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ザイフェンの木工おもちゃに会いに行く

ドイツのクリスマスを彩るザイフェンの木工おもちゃに会いに行く

ドイツのクリスマスの風物詩の一つに、くるみ割り人形やクリスマスピラミッドなどの木工おもちゃがある。実はこれらのほとんどが、ザクセン州エルツ山地のザイフェンという村で作られている。本特集では、ザイフェンが「おもちゃの村」になった歴史をはじめ、クリスマスおもちゃの種類やザイフェンの観光情報などをご紹介。今年のクリスマスシーズンは、ザイフェンのおもちゃと夢のような時間を過ごしてみては?(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

ザイフェンの木工おもちゃに会いに行く

ザイフェンってどんなところ?

ザイフェンってどんなところ?

ザイフェン(Seiffen)は、ドイツ東部ザクセン州エルツ地方(Erzgebirge)にある山間の村で、チェコ共和国との国境にも近い。くるみ割り人形をはじめとする木工おもちゃ産業で世界的に有名で、人口約2500人のうち半分以上がおもちゃに関わる仕事をしている。村には140ほどのおもちゃ工房があり、特にクリスマスシーズンは各地からの観光客でにぎわう。

「おもちゃの村」ザイフェンの歴史

参考:Erzgebirgisches Spielzeugmuseum Seiffen「Museumsfühler」、Die Gemeinde Seiffen「Das Historische erzgebirgische Spielzeugland」、Spielzeugdorf Kurort Seiffen

1. 炭鉱夫から木工職人へ

エルツ地方の「エルツ」(Erz)がドイツ語で「鉱石」を意味するように、この地方は、かつて錫すず、銀、鉄、鉛などの地下資源が豊かで、炭鉱業で栄えた。ザイフェンでも15世紀中ごろから錫鉱業が行われ、1324年の文献ではこの村を「Cynsifen」(採掘された錫鉱石を分別するという意味)と呼んでおり、ザイフェンの名前はこれに由来する。

しかし鉱山の全盛期においても、炭鉱夫は十分な収入を得られず、副業や兼業で生活費を補わなけらばならなかった。その一つがボタンや皿などの木工製品を作る仕事で、ザイフェンでは早くも1644年に最初の木工職人がいたとされる。エルツ山地には豊かな森があり、鉱石を砕くために使っていた水車は、木工ろくろの動力に利用されたのだ。やがて17世紀ごろから鉱山資源が減り、また海外から安い鉱石を輸入するようになったため鉱山が衰退。炭鉱夫から木工職人へと仕事を変える人が増え、1849年に鉱山は閉鎖された。

ザイフェンで初めて木のおもちゃが作られたのは1750年ごろで、18世紀後半ごろにかけて大きく発展。ドイツでは時を同じくしてブルジョア啓蒙主義の思想が広がり、子どもの遊びやおもちゃの教育的価値が社会的に認知されるようになっていたのだった。

ザイフェンの伝統的な暮らしを描いたキャンドルアーチ。ザイフェンの伝統的な暮らしを描いたキャンドルアーチ。中央には制服姿の炭鉱夫、アウグストス強王の紋章(クロスした刀)、鉱山業のシンボルである石ノミとハンマー、右におもちゃ職人と天使、左にレース細工をする女性と燭台シャンデリアのモチーフがある

2. 「おもちゃの村」の繁栄とその影

ザイフェンのおもちゃは、おもちゃ市場の中心地ニュルンベルクや、ライプツィヒの見本市、さらにはドレスデンなどで一躍人気となった。音の出るおもちゃや動くおもちゃなど、その種類は数千にも及んだ。1850年ごろに作られた、舟の形の入れ物にミニチュアのペアの動物が詰まった「ノアの箱舟」セットは国外でも大ヒット。くるみ割り人形や煙出し人形など、クリスマスシーズンのおもちゃ制作にも注力するようになった。

輸出商品の大ヒットとなった「ノアの方舟」セット輸出商品の大ヒットとなった「ノアの方舟」セット

ザイフェンのおもちゃが世界的に知られる一方で、職人たちの収入は少なく、苦しい生活を強いられたままだった。おもちゃ問屋や小売店は、ザイフェンのおもちゃを職人たちから安い値段で仕入れ、それらを見本市などで高く販売していたのだ。そのため特に冬の間、ザイフェンの工房では一家総出でおもちゃ作りに取り組んでいた。照明や設備が不十分なせまい居間で、熟練の旋盤工がろくろを回し、別の人が動物の形を彫り、また別の家族が絵付けや小箱作りをしたりと忙しく働いた。多い時は1日の労働時間が13〜15時間にも及び、1903年に家業での児童労働を制限する法律ができるまでは、子どもたちも1日に12時間以上働かされることもあったという。

家族総出でおもちゃ作りを行う様子家族総出でおもちゃ作りを行う様子

1870年ごろ、くるみ割り人形を初めて制作したヴィルヘルム・フュヒトナー1870年ごろ、くるみ割り人形を初めて制作したヴィルヘルム・フュヒトナー

3. ミニチュアおもちゃの世界

主に家族単位の小さな工房で作られていたザイフェンのおもちゃだったが、1852年にはザクセン王国のおもちゃ専門学校(Königliche Special –Gewerbeschule zu Seiffen)が開校。当時、貿易の自由が導入されて未熟な職人でも商売をすることができるようになり、おもちゃの品質が著しく低下していたことから、専門教育機関を設けて優れた職人を養成するようになったのだ。ここは現在も、ドイツ唯一のおもちゃ職人養成専門学校として存続している。

寒空の下でおもちゃを売る子どもたちの姿は、ザイフェンの歴史を物語るワンシーン寒空の下でおもちゃを売る子どもたちの姿は、ザイフェンの歴史を物語るワンシーン

さらに1880年ごろからは、木材の価格高騰に加えて税関の規制が変更されることに。米国やフランスなどの主要な輸出先が、商品の価値に応じた関税ではなく、重量に応じた関税を導入。そのため、大きくてかさばるおもちゃを輸出することが難しくなった。

ドイツトウヒの薄い板で作った曲木の箱は、ミニチュアおもちゃの持ち運びや保存に便利なおもちゃの入れ物として重宝されたドイツトウヒの薄い板で作った曲木の箱は、ミニチュアおもちゃの持ち運びや保存に便利なおもちゃの入れ物として重宝された

そこで始まったのが、おもちゃのミニチュア化だった。ザイフェンでは、1905年に取次業者のH.E. ランガーがマッチ箱に入ったおもちゃシリーズを考案。マッチ箱の中には背景の風景画や、超ミニチュアの人形や家具など、物語の世界がまるごと納められた。代表的なモチーフは100を超え、ランガー社だけでも年間約50万個を販売。暮らしを再現した豊富なモチーフ、ミニチュアの旋盤加工や絵付けの技術、細部まで見事にデザインする能力は、ザイフェンの新たな強みとなった。

マッチ箱の中に広がるミニチュアの世界マッチ箱の中に広がるミニチュアの世界

4. 二度の世界大戦と旧東ドイツ時代

第一次世界大戦、そして1929〜1932年の世界恐慌はザイフェンをも大きく揺るがした。クリスマスシーズンであってもわずかな注文しか入らず、最大で人口の3分の2が無収入に。さらに第二次世界大戦中、おもちゃ工場の一部は戦争産業に組み込まれたという。

