ジャパンダイジェスト

ドイツ脱原子力達成と市民の懸念

4月15日深夜、RWEなどドイツの大手電力会社3社は、ニーダーザクセン州のエムスランド原子炉など、最後の原子炉3基のスイッチを切った。ドイツは2011年に日本の福島第一原発で起きた西側最悪の原子炉事故をきっかけに、脱原子力政策を加速し、約62年間続いた原子炉の商業運転の幕を閉じた。

ベルリンやミュンヘンでは、環境保護団体などが脱原子力の完遂を祝った。ロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣(緑の党)は、「原子炉が廃止されても、ドイツのエネルギー安定供給は確保される。わが国はロシアの天然ガス供給停止にもかかわらず、冬を乗り切った。脱原子力が後戻りすることはない」と語った。社会民主党(SPD)のサスキア・エスケン党首も「脱原子力を果たしたことを、うれしく思う」と述べた。

4月15日、ミュンヘンのオデオン広場では反原発グループの集会が開かれ、数百人が参加した4月15日、ミュンヘンのオデオン広場では反原発グループの集会が開かれ、数百人が参加した

世論調査で過半数が脱原子力を批判

だが市民の間では、脱原子力について批判的な意見が強まっている。例えばドイツ公共放送連盟(ARD)のニュース番組ターゲスシャウが4月14日に公表した世論調査結果によると、「脱原子力政策は間違っている」と答えた市民の比率は59%で、「正しい」(34%)を25ポイント上回った。ARDによると、18~34歳の市民の50%が脱原子力に賛成したのに対し、35歳以上の60%以上が脱原子力に反対した。

また脱原子力についての意見は、支持政党によっても異なる。緑の党支持者の82%、SPD支持者の56%が脱原子力に賛成した。一方、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)支持者の83%、ドイツのための選択肢(AfD)支持者の81%、自由民主党(FDP)支持者の65%が脱原子力への反対を表明した。

2011年の福島原発事故から3カ月後に行われた世論調査では、54%が脱原子力に賛成し、反対する市民の比率(43%)を上回っていた。これらの数字は、ドイツ市民の間で福島原発事故の記憶が薄れ、原子力を容認する市民が増えていることを示している。

背景にウクライナ戦争によるエネルギー危機

世論の変化を加速したのは、ロシアのウクライナ侵攻後の電力・ガス価格の高騰だ。ARDの世論調査では、回答者の66%が「エネルギー価格の高騰が心配だ」と答え、「心配していない」と答えた人の比率(32%)を大きく上回った。ウクライナ戦争勃発後、ガスと電力の卸売価格が高騰したために、エネルギー供給会社も、一時大幅な値上げを発表。昨年10~11月には、ミュンヘンの地域エネルギー会社SWMが電力・ガス料金の約2倍の引き上げを顧客に通告するなど、「異次元の料金改定」が市民や企業経営者に衝撃を与えた。

もちろん、実際に料金が2倍になったわけではない。独政府が1月1日以降、電力、ガス、地域暖房の価格に部分的な上限を設定する激変緩和措置を実施したため、エネルギー価格の上昇率は抑えられた。さらに昨年8月下旬以降はガスの卸売価格が下落し、これに連動して電力の卸売価格も下がったために、電力・ガス料金が倍増する事態は避けられた。SWMも今年4月1日以降は電力価格を引き下げると発表している。

だが市民の心の中には、昨年のエネルギー価格値上げ通告の際のショックが刻み込まれている。ARDの世論調査結果は、「エネルギー情勢が不安定になっている時期に、使える電源を廃止するのは正しいのか」という市民の不安感を表している。

野党は原子力カムバックを要求

3基の原子炉の廃止後も、原子力エネルギーをめぐる議論は続く。ドイツ商工会議所(DIHK)のアドリアン会頭は「私は、脱原子力後に電力の安定供給が確保されるかどうかについて、疑問を持っている。本来は、エネルギー不足や価格高騰を防ぐために、使用可能な全ての電源を使うべきだ」と述べた。

連立与党内の意見も分かれている。緑の党とSPDは脱原子力に賛成しているが、財界寄りのFDPは、原子力エネルギーという選択肢を放棄するべきではないと主張してきた。FDPのヴォルフガング・クビツキ副党首は「脱原子力は、大きな誤りだ。外国ではドイツのエネルギー政策は世界で最も愚かだと批判されており、われわれはこの汚名を返上しなくてはならない」と語った。

野党CDU・CSUも原子力推進派だ。CDUのカーステン・リンネマン副党首は「エネルギー供給に不安が残っている時期に、使える発電設備を廃止して解体するのはナンセンス」と発言。バイエルン州のマルクス・ゼーダー州首相(CSU)は4月16日、「われわれは原子力についての議論を将来も続ける。エネルギー供給の不安が続く限り、あらゆる電源を使うべきだ。将来は核融合の研究も進めたい」と語っている。

欧州では、脱原子力国は少数派だ。ドイツ、イタリア、オーストリアなどを除くと、大半の国が脱炭素化のために再エネとともに原子力を拡大する政策を取っている。ベルギーは2025年までに脱原子力を予定していたが、ロシアのウクライナ侵攻後、路線を変更し2035年まで運転を続けることを決めた。英仏、東欧諸国、スカンジナビア諸国は、原子力が電源構成に占める比率を拡大する方針だ。ポーランドは現在原子炉を持っていないが、2030年代に最初の原子炉を稼働させる。欧州委員会も、再エネだけではなく原子力を重視している。こういった流れを考えると、将来CDU・CSUとFDPが連立政権を構成した場合、脱原子力政策に変更を加える可能性はゼロではない。原子力をめぐる議論が、ドイツの脱原子力完遂後も続くことは確実だ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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