来年に定年を迎えます。体がだいぶ疲れやすくなりました。自宅では家族から「いつも機嫌が悪い」と言われます。男性にも更年期障害のようなものがあると聞きましたが、どのような症状なのでしょうか?
Point
- 男性ホルモンの低下による身体と精神、性機能低下
- 加齢男性性腺機能低下(LOH)症候群とも呼ばれる
- 発症の年齢、症状には個人差が大きい
- 過度なストレスが発症を促進することも
- 男性ホルモン補充療法(ART)も有効
- 泌尿器科(Urologie)に相談
男性にも更年期(Klimakterium)?
● 男性にも更年期があります
更年期障害は男性にも起こることがあります。ドイツ語ではWechseljahre des MannesやKlimakterium virile、女性の「Menopause(閉経)」に対して「Andropause(男性機能停止の意)」と呼ばれます。
● 男性の更年期障害の症状
年齢を重ねるごとに男性ホルモン分泌が低下(Testosteronmangel)して、多彩な症状を来すことがあります。性機能への影響だけではなく、筋力の低下、疲労感、意欲(やる気、元気)の減少、さらにストレス環境下でのイライラ感、集中力低下などがみられます。
● 「加齢性腺機能低下症」(LOH症候群)
加齢による性腺機能低下に伴う所見や兆候を「加齢性腺機能低下症候群(LOH症候群)」(日本泌尿器科学会)と呼んでいます。
LOH症候群の症状と兆候
❶ リビドー低下とED
❷ 疲労感、抑うつ、知的活動・認知力・見当識の低下
❸ 睡眠障害
❹ 筋容量と筋力低下
❺ 内蔵脂肪の増加
❻ 体毛と皮膚の変化
❼ 骨減少と骨粗そう症に伴う骨折リスク増加
男女の更年期障害との違い
男女の更年期の差異
男性 | 女性 | |
減少する ホルモン |
テストステロン | エストロゲン プロゲステロン |
発症時期 | 一定ではない | 閉経の前後5年 |
いつまで | 続く | 自然に消失 |
自律神経症状 | △ | ◎ |
筋力の低下 | ◎ | 年齢相応に変化 |
● 発症年齢の個人差が大きい
女性の更年期が閉経前後(ドイツニュースダイジェスト1081号をご参照ください)であるのに対し、男性の更年期障害は30〜70歳と個人差が大きいのが特徴です。男性ホルモンの低下が始まる40歳以降であれば、いつでも起こりえます。
● 発症時期があいまい
女性の更年期障害は女性ホルモン(エストロゲン)が急激に減少する時期に限られているのに対し、男性ホルモン(テストステロン)の減少はとても緩やかです。そのため発症時期があいまいで、期間も長く続きます。
● 周囲との関係
女性の更年期障害では本人が苦しむことが多いのに対し、男性の不調感は「歳のせい」と納得していることも多く、イライラする傾向にある場合は、周囲の人(家族、勤務先の部下)がピリピリしてしまうことも。
男性ホルモンについて
● 精巣で作られる男性ホルモン
男性ホルモン(アンドロゲン、Androgen)の95%は精巣(睾丸、Hoden)で、5%は副腎(Nebenniere)で、コレステロールを基に作られます。中心的な役割を担っているのがテストステロン(Testosteron)です。
● テストステロンの作用
男性ホルモンとしての作用(二次性徴の促進、性欲の亢進)に加え、筋肉の増強、骨格の発達と骨量の維持に関与し、脳に働きかけ意欲(やる気)を促進させます。
● ストレスで男性ホルモン低下?
過度な精神的ストレスは脳のストレス中枢である視床下部に働き、性腺刺激ホルモン(FSH、LH)を抑えます。そのため、職場や家庭で過大なストレス状態が続くと、比較的年齢が若くてもテストステロン分泌が少なくなり、男性更年期障害を起こすことがあります。
男性更年期の症状
● 性機能の低下
勃起不全(erektile Dysfunktion、ED)や、性欲低下(Sexual-schwäche)などの、性機能の低下がみられます。
● 身体への影響
筋肉量と筋力の低下がみられ、骨粗しょう症にもなりやすくなります。そのため、少しの運動でも筋肉痛、関節痛、疲労感、大汗をかくといったことが起こります。
● 心理面への影響
イライラ感、不安、憂うつ、不眠などの心理面の訴えが生じやすくなります。知的活動、認知機能、見当識などの低下、気分変調などがみられることもあります(日本泌尿器科学会・日本Men's Health医学会「LOH症候群の診療の手引き」より)。
男性の更年期障害の診断
● 何科を受診すべき?
まずは、泌尿器科(Urologie)を受診します。掛かりつけの医師(Hausarzt、-ärztin)に相談してみるのも良いでしょう。AMSスコアとよばれる質問表で症状を評価し、心身の症状が強く、血中テストステロン値が低い時に「男性更年期障害」と診断されます。
● 血中テストステロンの低下
日本では午前中に採血した血中遊離テストステロン(freies Testosteron)値が8.5pg/ml未満で、男性ホルモン低値と判断されます(ドイツでは午前中の総テストステロン値が7nmol/l = 2ng/ml未満での診断が多い)。
● 脳下垂体の性腺刺激ホルモン
テストステロンの分泌を調節している性腺刺激ホルモン(FSH、LH)の値を測定することにより、性機能低下の原因部位を推測することができます。
● 前立腺疾患の有無、うつの評価
前立腺肥大(Prostatahypertrophie)、前立腺がん(Prostatakarzinom)の有無の検査をします。前立腺検査は男性ホルモン補充療法(次項)の際に大切です。うつ評価は、心身の症状の背景に「うつ病(Depression)」が隠されている可能性を探るためです。
男性更年期障害の治療
● 日常生活の見直し
過度のストレスのある生活を避けるよう努めましょう。十分な睡眠をとり、運動を心がけましょう。
● スポーツ、ゲームで競い合う
他人と競い合うことが、男性ホルモンの分泌を促すと言われています。スポーツ、囲碁、将棋、チェス、トランプなどのゲームも良いかもしれません。
● アンドロゲン補充療法(ART)
血中の遊離テストステロン値が低値(日本では8.5pg/ml未満)の時は、テストステロン補充療法(Testosteronersatztherapie)が選択肢の一つになります。投与方法は経皮パッチ(transdermale Pflaster)、軟膏(Gel)、口腔パッチ(Mundpflaster)、注射(Injecktion)、皮下埋め込み(Inplant)などさまざまです。前立腺肥大、前立腺がん、重度の睡眠時無呼吸のある人などには使えません。
● 対症療法
不安感やうつ気分など「心の症状」がみられる場合には、抗不安薬(angstlösendes Mittel)、抗うつ薬(Antidepressivum)、強い不眠状態が続く時は睡眠薬(Schlafmittel)の助けを借りることがあります。
● ED治療薬
ドイツでもバイアグラ(Viagra®)、シアリス(Cialis®)、レビトラ(Levitra®)の3種類のED治療薬があります。冠動脈疾患の薬と併用すると危険なので、医師の指示に従い使用してください。
● 漢方薬(Kampo)
女性と同様に「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」」(ツムラ漢方23)、「加味逍遙散(かみしょうようさん)」(ツムラ漢方24)、「桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)」(ツムラ漢方25)が用いられます。ほかに「八味地黄丸(はちみじおうがん)」(ツムラ漢方7)、「補中益ほ気湯(ちゅうえっきとう)」(ツムラ漢方41)など。ただし、ドイツの薬局で入手することが難しいという難点があります。