1971年ごろのザイフェンのおもちゃ工房1971年ごろのザイフェンのおもちゃ工房

第二次世界大戦後、ザイフェンは東ドイツ(DDR)に組み込まれ、おもちゃのための資材調達や商品の販売も、厳密な指示のもとに行われるようになった。従業員数が10人を超える企業は強制的に国営化。小規模な工房は民間経営を許されたものの、国から指定されたものだけを製造し、店舗での直販売は禁止された。ザイフェンのおもちゃはブランド力があり、DDR政府にとって外貨を得るための重要な輸出品の一つだった。そのため西側諸国にばかり輸出され、DDR市民の手には入りにくかったという。一方で高価なザイフェンのおもちゃは生産者たちにとって、実は物々交換の品にもなった。ある人は車の修理代として、ある人はバルト海の別荘代として、おもちゃで対価交換をすることもあったとか……。

ザイフェンでは、米国など西側諸国の需要に応じたおもちゃ作りも盛んに行っていたザイフェンでは、米国など西側諸国の需要に応じたおもちゃ作りも盛んに行っていた

5. ベルリンの壁崩壊後「おもちゃの村」の再出発

東西ドイツ再統一以降、ザイフェンの人々は自由を手に入れた一方で、厳しい競争環境の中で自活していかなければならなくなった。資本主義経済や市場の仕組みなど、西側のルールを新たに学ぶ必要があったのだ。また旧西ドイツの規定では、おもちゃは手工業種から外されており、マイスター育成のための国からの補助金の対象外となっていた。これを変えるためにおもちゃ職人たちが働きかけ、1996年には正式に手工業の職人として認められた。

さらにザイフェンの人々は、自分たちで見本市や海外市場に出向いて新たな顧客を見つけたり、流行や需要に沿った新しいデザインを自分たちで生み出したりするように。クリスマスを祝う習慣があるドイツ系米国人をはじめ、工芸品や匠の技術への親和性が高い日本でもザイフェンのおもちゃは愛されるようになった。

クリスマスのザイフェンの様子を表したミニチュアクリスマスのザイフェンの様子を表したミニチュア

モダンなデザインも生み出される一方で、ザイフェンの工房では今なお、村の歴史や、地元の豊かなクリスマス文化、エルツ地方の素朴な日常詩などをモチーフにしたおもちゃが多く作られている。そのことは、伝統的な技術だけでなく、故郷に対する人々の深い愛情もまた、おもちゃ作りを通して脈々と受け継がれてきたことの表れでもあるだろう。ザイフェンのおもちゃに流れる静かで独特の時間を、ぜひクリスマスシーズンに味わってみてほしい。

ザイフェンのクリスマスマーケット期間中に開催される炭鉱夫たちのパレードザイフェンのクリスマスマーケット期間中に開催される炭鉱夫たちのパレード

ザイフェンのおもちゃ職人の技

ザイフェンのおもちゃ作りの原点ライフェンドレーン

ザイフェンがおもちゃの村として発展した理由の一つに、1800年ごろから伝統的に使われている木工技法「ライフェンドレーン」(Reifendrehen)がある。これは、輪切りにした太い木を木工ろくろに固定して回転させ、そこに刃物を当てて断面が動物の形になるようリング状に加工する技術。完成した輪を切り割ると、金太郎あめのように40〜60体くらいのフィギュアの原型を取り出せる。

ライフェンドレーン

その後、手で彫って形を整え、色を付ければ出来上がり。完成したリングを割って初めてその形状を確認できるため、高度な旋盤技術とデザイン力、形を把握する熟練の技が必要。現在、数十人ほどしかこの技術を使える人はいないという。

ライフェンドレーン

ザイフェンで復活した伝統技法シュパンバウム

ミニチュア細工の木を作るエルツ山地特有の伝統技法で、1920年代にザイフェンのおもちゃ専門学校が主導してこの技法を復活させた。湿気を含んだ円錐形の木材を固定し、木の表面をノミで削って、削り節を小さな巻毛状にする。20世紀初頭には、シュパンバウムの技術を応用してミニチュアの削り花( Blümel)を作る技術も誕生。

シュパンバウムシュパンバウム

今年のプレゼントにいかが?ザイフェンの代表的なクリスマスおもちゃ

ザイフェンの名を一躍世に知らしめたのが、クリスマスの風物詩ともいえるオーナメントやクリスマスおもちゃの存在だ。そんなザイフェンで伝統的に作られている、クリスマスおもちゃの種類をご紹介。今年のクリスマスプレゼントの参考にしてみて。

Engel und Bergmann天使と鉱夫

天使と鉱夫

エルツ山地ではクリスマスシーズンになると、ろうそくを手にした天使と鉱夫のモチーフが窓際に置かれるという。暗く危険な炭鉱で働くエルツ地方の鉱夫たちにとって、古くから「光」はクリスマスを祝う重要なシンボルだった。その後、夫の安全を願い、愛とぬくもりを与える妻を天使に見立てたモチーフが加わり、ペアで飾られるようになった。

Nussknackerくるみ割り人形

くるみ割り人形

もとは王様や宮廷の人、衛兵など、「権力者の口をクルミでふさいでしまおう」という庶民のアイデアから生まれたくるみ割り人形。ザイフェンでは、1870年ごろにおもちゃ職人のヴィルヘルム・フュヒトナーが、『くるみ割り王とあわれなラインホルト』という絵本にインスピレーションを受けてデザインしたのが最初といわれる。

Schwibbogenシュヴィップボーゲン

シュヴィップボーゲン

アーチ型のキャンドルスタンドで、この形は鉱山の入り口を象徴している。鉱夫たちは、早朝に仕事に出かけて夜遅くに帰ってくるため、特に冬場は日の光を何週間も見ることができなかった。そのため各家の窓辺に置いてあるシュヴィップボーゲンの明かりは、鉱夫たちが家族のもとへ安全に帰るための道しるべでもあったといわれている。

Räuchermann煙出し人形

煙出し人形

クリスマスシーズンに飾られる人形で、1830年ごろに初めて作られた。人形は上下に外れて足の部分にお香をセットできるようになっており、口から煙をもくもくと出す。炭鉱夫をはじめ牧師やパン屋、おもちゃ屋さんなど、エルツ地方に暮らす村人たちの生活を表現したさまざまな種類があり、ユーモアに溢れたデザインが面白い。

Weihnachtspyramideクリスマスピラミッド

クリスマスピラミッド

数階建てのクリスマスピラミッドは、ザイフェンのおもちゃ作りの技術が集結した芸術品。ろうそくの熱によって羽根車が静かに回転し、ピラミッドの中ではキリスト降誕のシーンや炭鉱夫のパレード、エルツ地方の風景などが再現されている。ドイツ各地のクリスマスマーケットでは、高さ数メートルの巨大ピラミッドが登場。

インタビュー

ミュラー社4代目 リンゴ・ミュラーさんザイフェンの伝統を更新し続けるおもちゃ工房

ベルリンの壁崩壊後、自由主義経済の波がザイフェンにもやって来た。そんななか世界中を飛び回り、時には最先端技術を導入しながら、ザイフェンのおもちゃを世に広めてきた工房がある。ザイフェンの伝統を守りつつも、現代のライフスタイルにもなじむおもちゃ作りを果敢に行う、ミュラー社4代目のリンゴ・ミュラーさんに話を聞いた。

4代目のリンゴ・ミュラーさん(左)と、娘のソフィーさん(右)

4代目のリンゴ・ミュラーさん(左)と、娘のソフィーさん(右)
www.mueller.com

Q.リンゴさんがおもちゃ職人になった理由は?

