕事のためのノウハウをすべてを持っていたんだ。それに、底辺の仕事から湯水のごとく金を使う仕事まで、本当に色々な世界を見たおかげで、いつの間にか、どんな世界の人間とでも話ができる度胸がついていた」。
2006年のある日、企画書が完成した。それは、これまでにない形の映画館、移動映画館の運営企画だった。ビジネスモデルを試算し、まずマイクロクレジットを実施する銀行から少額の融資を受ける予定だった。しかし、「実際に事業を起こす前に労働局系列のコンサルティング会社に助言を仰ぐと、会社を設立してから出資先を探せば良いと言われた。変だと思いつつ、営業許可を取得し、報告に行くと、今度は手続きの順序が逆だから、今後は支援はできないと言われてしまった。でも、担当者が僕のことを気の毒に思ったのか、企画書をベンチャー・コンテストに応募するよう勧めてくれてね。そこで2位に入り、少額の賞金を貰って事業を開始できたんだ」。人生、何が起こるかわからない。
ホルガーはまず、小規模の映写会から始めた。上映作品を決めると、配給会社に当たって上映許可を取り付け、しかるべきライセンス料を支払うと同時に上映にふさわしいロケーションを探し、使用許可を取る。映画館を持たないため、配給会社から上映許可が下りないこともある。からっぽの空間に雰囲気を作り出すことや上映技術は、彼の得意とするところ。友人や知人を中心に、150人の顧客リストにニュースレターを送り、移動映画館がスタートした。
映画を愛するリピーターが何よりの支え
「最初の2年間は本当に大変だった。企画から設営、時にはドリンクのサービスまで、たった1人でやっていたから」。起業後2年ほどで、廃業を考えるほどに追い詰められたという。継続できたのは、彼の仕事を高く評価する観客がいて、口コミで観客が徐々に増えていったからだ。彼の顧客リストは、現在9000人。うちリピーターが800人ほどおり、彼らが実質的にビジネスを支えてくれている。年間観客数は延べ1万5000人だ。「僕の自慢は、素晴しい観客がいるということ。彼らは良い意味で批判的意識が高い。上映後、映画に触発されて観客が自らの体験を語り始めることもあってね、僕たちは皆でその話を共有し、皆が何かを得て帰る。そんな時、この仕事をやってきて本当に良かったと思う」。ホルガーの仕事は昔の映画クラブの延長線上にある。
今なお経営は楽ではなく、予算の関係で常に数カ月先までの企画しか組めない。また、映画館なしでの興行はリスクも大きい。そこで彼は、1年前からカロ地区のプロイェクトア(projektor)というスペースを間借りし、ホームベースを確保。小規模の映写会はここで行っている。
しかしホルガーの才能は、移動しながらどんな空間をも映画館に変えてしまうところに発揮される。そして観客は、共に映画を鑑賞するうちに、いつの間にかホルガーの映画クラブの仲間になっているのだ。
Flexibles Flimmern - Filme in Bewegung
Marktstr.57, 20357 Hamburg
Tel. 040-22888847
www.flexiblesflimmern.de