ジャパンダイジェスト

独政府、ガス・暖房料金に上限を設定へ

ウクライナ戦争の影響で市民のエネルギー価格高騰への不安が強まるなか、政府がガスと遠距離暖房の料金に上限を設定する構想が固まった。政府の委託を受けた「ガス問題委員会」は10日、市民や企業のガス料金負担の高騰を防ぐための方策を発表した。

10日に記者会見したガス問題委員会のメンバー。左からヴァシリアディス氏、グリム氏、ルスヴルム氏10日に記者会見したガス問題委員会のメンバー。左からヴァシリアディス氏、グリム氏、ルスヴルム氏

政府が12月の料金を支払い

委員会の中間報告書によると、負担軽減策は二つの段階に分けて行われる。まず政府は第1段階として、今年12月の家庭・中小企業のガス料金を全額負担する。暖房の需要が強まる時期に、複雑な事務的手続きなしに市民の負担を軽減するのが目的である。

ガス料金を計算する基準は、今年9月の使用量。ガス価格に上限を設定するには、市民や中小企業の消費量に関するデータを集める必要がある。しかし政府がデータを集める時間がないため、委員会は政府に対して12月のガス料金を全額支払うよう勧めているのだ。委員会はこの措置のために50億ユーロ(7000億円・1ユーロ=140円換算)の費用を見込んでいる。

第2段階では、ガス料金の負担に上限が設定される。委員会によると、政府は来年3月1日から2024年4月30日まで上限を維持する。まず家庭と中小企業のガス料金については、1キロワット時(kWh)当たり12セントに上限を設定し、これを超える部分は政府が負担する。この措置によって、家庭と中小企業の今年9月のガス消費量の80%がカバーされる見通しだ。

市民にガス節約を促す狙いも

ロシアのウクライナ侵攻が始まる前には、家庭・中小企業向けのガス価格は1kWh当たり約7セントだった。つまり、負担額は約71%増えることになる。しかしウクライナ戦争の勃発以降、ガスの小売料金は1kWh当たり約30セント(戦争前の料金の4.3倍)まで高騰している。つまり12セントに上限が設定されれば、市民へのショックは幾分緩和される。

ガス問題委員会はウクライナ戦争前のガス価格よりも71%高い水準に上限を設定することで、市民や中小企業にガスの消費量を節約させることを狙っている。値段が上がれば、使用量を節約しようとする人が増えるからだ。ドイツ連邦系統規制庁(BNetzA)は、この冬のガス不足を防ぐには、ドイツ全体で消費量を例年よりも20%減らす必要があるとしている。

長距離暖房(Fernwärme)を使っている家庭と中小企業に対しては、上限を1kWh当たり9.5セントに設定する。政府は、市民と中小企業のガスと長距離暖房の価格の上限設定のために、610億ユーロ(8兆5400億円)を投じる必要がある。

またガス消費量が多い産業界の約2万5000社の企業については、消費量の70%が価格制限の対象となり、料金に1kWh当たり7セントの上限が設けられる。この措置の対象となるのは、ガスの年間消費量が150万kWhを超える企業。政府はウクライナ戦争が始まってから、産業界の消費量などについてのデータの収集を開始していたため、家庭や中小企業よりも2カ月早い来年1月1日に上限を導入できる。委員会は、このためにかかる費用を250億ユーロ(3兆5000億円)と推計している。

産業界は、ロシアがドイツへのガス供給量を減らし始めてから、製造などに使うガスの消費量を削減してきた。BNetzAによると、9月に産業界が消費したガスの量は、1998~2021年の平均に比べて19%少ない。政府は「家庭の消費量は例年に比べて減っておらず、節約努力を増す必要がある」と訴えている。

委員会の責任者は、政府の諮問機関・経済専門家評議会のヴェロニカ・グリム氏(経済学者)。さらに、ドイツ産業連盟(BDI)のジークフリート・ルスヴルム会長とエネルギー・化学業界の産業別労組IGBCEのミヒャエル・ヴァシリアディス委員長も加わった。委員会が設置されたのは9月23日であり、グリム委員長らは3週間足らずで最初の提言を打ち出したことになる。

ショルツ政権はEUの批判を抑えられるか?

この提言は、ショルツ政権が9月29日に発表した「エネルギー費用負担抑制策」の一環。同政権はこのために2000億ユーロ(28兆円)、つまり連邦予算の約40%に相当する資金の投入を予定している。今回の施策にかかる資金額は910億ユーロ(12兆7400億円)に達する。政府は中間報告書の内容を検討しているが、委員会の提言の大部分を実行する見通しだ。

ただし、今回の施策はガスと遠距離暖房の料金だけを抑制するものであり、政府が目指す電力料金の上限設定策は含まれない。さらに、ガス調達価格の高騰によって経営難に陥った電力・ガス販売企業の支援策も含まれていない。電力業界では、「一部のシュタットヴェルケ(地域エネルギー供給会社)の経営状態も悪化しているので、政府支援が必要」という声が出ている。

また欧州連合(EU)のほかの加盟国からは、「豊かな国ドイツが多額の財政出動を行って、自国の企業と市民を救うのは、自由な競争を阻害する」という批判の声が出ており、ショルツ政権がEUの承認を得られるかどうかも重要なポイントだ。

ロシアのガス供給量抑制により、今年8月下旬の欧州のガス卸売価格は、一時的に1年前の約7倍に高騰した。このためドイツ市民、特に低所得層の間では、「ガスや電力料金の高騰のために可処分所得がゼロになってしまう」という不安の声が強まっていた。今回公表された提言は、ガス料金引き上げが市民に与える打撃を緩和するための第一歩だ。政府は低所得層を支援するための施策も手厚くすることが必要だろう。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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