脈拍とは何ですか
心臓は全身に血液を送るために規則正しく絶えず拍動し、1日に何と約10万回も収縮と拡張を繰り返しています。腕や足の動脈の壁でもその拍動を触れることができます。これが脈拍(ドイツ語はPuls)で、1分間当たりの脈拍の数が脈拍数です(Pulszahl)。従って、脈拍数と心臓の拍動の数(心拍数)は原則的には同じです。
脈拍から何が分かりますか
心臓や血管の病態をある程度推測できるため、昔から脈の触知・測定は医療の基本とされてきました。現在は心電図(EKG)、超音波(Ultrasonographie)の検査や動脈伝導速度の測定により、簡便に心臓や血管の状態を詳しく調べることができます。しかし今日でも、脈の触知から得られる情報はたくさんあります。
正常の脈拍数を教えてください
安静時の脈拍数は、成人男性で1分間に60~70程度、女性で65~75程度です。しかし、子どもの脈拍数は大人に比べて多く、新生児120~140、乳児110~130、幼児90~120、学童80~90程度です。心臓の動きは自律神経によりコントロールされているため、運動をしたり興奮した時には、交感神経の働きで脈拍数も増えます(表1)。
表1 年齢と脈拍数(拍/分) | |||
幼児 |
学童 |
成人男性 |
成人女性 |
90 - 120 |
80 - 90 |
60 - 70 |
65 - 75 |
不整脈とは何でしょう
私達の心臓はほぼ一定の間隔で規則正しく拍動していますが、この規則性が乱れた状態を「不整脈」(Arrythmie)と呼んでいます。不整脈には心拍リズムが不規則になる場合、心拍リズムが異常に速くなる(脈拍数が増える)場合、心拍リズムが異常に遅くなる(脈拍数が減る)場合があります。1分間の心拍数が100を超える状態を「頻脈」(ひんみゃく、Tachykardie)、60を下回る場合を「徐脈」(じょみゃく、Bradykaride)と呼んでいます(表2)。
表2 脈拍リズムの異常 | ||
リズム | 原因 | |
不規則 (不整脈) |
生理的 | 期外収縮(コーヒー、睡眠不足など) |
心臓 | 期外収縮、心房細動 | |
心臓外 | ジギタリス中毒、甲状腺機能亢進症 | |
心拍が速い (頻脈) |
生理的 | 運動、興奮、緊張など |
心臓 | 上室性頻拍、心不全など | |
心臓外 | 甲状腺機能亢進症 | |
心拍が遅い (徐脈) |
生理的 | スポーツ心臓 |
心臓 | 房室ブロックなど | |
心臓外 | 甲状腺機能低下症、ジギタリス中毒など |
どんな症状がありますか
不整脈の症状は様々です。一般に、拍動リズムが不規則になる場合、「脈がとぶ感じ」がしたり「ドキン」と強い拍動を感じたりします。頻脈では動悸が、徐脈では倦怠感や頭への血流が不十分となりボーッとしたりすることがあります。頻脈でも心拍が余りにも速くなると、心臓のポンプ機能が空回りして血液の循環が悪くなり、緊急の処置を必要とする場合があります。
スポーツ心臓という言葉を聞きますが
長年本格的にスポーツをやってきた人の中には、全身に血液を送り出す心臓のポンプ機能が高需要に対応しているため、安静時の脈拍数が少なくても正常(通常の人では「徐脈」)な場合があります。これは「スポーツ心臓」と呼ばれ、特に病的なものではありません。
脈なし病とはどのような病気ですか
大動脈やその分枝部分(例えば腕に行く血管)に炎症性の狭窄(きょうさく)が起こり、その結果として腕の脈拍が触れなかったり、血圧の左右差がみられる珍しい病気です。男性より女性に多く、20歳代に発症のピークがみられます。1908年に眼科医の高安先生が報告した病気で、ドイツでも「Takayasu-Krankheit(高安病)」と呼ばれます。脈が触れなくなることがあるため「脈なし病」 と呼称されますが、心臓の拍動は正常です。
期外収縮とは何ですか
不整脈の中で最も頻度の高いのが期外収縮(Extrasystole)です。正常な拍動のための刺激は右心房の洞結節と呼ばれるところから出ますが(図1)、そのような刺激が心臓内の別のところから次の拍動の前に出た場合に起こります。期外収縮は通常の心拍と心拍の間隔より短い間隔で生じますが、次の心拍までの休止時間が延びるため、脈がとんだように感じられます(図2)。期外収縮の刺激の発生場所により、上室性(心房性)または心室性期外収縮 (不整脈)と呼ばれます(図1)。
どのように改善できますか