子どもの頃から工房で育った私にとって、曽祖父が1899年に創業した家業を継ぐことは自然なことでした。高校を卒業してすぐに実家でおもちゃ職人の修行を始め、1996年にはおもちゃに電気配線を組み込んだ電動イルミネーションのクリスマスピラミッドやシュヴィップボーゲンを発表、この技術でマイスターの称号を取得しました。

2000年から、会社の経営を父から受け継いで今に至ります。木から創造的なおもちゃを作ることは、とても多才で特別な仕事だと思っています。何より自分たちが作ったおもちゃが、お客さんたちの生活を彩ることができるという大きな充実感を得られます。

Q.工房ではどんな人が働いていますか?

現在は、おもちゃ職人や木工旋盤職人など、熟練した35名の職人のほか、木工おもちゃ職人の実習生を2名が修行しています。また実はミュラー社にとって、日本は東西ドイツ再統一後に積極的に取り組んだ最初の海外市場の一つであり、長きに渡って友好関係が続いてきました。それもあって、日本からの短期研修生も定期的にうちの工房で受け入れ、ザイフェンのおもちゃ作りやドイツでの暮らしを体験してもらっています。

Q.東西ドイツ再統一の前後で、仕事や生活にどのような変化がありましたか?

DDR政府による企業の国有化は、まずDDR建国後の1950年代前半、そして1972年に急速に進みました。ミュラー社は幸運にも、創業から今日まで家族経営が途切れることなく続いています。もちろんDDR時代には資材調達や生産が思うようにいかなかったり、また国営企業と民間企業では賃金に大きな差があったりと、先行きには常に不安がありました。

東西ドイツが再統一されて、全てが変わりました。DDR時代は何をどのくらい生産するか、いくらで販売するかなどを国が決めていましたが、再統一後、私たちは突然全てを自分の責任で行わなければならなくなったのです。当時18歳だった私は、運良くこの大きな変化に適応することができました。一方で、例えば私の祖父母は戦前には自営業、DDR時代には国の管理下で働き、そして壁崩壊後にまた自営業に戻るという、二度も大きな変化を経験しました。彼らが新しい時代に適応することの困難は、計り知れなかったと思います。

Q.ザイフェンが世界的な「おもちゃの村」であり続ける理由は?

ザイフェンのおもちゃは、新しいアイデアや多様な技術・素材を用いることで、これまで幾度の荒波を乗り越えてきました。私も先人たちにならい、スキー選手とコラボレーションした作品や、音楽家の方と一緒にオルゴールを作るなど、ザイフェンのおもちゃを発展させるべく、さまざまな試行錯誤を行っています。その過程で形や色が変わることはありますが、原点は何も変わらない。こうした職人たちの努力によって、ザイフェンの思い出は生き続けているのだと思います。

特別に工房をのぞき見!ミュラー社の工房見学ツアー

ミュラー社

ザイフェンで一番大きいといわれるミュラー社の工房。東西ドイツ再統一後、ミュラー社は東西格差是正のための補助金でこの工房を建てたといい、最先端の機械なども導入している。そんなミュラー社のおもちゃ作りの現場に潜入してみよう。(Foto: Asuka Okajima)

木工の作業場

おもちゃの原材料となる多種多様な木材が並ぶおもちゃの原材料となる多種多様な木材が並ぶ

木工の作業場

サンプルと照らし合わせながらパーツを作る職人さんサンプルと照らし合わせながらパーツを作る職人さん

木工の作業場

おもちゃの原材料となる多種多様な木材が並ぶおもちゃの原材料となる多種多様な木材が並ぶ

塗装のための工房

パーツごとに塗装中パーツごとに塗装中

煙出し人形の組み立て作業

煙出し人形のミュンヘン・オクトーバーフェストのデザインを組み立て中。両手にはビール、白ソーセージとブレッツェルのプレートが載せられる煙出し人形のミュンヘン・オクトーバーフェストのデザインを組み立て中。両手にはビール、白ソーセージとブレッツェルのプレートが載せられる

煙出し人形の組み立て作業

煙出し人形の組み立て作業

完成!完成!

電気式シュヴィップボーゲンの配線

ミュラー社の電気式シュヴィップボーゲンを組み立てる様子ミュラー社の電気式シュヴィップボーゲンを組み立てる様子

電気式シュヴィップボーゲンの配線

ミュラー社のシュヴィップボーゲンは、アーチが雲の形になっているのが特徴ミュラー社のシュヴィップボーゲンは、アーチが雲の形になっているのが特徴

おもちゃの村で特別な時間をクリスマスのザイフェン観光案内

ザイフェンが一年で最も美しい季節といえば、やっぱりクリスマスシーズン! エルツ地方やおもちゃの歴史を知れる博物館はもちろん、数世代にわたって続く伝統的なおもちゃ工房を訪ねたり、イベントに参加したりするも良し。クリスマスの特別な時間を、ぜひザイフェンで楽しんで。

クリスマスマーケット30. Seiffener Weihnacht

クリスマスマーケット

今年で30周年を迎えるザイフェンのクリスマスマーケット「30. SeiffenerWeihnacht」。華やかに飾られた街の中心部や、50を超える屋台が、クリスマスならではの雰囲気を醸し出している。期間中の毎週土〜日曜日には、エルツ地方伝統の鉱夫のパレードや、聖歌隊によるコーラス、音楽の夕べなどのイベントも開催。

11月25日(金)〜12月18日(日)
月曜〜金曜11:00-17:00、土曜10:00-20:00、日曜:11:00-18:00
https://seiffen.de/weihnachten

山の教会Bergkirche Seiffen

山の教会

村の中心部からもほど近くにある、正八角形で淡い黄色のかわいらしい教会。1776〜1179年にかけて大工の巨匠クリスチャン・ゴットヘルフ・ロイターの設計で古い教会跡地に建てられ、ザイフェンのおもちゃのモチーフとしてもしばしば登場する。教会のガイドツアーはもちろん、クリスマスの雰囲気を味わえる礼拝やオルガン音楽の時間に訪れるのも◎。

Deutschneudorfer Str. 4, 09548
https://bergkirche-seiffen.de

おもちゃ博物館Erzgebirgisches Spielzeugmuseum

おもちゃ博物館

1953年にオープンした博物館で、ザイフェンやエルツ地方の伝統的なおもちゃが三つのフロアにわたって紹介されている。もともと1936年におもちゃの総合広告展用に建てられ、1943年に戦争で閉鎖されるまで数十万人の観客を集めていた。

おもちゃ博物館

博物館では、かつての仕事場や生活の様子を再現した部屋や、クリスマス飾りの歴史やおもちゃ職人たちの紹介、そして高さ6.3メートルのクリスマスピラミッドなどを見ることができる。

Hauptstraße 73, 09548

野外博物館Erzgebirgisches Freilichtmuseum

野外博物館

1973年にオープン。自然豊かな丘の上に19〜20世紀初頭の古い民家が点在しており、その中が展示室になっている。大きな水車小屋や職人の工房、家族でおもちゃ作りをしていた居間、小さなベッドルームなど、ガラス越しに当時の生活の様子をうかがい知ることができる。

