ジャパンダイジェスト

ガス賦課金による料金高騰をめぐり激論

ロシアが西欧へのガス供給量を大幅に削減したため、大手エネ企業ユニパーが経営難に陥った。このため政府は企業のガス調達費用の増加分の大半を、消費者に負担させる。市民のエネルギー費用は秋から冬にかけて、大幅に増加する。

8月22日、ユニパーは電力供給確保のため、期間限定で石炭火力発電所を再稼働させることを明らかにした8月22日、ユニパーは電力供給確保のため、期間限定で石炭火力発電所を再稼働させることを明らかにした

ロシアのガス供給削減が発端

連邦経済気候保護省(BMWK)は8月15日、ユニパーなどガス輸入企業の倒産を防ぐために、今年10月1日から2024年3月31日まで、全てのガス消費者に対してガス1キロワット時(kWh)当たり2.419セントの賦課金の支払いを義務付けると発表した。

ユニパーなどの企業では、ロシアがガスパイプライン・ノルドストリーム1(NS1)を通じた供給量を通常の20%に減らしたために、スポット市場で割高のガスを調達しなくてはならず、損失額が増えた。ユニパーの1日の平均損失額は、6000万ユーロ(84億円・1ユーロ=140円換算)に達する。ショルツ政権はユニパーの株式の30%を取得するなど、150億ユーロ(2兆1000億円)の公的資金を投じて、同社を救済した。

賦課金の導入によってガス輸入企業は、実際の調達価格ともともとの購入契約の価格の差額の90%を消費者に転嫁できる。ただし実際の調達価格は今後もさらに上昇する可能性があるため、賦課金の額は3カ月ごとに修正される。

価格比較サイトVerivoxとCheck24によると、年間の天然ガス消費量が2万kWhで、居住面積が180平方メートルの家に住む4人家族の世帯が払うガスの年間費用は、賦課金の導入により575ユーロ(8万500円)増える。年間消費量が5000kWhの独身世帯では、年間121ユーロ(1万6940円)の増加だ。

付加価値税引き下げをめぐる議論

本来は、この賦課金に19%の付加価値税がかかるはずだった。ショルツ政権は、ガス料金と賦課金への付加価値税をゼロにするための許可を欧州委員会に申請したが、欧州委員会は却下。このためガス料金と賦課金の付加価値税を7%に下げることになった。

だが付加価値税の引き下げについては、批判も多い。サービス企業の産業別労働組合ver.diのフランク・ヴェルネケ委員長は、「7%への引き下げだけでは不十分だ。ショルツ政権は、年間のガス消費量が1万2000kWhまでの家庭に対して、ガス料金の上限を導入するべきだ」と主張している。

またVdKなどの社会福祉団体は、「付加価値税を引き下げると、貧しい市民だけではなく、高所得者の負担も減る。これは不公平だ。エネ費用の上昇は低所得者にとって特に大きな打撃なのだから、ショルツ政権は貧しい人々の負担を減らす政策を取るべきだ。負担軽減策は、最も弱い市民の可処分所得を増やすものでなくてはならない」という声明を発表し、政府に対して追加的な対策を求めている。

また賦課金による企業支援についても、批判がある。賦課金の額を計算する非営利企業Trading Hub Europe(THE)によると、これまでユニパーなど12のエネルギー企業が賦課金による支援を申請した。これらの企業に対する支援額は340億ユーロ(4兆7600億円)に上る。

だが12社の中には、ユニパーのように経営難に陥った企業だけではなく、ガス・電力価格の上昇によって黒字が増えたEnBWの子会社も含まれている。政界では、「エネルギー危機によって潤っている会社を、賦課金で支える意味があるのか」という疑問の声が聞かれる。

実際RWEとシェルは、「ガス調達価格の増加分は、自社の収益から負担できる」として、賦課金による支援は使わないと発表している。この2社からガスを買っている消費者は、賦課金を払う必要はない。

賦課金は今後も上昇か

市民にとっての大きな問題は、賦課金が2.419セントに留まる保証はないということだ。その理由は、卸売市場で価格の上昇に歯止めがかかっていないからである。欧州のガス卸売市場Dutch TTFのウエブサイトによると、8月22日に、1メガワット時(MWh)当たりの天然ガスの卸売価格の終値は、276.75ユーロと、過去最高値を更新した。1年前の価格(45.83ユーロ)に比べて6倍の上昇である。

価格高騰の理由は、ロシアが8月19日に、「NS1の点検のために、8月31日から3日間ガスの輸送を停止する」と発表したためだ。ドイツ政府は、ロシアがNS1を通じたガス供給を完全にストップするのは時間の問題と見ている。その場合、価格はさらに高騰する。

連邦系統規制庁のクラウス・ミュラー長官は、7月14日に「将来市民が払うガス料金は前年の3倍になる可能性がある」と語っている。8月7日に、ドイツ賃貸住宅テナント連盟のルーカス・ズィーベンコッテン会長は、「所得が最も低い人々、つまり市民の約3分の1は、ガスなどのエネルギー費用を払えなくなるだろう」と警告している。

ショルツ政権は、失業者への家賃補助額の引き上げや、低所得層を対象にしたエネルギー支援金の導入などを検討しているが、具体策はまだ公表されていない。政府はエネルギー費用の高騰のために市民の可処分所得が激減したり、真冬にガスを止められたりする事態を防ぐために、低所得層を中心に手厚い救済措置を取るべきだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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