長い歴史を持つ町ミュンヘンでは、多くの文化財を見ることができます。その中の1つで、「ミュンヘンで最も美しい集合住宅街」「生きる文化遺産」と称されるボルスタイ(Borstei)を訪れてみました。 地下鉄U1/7のヴェストフリートホーフ(Westfriedhof)駅近くにあるボルスタイは、1924年から約5年の歳月を掛けて建設された中流階級向けの集合住宅。交通量の多いダッハウ通り(Dachauer Str.)に隣接していますが、その門をくぐった途端に街の喧噪は嘘のように消え失せ、緑溢れる静かな空間が広がります。9万㎡の敷地内には計772戸の住居のほか、彫刻や噴水を備えた7つの中庭が配置され、まるで公園の中に住宅があるかのようです。また、パン屋や肉屋、美容院、カフェ、幼稚園といった生活に必要なお店や施設も整っています。
日用生活品を扱うお店
美しくかつ合理的な構造を持つこの集合住宅を建築したのは、建築会社を経営していたベルンハルト・ボルスト氏。彼が目指したのは、「住居を建てるだけではなく“居住空間”を創り出すこと」「一戸建てと集合住宅双方の利点を兼ね備えること」、そして「主婦の負担を軽減し、居住者が快適に暮らせる空間を生み出すこと」。当時としては画期的な、24時間以内に完了するクリーニング・サービスや掃除機のレンタル、住宅街の夜間警備なども行っていたそうです。ボルスト氏のこだわりは建築材の選定にも現れていて、彼自身が所有するレンガ工場と製材所で加工された木材、石材、瓦などは、どれもシンプルでありながら調和の取れた自然な美しさが光っています。ボルスタイの歴史やボルスト氏については、敷地内にあるボルスタイ美術館で詳しく紹介されています。
さて、このような魅力的な住宅群ですが、各住居にベランダが付いていないことに気付きました。スペースの都合かと思ったのですが、美観を保つという目的に加え、実はここにもボルスト氏のこだわりが隠されています。彼が望んだのは、住民が中庭スペースで交流し、活発なご近所コミュニティーが形成されることでした。そのために彼が企画した祭りやイベントは、今日まで受け継がれているそうです。また、私が訪れた日もベンチでおしゃべりに興じる人や、ゆっくりと読書をする人、活発に遊ぶ子どもたちの姿があちこちで見られました。
手入れの行き届いた住宅街の中庭
ミュンヘンという大きな町にありながら、小さな村のような雰囲気と機能を持つボルスタイ。まるで、時間がゆっくりと流れていた昔へタイムスリップしたような、素敵な空間でした。
Borsteimuseum Löfftzstr. 10
開館時間:火木土15:00~18:00
www.borstei.de
2002年からミュンヘン近郊の小さな町ヴェルトに在住。会社員を経て独立し、現在はフリーランスとして活動中。家族は夫と2匹の猫で、最近の趣味はヨガとゴルフ、フルート。