野外博物館

目玉はなんといっても、「ライフェンドレーン」の実演を間近で見られること。職人の熟練の技と、木が削り出される香り、そして出来上がった動物のミニチュアの手触りなど、五感でザイフェンの歴史を体験しよう。

Hauptstraße 203, 09548

サンタさんへの手紙ボックスErzgebirgisches Freilichtmuseum

サンタさんへの手紙ボックス

毎年10月になるとザイフェンの村役場前の広場に、サンタさんへの手紙ボックスが設置される。子どもたちは、ここで「願い事リスト」に記入して投函することができる。手紙ボックスに集まったリストは、第四アドベント前にサンタさんに渡され、その後、この広場でプレゼントの贈呈が行われる。ちなみにサンタさんいわく、「(プレゼントの)願いが大きすぎない方が、かなう可能性が高い」らしい。

ザイフェン観光のためのお役立ち情報

現地までの交通アクセス

ドレスデン中央駅からバスを乗り継いで約2時間半、ケムニッツ中央駅から約2時間。バスの本数も少ないので下調べは必須。日帰りもしくは複数都市を周遊する場合、ザクセン州、ザクセン=アンハルト州、テューリンゲン州域内が当日限り乗り放題になる「ザクセンチケット」(Sachsen-Ticket)が便利。1〜5人までが25〜57ユーロで、かつ15歳未満の子ども3人までが無料で同乗できる。(※2022年10月現在の情報)

宿泊の場合は早めの予約がマスト

クリスマスシーズンは、各地からの観光客やスキー客などでにぎわうため、宿泊を希望の場合は早めに宿を予約しよう。ホテルをはじめ、ペンションや貸別荘(Ferienwohnung)など、滞在期間や目的によって選ぶと良い。一般的な宿泊予約ポータルサイトに載っていない宿泊施設も多いため、ザイフェン観光局のウェブサイトからも要チェック。
https://seiffen.de/tourismus/uebernachten

おもちゃ工房探訪でディープな旅を

ザイフェンには大小含めて約140のおもちゃ工房があり、直売をしている所も少なくない。一見普通の住宅のように見える工房でも、「Direktverkauf bitteklingeln」(直販を希望の場合はお呼びください)のような張り紙が玄関にしてあれば、インターホンを押すと中に入れてもらえる。実際に作っているところを見られたり、製作者から直接話を聞いたりすることもで

最終更新 Mittwoch, 30 November 2022 10:03
 

カタールW杯2022

11月20日(日)〜12月18日(日)

異例のワールドカップで日独戦が実現!カタールW杯2022

4年に1度のFIFA ワールドカップ(以下、W杯)が、いよいよ11月20日(日)〜12月18日(日)にかけて開催される。第22回大会は史上初の中東開催。アジア予選を突破した日本代表は7大会連続で7度目の本大会出場を決め、ドイツ代表と同じグループEに入った。日本代表とドイツ代表はW杯では初対戦となるが、グループEはスペイン代表とコスタリカ代表も属する強豪ぞろいの「死の組」。ボイコット論も湧きあがる「異例」づくしの今大会は果たしてどうなるか。ドイツ代表と日本代表、開催国カタールに焦点を当て、今大会を楽しむさまざまなヒントをお届けする。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

決勝戦が行われるルサイル・アイコニック・スタジアム決勝戦が行われるルサイル・アイコニック・スタジアム

「異例」づくしのワールドカップ

今回のW杯が「異例」といわれる理由は三つ。①史上初の中東開催であること、②史上初の秋冬開催であること、③主に欧州の参加国でボイコット論が広がっていることである。それには、開催国カタールの社会情勢、現代の欧州と異なる価値観が関係しているようだ。

カタールのサッカー事情

サッカーは開催国カタールで最も人気なスポーツだ。同国のプロサッカーリーグである「カタール・スターズリーグ」は1963年に端を発し、2008年にプロ化。潤沢なオイルマネーで世界中から多くの有名選手を獲得している。

日本人ではMF中島翔哉が2019年2月、史上最高額の移籍金約44億円でアル・アインに加入。年俸は4億円を超えるという。また、2020年9月には元日本代表の小林祐希がフリーでアル・ホールに加入している。J リーグからは2009年にガンバ大阪FW レアンドロが675万ポンドでアル・サッドに、21年に柏レイソルFW マイケル・オルンガが540万ポンドでアル・ドゥハリに加入。

そのほか、ペップ・グアルディオラ(現マンチェスター・C監督)やラウル・ゴンサレス(元スペイン代表)、ハメス・ロドリゲス(現コロンビア代表)など、欧州で活躍した多くのスター選手たちがカタールへの移籍経験を持つ。

開催国カタールはどんな国?

開催国カタールはどんな国?

面積:1万1427平方キロメートル
人口:280万人(外国人居住者含む)
首都:ドーハ
民族:アラブ人
言語:アラビア語
宗教:イスラム教
GDP:約20兆円(一人当たり約800万円)
主要産業:原油(世界シェア1.5%)、天然ガス(世界シェア13.1%)
参考:外務省HP「カタールの基礎データ」

1.史上初の中東開催

開催地は2010年に投票で決定したが、中東でW杯が行われるのは史上初のこと。これまでに行われた全21回の内訳は、欧州(ロシアを含む)で11回、南米で5回、北米で3回、アジアで1回、アフリカで1回となっている。アジアでは唯一、2002年に日韓共同で開催された。

これまでの開催国と優勝国の一覧

第X回 開催年 開催国 優勝国
1 1930 ウルグアイ ウルグアイ
2 1934 イタリア イタリア
3 1938 フランス イタリア
4 1950 ブラジル ウルグアイ
5 1954 スイス 西ドイツ
6 1958 スウェーデン ブラジル
7 1962 チリ ブラジル
8 1966 イングランド イングランド
9 1970 メキシコ ブラジル
10 1974 ドイツ 西ドイツ
11 1978 アルゼンチン アルゼンチン
12 1982 スペイン イタリア
13 1986 メキシコ アルゼンチン
14 1990 イタリア 西ドイツ
15 1994 アメリカ ブラジル
16 1998 フランス フランス
17 2002 日韓 ブラジル
18 2006 ドイツ イタリア
19 2010 南アフリカ スペイン
20 2014 ブラジル ドイツ
21 2018 ロシア フランス
22 2022 カタール

1942年、1946年大会は第二次世界大戦の影響で開催されず、1950年のブラジル大会で戦後再スタートを切った。それ以降も4年に1度開催されている。

2.史上初の秋冬開催

W杯といえば夏のイメージがある。通常は6〜7月にかけて行われるが、2022年大会の開催地は中東のカタール。首都のドーハは、湿度はそこまで高くないが、例年7月に1年間の最高気温を記録しており、40度を超える日も。この地で夏開催となれば、選手にかかる負担は想像を超えるものになるだろう。

選手たちは大会開催中、その地で1カ月間ほどを過ごすが、トレーニング→移動→試合→リカバリー……と、勝ち進む限りこのサイクルを繰り返すことになる。気温40度を超える環境でこのサイクルをこなすことは困難だ。しかし、同地では11月には平均最高気温は30度ほど、12月には25度前後まで下がる。

カタールの月別平均気温 史上初の秋冬開催

そのため、気候を考慮した上での秋冬季開催となったのだが、これはW杯史上初のこと。今回行われるカタールW杯は11月20日(日)、開催国カタール対エクアドルの一戦で開幕し、12月18日(日)に行われる決勝戦で幕を下ろす。ちなみに2014年のブラジルW杯では、気温31度前後の高温多湿下での試合において、給水タイムが認められていた。