単発の期外収縮は健常な人にもみられ、ほとんどの場合にはそれほど心配することはありません。過労やストレス、煙草、寝不足、コーヒーの飲み過ぎなどにより出易くなりますので、心当たりがある人は生活習慣の改善を心がけましょう(表3)。しかし期外収縮の回数が1分間に5、6回以上、特に心室性期外収縮が続けてみられる場合(連発)には早急に精査や治療が必要です。
表3 日常生活での期外収縮(不整脈)の誘因 | |||
● タバコ ● 過労、ストレス ● 睡眠不足 ● コーヒーの飲み過ぎ |
心房細動とはどういう不整脈ですか
心房が毎分400~600回も不規則に収縮し、脈と脈の間隔が全くバラバラになる不整脈で、「絶対性不整脈」と呼ばれます。心電図では心房からの正常な波(P波)がみられず、代わりにf波と呼ばれる基線が揺れたような波線が描出されます(図2)。自然に正常リズムに戻る発作性のタイプと自然には停止しない持続性のタイプがあります。加齢とともに増加し、動悸や胸部不快感を伴うことがあります。
何が問題になるのでしょう
一番の問題点は、心房内に血栓と呼ばれる血の固まりが出来易くなり、この血栓が体のあちこちに飛ぶと脳栓塞や肺栓塞などの原因となることです。手足の動脈に詰まると抹消動脈栓塞症という急性の病気を引き起します。その他、心房細動では心臓への静脈からの還流がうまくいかず体のむくみの原因になったり、徐脈性の心房細動では循環障害によるめまいを引き起したりすることがあります。
発作性上室性頻拍
発作性上室性頻拍症は期外収縮や心房細動ほど頻度は多くありませんが、時々みられる頻拍症の1つです。突然始まり突然停止する毎分120~240拍の規則正しい動悸が主症状で、動悸とともに胸痛や低血圧などの症状がみられます。心電図では正常時と同じ心電図波形を示します。自宅でできる対処法として、息こらえ、冷水を飲む、片眼の圧迫、頸動脈洞の圧迫などがありますが、眼球圧迫は網膜剥離の、頸動脈圧迫は脳虚血の誘因になることもあるため、いずれも事前の医師の助言が大切です。
心室頻拍
心電図上で3連拍以上の心室性の収縮を伴い、しかも心拍数が毎分100拍以上の場合を心室頻拍症といいます。多くは心筋梗塞、心筋炎や心臓の手術後などにみられますが、薬剤が影響していることもあります。持続性の心室頻拍では、早急な専門医による処置と再発予防のための治療が必要です。
薬の副作用による不整脈というのもあるの でしょうか
心不全治療の特効薬にジギタリスという植物から見つかった強心配糖体があり、世界中で広く使われています。このジギタリス製剤の血中濃度が高くなり過ぎるといわゆる期外収縮と正常収縮が交互にみられる2段脈などの不整脈を生じることがあります。また、血液中のカリウム値が下がる低カリウム血症では種々の不整脈が誘発されることがあります。利尿剤や降圧利尿剤の中には血清カリウム値を下げる作用があるものもあります。
甲状腺機能と脈拍の関係を教えてください
甲状腺ホルモンは心拍数に大きな影響を与えます。甲状腺ホルモンが多過ぎる場合(例えば、未治療の甲状腺機能亢進症)には頻脈が生じ、少なすぎる場合(未治療の甲状腺機能低下症)には徐脈を来します。甲状腺機能疾患では、脈拍数の変化が臨床上の治療効果の1つの指標にもなっているほどです。
心電図から何が分かるのでしょうか
電気的な刺激とその刺激伝導経路が心臓の収縮をコントロールしています。心電図はこの電気的な刺激を体表から測定するもので、不整脈の診断、治療に欠かせない検査です。脈の乱れが時々しかみられない場合には24時間心電図(ホルター心電図)により、より確実な診断ができます(表4)。
表4 心電図検査でわかること | |||
普通の心電図 | 24時間心電図 | ||
● 不整脈の有無と種類 ● 虚血性変化の有無と部位の推測 ● 心肥大の有無 ● 刺激伝導系路の異常の有無 |
● 夜間などの不整脈の有無 ● 不整脈の発生と生活の関連 ● 不整脈の種類と発生回数 ● 虚血性変化と生活の関連 ● 虚血性変化の発生回数 |
動悸や不整脈の治療法は
動悸の訴えの中には心配のないものも少なくありません。また、不整脈が見つかっても全てが治療の対象となる訳ではありません。しかし、中には命に関わるものが隠されている場合もあります。脈の乱れを感じた時には、治療が必要かどうか一度は検査することが大切です。動悸や不整脈が心臓自体が原因の場合と、甲状腺疾患のように心臓以外に原因がある場合があります。適切な診断による治療が肝要です。現在はわずか10年前に比べても、様々な優れた新薬がドイツでも日本でも使用可能になってきています。心臓の薬はどれもが命に関わる大切なものですから、自分だけの判断での服薬中止・再開は避け、必ずかかりつけの医師の指示に従うようにしてください。