「30年近く前に仕込んだ味噌が見つかったので、味見しにきませんか」というお誘いにうきうきしながら、シュトゥットガルト空港近くの知人宅を訪ねました。声をかけてくれたのは、古嵜寛志(こざき ひろし)さん(通称、寛太さん)。陶芸家であり、剣道師範であり、建築家であり、書道家であり、シュトゥットガルト日本人会の会長であり……とにかくさまざまな分野で活躍なさっています。ちなみにドイツに住んでいる人ならスーパーなどで一度は見たことがある、オレンジ色のドイツ産カボチャHokkaidoの名付けの親(!)でもあります。
さまざまな作品が並ぶ工房
寛太さんは建築家として1980年代に渡独し、本業の傍らで日本食材の輸入や農作物の研究栽培、栽培した大豆を使った味噌の製造販売、そして剣道講師などをしていたそうです。今回見つかった味噌は、当時の同僚が自宅の地下に保管していたもので、ふたには「93」という年号が書いてありました。
びんに詰めた当時の写真を見せてもらいましたが、大豆の色をした、いわゆる一般的に知られた味噌の色をしています。ドキドキしながら蓋を開けると、ペースト状の真っ黒い味噌が神々しく輝いていました。大変ありがたく味見させてもらい、舌の上で広がるまろやかな塩味と深い滋養に満ちた味に、発酵食好きな私は、これまで一体どれくらいの菌が働いてきたのだろうと感動したのでした。
黒く輝く味噌!
寛太さんはドイツ人の友人を通じて陶芸に出会い、2001年より陶芸家として「グループ土」の活動を開始。2009年には日本人の陶芸家と二人で現在のアトリエをオープンしました。話を聞くなかで、特に「土づくり」へのこだわりが私の心に強く残りました。「欧州の土は比較的新しいため、高温焼成に耐えられず作品の形が崩れてしまう。まずはさまざまな地域の土を配合した土づくりが必要だった。欧州各地の土で配合を繰り返し、試行錯誤の末、ようやく納得のいく日本の土に近い性質の土を作ることができた」。この話を聞いて、経験と知恵をもとに、現地で調達できるものから理想的なものを自ら作るという情熱に大変感銘を受けました。
窯の中はこんな様子です
この土から作られた寛太さんの器は、シュトゥットガルトだけでなくドイツ国内のさまざまなホテルやレストランのテーブルを演出しています。シェフたちのさまざまな要望により、日本では考えられないような使い方をする器を依頼されることもあるのだとか。「調理法や盛り付けについても勉強しなくては、気に入ってもらえる器を作ることができません。シェフと一緒にお客様をもてなす器づくりをしています」という言葉が印象に残りました。アトリエでは一般向けの展示会も年に数回開催されています。気になる方は、ぜひ寛太さんのウェブサイトをご覧ください。
KANTA JAPAN KERAMIK:http://kantajapan-keramik.com
おんせん県出身。ドイツ人の夫と、二人の子どもと日独いいとこどりの暮らし。趣味は、糀 を醸して発酵調味料を手作りすること。世界各地に住む日本人の醸し人仲間たちと共に、糀の可能性を研究する「伝統食クリエイター」としても活動。台所はいつも実験室のようになっている。