3.異例のボイコット論

カタールにおける人権問題などにより、欧米を中心に本大会のボイコット論が巻き起こっている。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、カタールでW杯関連の工事などを担う出稼ぎ労働者が給与未払いや搾取、劣悪な環境下での労働など不当な扱いを受けていると指摘。開催地に決まった2010年12月から数千人が死亡し、その調査が尽くされていないという。批判を受け、カタール政府は20年に最低賃金制度を導入。移民労働者は雇用者の許可を得ずに転職できる自由が与えられた。

また近年、欧米を中心にLGBTQなどの権利を認めるべきという風潮があるなか、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは、カタールの女性や同性愛者、トランスジェンダーなどが差別を受けていると指摘。同国では同性愛が違法とされている。なお欧州では、ハンガリーで反LGBTQ法案が可決されたときも、ドイツやフランスなどから同国に厳しい批判が浴びせられていた。

こうした背景から、元フランス代表でかつてマンチェスター・ユナイテッドで活躍したエリック・カントナ氏は、英国紙Athleticのインタビューで「(スタジアム建設工事で)数千人が死んだ。それでもわれわれはワールドカップを祝福する。私個人的にワールドカップを観ることはない」と自身の考えを明らかにした。

また、元ドイツ代表でかつてバイエルンで活躍したフィリップ・ラーム氏は独誌Kickerに対し、「人権は大会の開催において最も重要なことであるべきだ」と語り、母国の躍進を願う一方、開催国カタールの人権問題やジェンダー問題への姿勢を懸念している。

フランスでは日刊紙レ・ユニオンが、「われわれの価値観に基づいてW杯をボイコットする」と宣言し、カタールW杯について一切報じないことを発表。リヨン市も「一切のストリートビューイングを実施しない」など、今大会への強い抗議の姿勢を示している。

ドイツ人はカタールW杯をどう思っている? ドイツ人はカタールW杯をどう思っている?

ドイツの調査会社Infratest dimapが、「ドイツはカタールW杯をボイコットすべきかどうか」という調査を実施。2021年5月の時点で、全回答者のおよそ3分の2が「参加するべきではない」と回答した(グラフ左)。興味深いのは、サッカーに興味を持つ人のみを対象にした調査でも、ほぼ同様の結果となったことだ(グラフ右)。

そもそもW杯に出るには?日本代表が切符をつかむまでの道のり

全サッカー選手の憧れの舞台ともいえるW杯。しかし、その出場権を得ることは簡単ではない。国際サッカー連盟(FIFA)には211の国・地域が加盟しているが、各大陸・地域での予選を勝ち抜かなければならないからだ。日本が属するアジアサッカー連盟には47の国と地域が加盟しており、2006年大会からは毎度4~5チームが出場。1998年フランス大会で初出場を果たした日本代表だが、その切符をつかむまでは茨の道のりだった。

カタールといえば、「ドーハの悲劇」を思い出す人も多いだろう。1994年米国W杯最終予選として、1993年10月28日にドーハのアルアリ・スタジアムで行われた日本代表対イラク代表の試合において、日本が最後の最後で勝利を逃し、W杯への切符を逃した悲劇的な出来事の通称だ。第4節終了時点で日本はグループ首位をキープしており、日本史上初のW杯本大会出場に王手をかけていた。しかし最終第5節、試合終了間際まで2-1でリードしていたにもかかわらず、アディショナルタイムにまさかの失点。一転して3位に転落し、最終予選で散ったのだった。

しかしその後、日本代表は7大会連続出場を決めている。すでにW杯に出場するアジア常連国ともいえるが、今大会のアジア最終予選も前途多難なものだった。グループBの日本代表はオマーン、中国、サウジアラビア、オーストラリア、ベトナムの5チームと同組となった。それぞれとホーム& アウェイ方式で対戦し、計10試合で勝ち点を最も多く集めた2チームがW杯への出場権をつかむ。「初戦が一番大事」とよくいわれるが、ホームで行われたオマーン戦は0-1で敗れ、まさかの黒星スタート。最初の3試合で1勝2敗という厳しい状況に立たされた。しかし、第4節からは怒涛の連勝で盛り返し、サウジアラビアに次いでグループBの2位として切符を手にしたのだった。

日本代表の今回のアジア最終予選の成績

第X回 日付 ホーム / アウェイ 対戦国 結果
1 2021年9月2日 ホーム オマーン 0-1 ●
2 2021年9月7日 アウェイ 中国 1-0 〇
3 2021年10月7日 アウェイ サウジアラビア 0-1 ●
4 2021年10月12日 ホーム オーストラリア 2-1 〇
5 2021年11月11日 アウェイ ベトナム 1-0 〇
6 2021年11月16日 アウェイ オマーン 1-0 〇
7 2022年1月27日 ホーム 中国 2-0 〇
8 2022年2月1日 ホーム サウジアラビア 2-0 〇
9 2022年3月24日 アウェイ オーストラリア 2-0 〇
10 2022年3月29日 ホーム ベトナム 1-1 △

W杯史上初の日独戦ここに注目!

W杯では初対戦となる日本とドイツ。日本にとって強豪国との対戦機会は、W杯のような大舞台以外には滅多にない。一方で、ドイツのような強豪国でも対戦相手が格下であれ、絶対に負けられないからこそ、気合の入った魅力的な対決となる。そんな日独戦をますます盛り上げるべく、注目すべき点をまとめた。

ドイツに勝てば日本にとってW杯初勝利

日本代表とドイツ代表はカタールW杯で初戦で激突。日本がこれまでにドイツと対戦したのは親善試合の2試合のみで、結果は1敗1分け。今回、日本代表が勝利すれば今大会初勝利となるだけでなく、3度目にして対ドイツ代表戦史上初の勝利となり、日本のサッカー史に新たな1ページを刻むことになる。

過去の親善試合の結果

第1回目惨敗の初対戦
2004年12月16日 結果:0-3 ●

日本は主将の稲本潤一をはじめ、前線にはフランクフルトなどで活躍した高原直泰、GK楢崎正剛が守護神としてプレー。ドイツはGKがドイツ代表のレジェンドで現バイエルンCEOのオリヴァー・カーン、中盤にはミヒャエル・バラック、前線にはW杯最多得点記録保持者のミロスラフ・クローゼらが入っていた。試合後半、クローゼに2ゴール、バラックに1ゴールを許し完敗した。

第2回目力を見せた2度目の対戦
2006年5月30日 結果:2-2 △

2006年ドイツW杯直前の対決。ジーコ・ジャパンは、中村俊輔や中田英寿、小野伸二らを擁する「黄金世代」。前半は0-0で折り返したが、後半に入ると高原が57分と65分にゴールを決めた。しかし、75分にクローゼに追撃弾を許すと、80分にはシュヴァインシュタイガーに同点ゴールを決められ、ドロー決着。善戦するも勝利を逃した。

日本は「死の組」……初戦が成功を左右する?

