ジャパンダイジェスト

未曽有の製造業危機からドイツはどう脱出するのか

ドイツの製造業を襲いつつある危機は、日に日に深刻化している。特にこの重要な時期にショルツ政権が連邦議会で議席の過半数を失い、強い指導力を発揮できないことは、製造業界の懸念を深めている。

11月20日記者会見した、IGメタルのトルステン・グレーガー氏(左)とVW事業所評議会のダニエラ・カヴァッロ議長(右)11月20日記者会見した、IGメタルのトルステン・グレーガー氏(左)とVW事業所評議会のダニエラ・カヴァッロ議長(右)

独自動車業界は「炎上中」

ドイツのある経済記者は、現在の自動車業界の状況を「Es brennt lichterloh」(炎上中)と形容した。フォルクスワーゲン(VW)の経営陣は、国内10カ所の工場のうち少なくとも3カ所を閉鎖し、数万人の従業員を解雇して全従業員の賃金を10%減らすという、大規模なリストラを計画している。国内の乗用車部門の営業利益率を2.3%から6.5%に引き上げるためだ。

これに対し、全金属労組(IGメタル)とVWの事業所評議会は、工場閉鎖や解雇を防ぐために、11月20日に経営側に経費削減のための提案を行った。労組は、「VWの自社賃金協定よりも低いIGメタルの賃金協定を受け入れ、約5%の賃上げ分を基金に振り込む。生産能力が過剰な工場を、この基金から支援する。取締役のボーナスや株主の配当の一部も基金に振り込み、経費を15億ユーロ(2400億円・1ユーロ=160円換算)を減らす」と発表した。

だが経営側は、「価格競争力を高めるためには経費を約100億ユーロ(1兆6000億円)減らす必要があり、工場閉鎖は避けられない」という姿勢を変えていない。このため労組側は、12月にストライキに突入する公算が強い。VWの従業員の間では、「路頭に迷うのではないか」という不安が強まっている。

他業種にも飛び火

自動車業界の危機は、他企業にも飛び火しつつある。11月21日にはフォードが欧州で従業員数を4000人削減すると発表したが、そのうち2900人はケルンの工場で減らされる。理由は、BEV(電池だけを使う電気自動車)の売れ行きの不振である。昨年12月にショルツ政権が、BEVの購入補助金を突然廃止して以来、販売台数が低迷している。

さらに事態が深刻なのが、サプライヤーである。今年7月には自動車部品業界の老舗ZFが従業員数を最高1万4000人減らすと発表。同社は「内燃機関の車の部品への需要が減っているほか、新設したBEV用部品の工場でも稼働率が十分ではないため」と説明している。11月22日には世界最大の自動車部品メーカー、ボッシュが世界全体で従業員数を5550人減らし、そのうちドイツでは3800人削減すると発表した。

ドイツ自動車工業会(VDA)は、10月29日に公表した研究報告書の中で、「BEVシフトのために、ドイツの自動車業界の就業者の数は、2023年の91万1000人から、2035年には76万7000人に減る」という悲観的な予測を明らかにした。14万4000人、つまり約15%が今の職を失うことになる。

自動車業界が強く懸念しているのは、米大統領選挙でトランプ氏が圧勝したことだ。彼は選挙戦の期間中に、「世界からの輸入品に10~20%の関税をかける」と発言。同氏がドイツからの自動車に関税をかけた場合、自動車業界は強い打撃を受ける。また欧州連合(EU)は10月30日に中国からのBEVに追加関税を導入した。貿易戦争は、産業界が最も恐れている事態だ。

自動車業界の不振は、他業種にも悪影響を与える。大手鉄鋼メーカーのテュッセンクルップは11月25日、2万7000人の従業員のうち、1万1000人を削減、または別会社に分離する方針を発表した。また世界最大の化学メーカーBASFも、ルードヴィヒスハーフェン本社工場での業績悪化のために、従業員削減を計画している。両社の不振の一因は、自動車の販売台数の下落によって、素材への需要が減ったことだ。

また、商工会議所が今年8月に発表した調査結果によると、従業員500人以上の企業の51%が「エネルギー費用が高すぎるので、ドイツでの生産を減らすか、工場の国外移転を考えている」と答えた。連邦労働局によると、今年10月時点の失業者数は約279万人だが、来年には300万人を超える可能性がある。

1990年代の製造業界危機との違い

製造業界の危機というと、1995~2005年にドイツを襲った不況で一時失業者数が480万人に達した事態が思い出される。当時はシュレーダー首相が「アゲンダ2010」という社会保障・労働市場改革を断行し、企業の社会保障費負担を減らすことなどによって、価格競争力を回復させた。失業者数は半減し、2010年以降ドイツの製造業界は活況にわいた。

だが今回の製造業危機は、当時よりも深刻だ。その理由は、(1)製造業界がエネルギー転換の必要がある、(2)電力と天然ガスの価格が米国や中国に比べて大幅に高い、(3)ショルツ政権が政治の遂行能力を事実上失っている、(4)昨年の違憲判決以降、政府が財政難である、(5)ロシアの脅威を抑止するために政府が防衛予算を大幅に増やす必要があることなどである。

さらに現在は政治状況が当時と大きく異なる。ドイツのための選択肢(AfD)とザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という過激政党への支持率が旧東ドイツを中心に高まっている。政府がアゲンダ2010のような、市民に痛みをもたらす改革を行った場合、過激政党への支持率がさらに増える危険がある。来年2月の連邦議会選挙ではキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が勝ち、CDUのメルツ党首が首相に就任する可能性が強いが、彼にとっても製造業界を危機から脱出させるのは容易なことではない。

 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
Nippon Express ドイツ・デュッセルドルフのオートジャパン 車のことなら任せて安心 習い事&スクールガイド バナー

デザイン制作
ウェブ制作