日本は過去6度のW杯で合計18試合のグループステージ(GS)を戦っているが、戦績は5勝4分け9敗。ちなみに、初戦を落とした大会では必ずGSで敗退しており、引き分け以上の場合は必ず決勝トーナメント進出を果たしている。カタールW杯ではドイツ、スペイン、コスタリカという強敵と一戦を交えることになるが、初戦のドイツ代表戦で引き分け以上の結果が得られれば、自信もついて勢いに乗り、決勝トーナメント進出も見えてくるかもしれない。ドイツ代表は2018年ロシアW杯で初戦を落とし、結局調子が上がることなく、最終節では韓国に敗れてGSで敗退している。

W杯における日本代表の全戦績

〇:勝ち ●:負け △:引き分け

W杯における日本代表の全戦績

グループEの試合日程

※時間はドイツ時間。日本時間は+8時間。

グループEの試合日程

2大会ぶり5度目の戴冠を目指すドイツ代表

バイエルン・ミュンヘンでシーズン3冠(国内リーグ戦、国内カップ戦、UEFA チャンピオンズリーグ)を達成したハンジ・フリック監督(ドイツ)のもと、生まれ変わったチームで大会に臨む。

「一体感」を表現!ドイツ代表の新ユニフォームは「一体感」を表現!

白地に首元から縦に黒色の帯が引かれたもので、男子も女子も同じデザインを着用する。バイエルンに所属するMFセルジュ・ニャブリはドイツサッカー協会公式HPを通じ、「新しいホームユニフォームをとても気に入っている。この色の組み合わせは調和がとれており、ワールドカップでこれを着て、ドイツ代表としてプレーできるのは光栄なこと」とコメント。

ドイツ代表のこの選手に注目!

今大会はバイエルンで活躍する世界的GK マヌエル・ノイアーやMFトーマス・ミュラーなどのベテランに加え、同じくバイエルンMF ジャマール・ムシアラなど、若手の活躍にも期待がかかる。
(正式なメンバー発表前のもの)

現代的センターバックDF ニコ・シュロッターベック(ドルトムント/ドイツ)

ニコ・シュロッターベック(ドルトムント/ドイツ)

今シーズン、フライブルクからドルトムントに移籍。ブンデスリーガ上位常連クラブで若き守備の要として活躍。実の兄ケヴェン・シュロッターベックは今もフライブルクでプレーしている。

試合をコントロールする万能な選手MF ジョシュア・キミッヒ(バイエルン/ドイツ)

MF ジョシュア・キミッヒ

最終ラインからアンカーまでこなし、前線への正確な配球から得点機を演出。チャンスとみるや自らゴールも狙うファイターである。2020年にはUEFA最優秀DF賞に選ばれている。

ドイツ代表唯一のティーンエージャー!?MF ジャマール・ムシアラ(バイエルン/ドイツ)

MF ジャマール・ムシアラ

19歳にして欧州のトップクラブ、バイエルンで頭角を現す。イングランドで育ったため、同国代表を選択することも可能だったが、ドイツ代表として出場することに。恩師ともいえるフリック監督から熱い勧誘を受けたとか。

イングランドの強豪で大活躍MF イルカイ・ギュンドアン(マンチェスター・C/イングランド)

MF イルカイ・ギュンドアン

かつて香川真司とともにドルトムントでプレーしたMF。名門マンチェスター・Cでも持ち前の攻撃力を発揮、今では同クラブの主将に。すでに7シーズン目を迎え、4度のリーグ制覇を経験した。

悲願のベスト8進出を目指す日本代表

森保ジャパンは発足後全57試合で39勝8分け10敗。森保一監督が今回のW杯で日本代表を指揮した場合、W杯後の就任から4年間を継続して率いた、初の日本人監督となる。

コンセプトはORIGAMI!日本代表の新ユニフォームのコンセプトはORIGAMI!

JFAによると、新ユニフォームは「これまでのサッカー日本代表の軌跡と『山折り、谷折り』を重ねることで進化するORIGAMIを掛け合わせ、歓喜をもたらす祈りの象徴として表現」している。また、「2011年に開催されたAFCアジアカップ2011カタールでアジア王者となった際にSAMURAI BLUE(日本代表)が着用していたユニフォームから着想」を得ているという。新ユニフォームをまとった日本代表がカタールで躍進することを願うばかりだ。

日本代表のこの選手に注目!

「海外組」も珍しくない日本代表。ドイツで活躍する主将の吉田麻也をはじめ、好調の鎌田大地など、ここでは紹介しきれないほど魅力的な選手がたくさん!
(正式なメンバー発表前のもの)

新守護神に名乗り!GK シュミット・ダニエル(シントトロイデン/ベルギー)

GK シュミット・ダニエル

米国にルーツを持つ、身長197センチのGK。2019年からベルギーのシント・トロイデンでプレーしており、2018年にA代表で初出場を果たす。9月のエクアドル戦では印象的なセーブを連発した。

34歳主将、守備リーダーDF 吉田麻也(シャルケ/ドイツ)

DF 吉田麻也

2010年にオランダのVVVフェンローに加入して以来、欧州で10年以上にわたりDFとして活躍。プレミアリーグやセリエAを経験したベテランは現在、過去に内田篤人氏や板倉滉(ボルシアMG)が所属したシャルケでプレー。

スペインで躍動する若きアタッカーMF 久保建英(レアル・ソシエダ/スペイン)

MF 久保建英

日本人としてバルセロナの下部組織に在籍した特異な経歴を持つ、21歳の類まれなアタッカー。今シーズンから在籍するレアル・ソシエダでは開幕から出場機会を重ね、第9節までに2ゴール2アシストと結果を出している。

ヨーロッパリーグ制覇の立役者MF 鎌田大地(フランクフルト/ドイツ)

MF 鎌田大地EL制覇時のもの。左が鎌田選手、右は同クラブ所属の長谷部誠選手

開幕10試合ですでに6ゴールと好調。2019年に日本代表デビューを果たした26歳のMFは昨季、ヨーロッパリーグ制覇に大きく貢献。クラブにも代表にも欠かせない存在となっている。

最終更新 Dienstag, 15 November 2022 09:45
 

グリム童話でめぐるドイツ・メルヘン街道

おとぎ話のルーツを探るグリム童話でめぐるドイツ・メルヘン街道

ハーナウを出発して、北のブレーメンまで続く全長約600キロの街道がある。この「ドイツ・メルヘン街道」をたどると、グリム童話やグリム兄弟にゆかりのあるさまざまな場所を訪れることができる。本特集では、「グリム兄弟の足跡を訪ねる旅」、「物語の舞台を訪れる旅」と題して、テーマごとに街をご紹介。奥深いグリムの世界をさらに知って、物語を体感しに出かけよう。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

参考:Die Brüder Grimm-Gesellschaft e.V.、Brothers Grimm Haus、Deutsche Märchenstraße e.V.

グリム童話でめぐるドイツ・メルヘン街道

グリム兄弟

グリム兄弟

ヤーコプ・グリム、ヴィルヘルム・グリム

ヤーコプ・グリム(1785-1863)とヴィルヘルム・グリム(1786-1859)は、世界中で親しまれているグリム童話を兄弟で編さんした言語学者・民俗学者。童話以外にも『ドイツ伝説集』や『ドイツ語辞典』の編さんに携わり、ドイツ学の発展に貢献した。上の写真は1847年に撮影されたダゲレオタイプ(銀板写真)をもとに、1900年頃に再現された写真で、立っているのが兄のヤーコプ。

グリム兄弟の足跡を訪ねる旅

グリム兄弟の足跡を訪ねる旅

生涯さまざまな街で過ごしたヤーコプ&ヴィルヘルム・グリムの兄弟。二人が生まれ育ち、学んだ場所をその人生とともにたどってみよう。

❶ハーナウから❷シュタイナウへ

1785年、ヤーコプ・グリムはハーナウで生まれた。翌年の86年に弟のヴィルヘルムが生まれ、二人はまるで双子のように育つ。兄が6歳、弟が5歳のときに一家は東へ20キロほど離れたシュタイナウへ引っ越した。なだらかな丘が続く牧歌的な環境で幼年時代を過ごし、雄大な自然のなかで二人の感性が磨かれていく。

必見ポイント

グリム兄弟像/ハーナウ

ハーナウは第二次世界大戦の被害が激しく、残念ながら兄弟の生家は残っていない。マルクト広場の市庁舎前には、腰に手を当てて立つ兄ヤーコプとその横に座る弟ヴィルヘルムの銅像がある。

グリム兄弟像/ハーナウ

Am Markt, 63450 Hanau

グリム兄弟の家(博物館)/シュタイナウ

シュタイナウは、「グリム兄弟通り」と呼ばれるメインストリートの両側に木組みの家が立ち並ぶ小さな街。一家が過ごした家は当時のまま残っており、現在は「グリム兄弟の家」という博物館になっている。すぐ近くのシュタイナウ城でもグリム兄弟に関する展示が見られる。

グリム兄弟の家(博物館)/シュタイナウ

Brüder Grimm-Haus
Brüder Grimm-Str. 80, 36396 Steinau an der Straße
www.brueder-grimm-haus.de

❸マーブルクで昔話の魅力を発見

1796年、父親の突然の死によって二人はカッセルの伯母に引き取られることに。やがて青年となったグリム兄弟は、そろってマーブルク大学の法学部へ入学した。そこで師事したザヴィニー教授から、法律と同じように昔話も人々の間で生まれ受け継がれてきたことを教えられる。古い民話や伝説に興味を持った二人は、昔話を知っている人を訪ねてまわり、聞き取った話を少しずつまとめる活動を始めた。

必見ポイント

下宿先/マーブルク

巡礼地である聖エリザベート教会が有名なマーブルク。立派な木組みの家が並ぶマルクト広場の近くに兄弟が下宿していた家が保存されている。建物内の見学はできないが、記念プレートが立てられている。

下宿先/マーブルク

Grimm-Dich-Pfad Station 15
Barfüßerstr.35, 35037 Marburg

❹カッセルで誕生した『子どもと家庭の童話集』

 1805年、大学を卒業した二人はカッセルに戻る。19世紀初頭、カッセルはフランス軍に占領され、ナポレオンの弟ジェロームがカッセルを含むヘッセンを支配していた。フランス語が得意だったヤーコプはジェロームに雇われて、ヴィルヘルムスヘーエ城で宮廷司書官を任せられたという。一方で1812年、兄弟がコツコツと聞き取りをしていた民話が『子どもと家庭の童話集』(いわゆる「グリム童話」)という形でまとめられ、世に送り出された。

必見ポイント

ヴィルヘルムスヘーエ城公園/カッセル

ヤーコプが働いていたヴィルヘルムスヘーエの丘にある城は、現在美術館&博物館に。城を含めたヴィルヘルムスヘーエ丘は世界文化遺産に登録されている。

ヴィルヘルムスヘーエ城公園/カッセル

Bergpark Wilhelmshöhe
Schlosspark 1, 34131 Kassel

グリム兄弟博物館/カッセル

カッセル市内にあるこの博物館では、グリム兄弟の直筆メモが記された『子どもと家庭の童話集』が展示されている。これは2005年にユネスコによって世界記憶遺産に登録されており、一見の価値あり。

グリム兄弟博物館/カッセル

GRIMMWELT Kassel
Weinbergstraße 21, 34117 Kassel
www.grimmwelt.de

❺ゲッティンゲンの大学から追放処分に

ドイツ語学研究を続けていたヤーコプとヴィルヘルムは、1829年にゲッティンゲン大学から教授として招かれ、ハノーファー王国へ移った。大学の講義は法律や神話、言語、文学の歴史など多岐にわたり、さまざまな書物を出版。順調に生活を送っていたが、1837年に国王の憲法違反に対して教授たち7人で抗議文を提出したため、7人の教授全員が追放となる。

必見ポイント

グリム童話の噴水/ゲッティンゲン

第二次世界大戦の被害が激しかったゲッティンゲンには、、古い建物は残念ながらほとんど残っていないが、マルクト広場には1901年に造られたグリム童話「ガチョウ番の娘」の噴水がある。

グリム童話の噴水/ゲッティンゲン

Markt 9, 37073 Göttingen

❻ベルリンで王室学士院会員に

ゲッティンゲンを追われた兄弟は一時カッセルへ戻るが、すぐにベルリンから声が掛かった。プロイセン王国のベルリン大学が二人を教授として迎えたのだ。二人はそろって王室学士院会員となり、ベルリンで安定した日々を過ごした。1854年に刊行された『ドイツ語辞典』第1巻のほか、数多くの学術論文や評論集を刊行。そして弟ヴィルヘルムは1859年に、兄ヤーコプは1863年に世を去った。

グリム童話は主にヴィルヘルムが加筆し、1857年に第7版を出してこれが決定版となった。兄弟の最も偉大な功績であるドイツ語辞典は二人の生前には完成されず、ヤーコプはアルファベットの第6字「F」を手がけていた最中に亡くなった。この大事業は後継者たちによって作業が続けられ、兄弟の死からおよそ100年後の1961年に完成した。

必見ポイント

旧聖マティウス教会墓地/ベルリン

グリム兄弟はベルリンの旧聖マティウス教会墓地に眠っている。この墓地には病理学者のルドルフ・フィルヒョウ(1821-1902)、ミュージシャンのリオ・ライザー(1950-1996)、アフリカ系ドイツ人詩人のメイ・アイム(1960-1996)など偉人が多く埋葬されている。

Alter St. Matthäus-Kirchhof Großgörschenstraße 12-14, 10829 Berlin
www.zwoelf-apostel-berlin.de

物語の舞台を訪れる旅

「むかしむかし、あるところに......」で始まる童話では、明確な時代も場所も語られていないものが多い。しかしグリム童話のなかには、地域独特の風習やモチーフにしているものがあり、ルーツといわれる場所が存在する。グリム兄弟が集めた童話と伝説の舞台とされる、メルヘン街道の街を訪ねてみよう。

物語の舞台を訪れる旅

「赤ずきん」の帽子は実はこんな形❶シュヴァルム地方

ヘッセン州シュヴァルム地方の伝統衣装は、色彩が重要な役割を担っている。未婚者は赤、既婚者は緑、青、紫を身に着ける。中世から、若い未婚の娘はコップを逆さにしたような赤い帽子をかぶっていたことから、この地方は「赤ずきん」の故郷と呼ばれている。

シュヴァルム地方の伝統衣装はスカートを何枚も重ねる。身に着けるまで1時間ほどかかるというシュヴァルム地方の伝統衣装はスカートを何枚も重ねる。身に着けるまで1時間ほどかかるという

「赤ずきんの里」と呼ばれるメルヘン街道のアルスフェルトには赤い帽子を頭に載せた少女の噴水がある「赤ずきんの里」と呼ばれるメルヘン街道のアルスフェルトには赤い帽子を頭に載せた少女の噴水がある

今でも祭りの時には赤い帽子を頭に載せた女の子たちが大勢集まってくる。観光地として知られるアルスフェルトという小さな街には、かわいらしい木組みの家が並び、赤ずきんの石像が立つ泉がある。

アルスフェルトの市庁舎も木組みの建物アルスフェルトの市庁舎も木組みの建物

「白雪姫」は実在していた?❷バート・ヴィルドゥンゲン

ヘッセン州バート・ヴィルドゥンゲンは、16世紀の城主ヴァルデック伯爵の娘と白雪姫の境遇が似ていること、近郊の村に「こびと」が住んでいたとされることから「白雪姫」のルーツといわれている。伯爵の妻は娘を産むとすぐに亡くなり、二人目の妻がやってきた。娘が成長して美しくなると継母は嫉妬し、若い姫を無理やり遠くベルギーに住む城主に嫁がせたのだ。彼女は21歳で亡くなったのだが、死亡の原因はヒ素中毒で、白雪姫が毒リンゴを食べさせられたように毒殺されたといわれている。

村の入口付近では白雪姫と7人のこびとの石像がお出迎え村の入口付近では白雪姫と7人のこびとの石像がお出迎え

一方、近郊の村では銅の採掘に子どもを働かせていた。作業着を頭からすっぽり被る姿がこびとのように見えたため、こびと伝説が広がったという。この二つの出来事がもとになって、「白雪姫」の話が生まれたとされている。

ベルクフライハイト地区にある資料館「白雪姫の家」では、こびとたちの暮らしを体験することができるベルクフライハイト地区にある資料館「白雪姫の家」では、こびとたちの暮らしを体験することができる

「ホレおばさん」が住んでいた沼は今も山中に❸バート・ゾーデン・アレンドルフ

継母からいじめられていた娘が、落としてしまった糸巻きを拾うため、井戸に飛び込み意識を失ってしまう。再び目を覚ますと、娘は見慣れない草原におり、そこでホレおばさんに仕えることに。娘は家事を手伝い熱心に羽布団をふるった。すると世界には雪が降るのだった……。この「ホレおばさん」の話は、グリム童話集にもドイツ伝説集にも載っており、マイスナー山地が出どころとされている。この地方の中心であるバート・ゾーデン・アレンドルフで毎年4月に開催される祭りでは、ホレおばさんにふんした夫人が登場。街から10キロほど離れたマイスナーの山の中には、古くからホレおばさんが住んでいると伝えられている沼「Frau-Holle-Teich」もある。また、ドイツでちらちらと初雪が降ると、「ホレおばさんが布団をたたいている」と言うことも。

「ホレおばさん」が住むマイスナー山地で祭になると現れるフラウ・ホレ「ホレおばさん」が住むマイスナー山地で祭になると現れるフラウ・ホレ

130人の子どもが消えた!?❹ハーメルン

ネズミ捕り男の伝説でおなじみのハーメルン。ネズミによる被害に困っていたこの街に、ネズミ捕りの男が現れた。街の人は報酬を払う約束をしてネズミ退治を頼んだところ、男は笛を吹いてネズミを川へおびき出して溺死させたという。簡単に退治できたことで街の人が報酬の支払いを拒むと、今度は笛で街中の子どもたちを連れだして去っていった。街から消えた子どもは130人にも及ぶ。このネズミ捕り男の話について、グリム兄弟の「ドイツ伝説集」には1284年の出来事と書かれている。毎年5~9月の日曜日正午からネズミ捕り男の野外劇が行われている。

夏限定だがマルクト広場では野外劇が行われ、世界各国から観光客が訪れる夏限定だがマルクト広場では野外劇が行われ、世界各国から観光客が訪れる

あの音楽隊が目指した街❺ブレーメン

厄介払いになった年老いたロバ、イヌ、ネコ、おんどりがブレーメンを目指す「ブレーメンの音楽隊」。旅の途中で泥棒の屋敷に侵入し、泥棒を追い出すことに成功した4匹はその後も仲良くその屋敷で暮らした。結局のところ、ブレーメンには到着していないが、童話の中でも珍しく地名が出てくるブレーメンには、市庁舎の西壁脇に銅像が立っている。ロバの上にイヌ、ネコ、おんどりが乗った銅像は記念撮影スポットとして観光客に人気。銅像のロバの前足に触ると願いがかなうといわれており、多くの人が触るため前足だけ金色に輝いている。

1953年から設置されているこの銅像は、造形作家ゲルハルト・マルクスによる作品1953年から設置されているこの銅像は、造形作家ゲルハルト・マルクスによる作品

グリム童話の特徴

場所や年代は書かれてない

グリム兄弟の代表的な著作には、「グリム童話」と「ドイツ伝説集」の二つがある。グリム童話はいつのことなのか、どこの話なのか分からないことが特徴だ。登場人物もほとんどが「女」や「男」であり名前はない。「ブレーメンの音楽隊」は街の名がタイトルになっている唯一の話。

しかし4匹の動物たちはブレーメンを目指していただけで目的地にはたどり着いておらず、結局どこを舞台にした話なのかは分からない。それに対しドイツ伝説集では必ず場所が明記され、主人公の名前や年代が書かれている話もある。

実は残酷な話が多い

人殺しや首切りなどが頻繁に行われ、目玉をくり抜かれることもあるグリム童話。こうした残酷な行いは物語の中だけの話に思われるが、中世では実際に行われていた。ほかにも、家計の負担を軽くするために子どもを捨てることや、近親相姦などは頻繁にあったといわれる。

『子どもと家庭の童話』の初版では残酷な描写はそのままだったが、子どもが読むものとしてふさわしくない箇所については、第2版では削除されたり書き換えられたりした。

同じことを3回繰り返す

同じことを3回繰り返すのもグリム童話の特徴である。例えば三人兄弟がいて、長男が失敗し、次男が同じことをして失敗し、今度は三男が挑戦してやっと成功するのは定番。また同じ呪文が3回繰り返されることもある。

人間は知っていることを耳にするとき心地良さを感じるというが、子どもたちは「あ、また始まるぞ!」と期待に胸を膨らませるのだ。そんな効果を狙った繰り返し話法も、グリム童話が親しまれた理由の一つなのだろう。

意外と知らないグリム童話

グリム童話は全部で200話もあるのをご存知だろうか。誰でも知っている有名な話はほんの10話ほどで、「こんな話もあったのか!」と知られていない童話がたくさんある。あまり知られていない、面白い話をいくつか紹介しよう。

糸くり三人女

糸くり三人女

あるところに怠け者の娘がいた。母親は糸を紡がせようとしたが、泣いて嫌がった。そこへ妃が通りかかると、母親はとっさに「娘は糸を紡ぐのが大好きだが、貧しくて家には亜麻がないので泣いている」と口をすべらせた。妃は娘を城へ連れて行き、山ほどある亜麻の糸を与え、それを紡ぎ終わったら王子と結婚させることを約束する。そして一生かけても紡ぎ終えないと泣き叫ぶ娘のもとを、3人の女が通りかかった。1人目は片足が大きくて幅広い女、2人目は手の親指が大きくて平な女、3人目は下唇が顎までべろんと垂れ下がっている女。三人は「自分たちを親戚として結婚式に招待するなら手伝ってやろう」と提案する……。

解説

「糸紡ぎ」はギリシア神話にも登場し、人間の生死をめぐる運命の象徴として描かれている。この物語では家事としての「紡ぎ」と、秘めた夢を形にしていく「紡ぎ」を対比させているようだ。つまり他人(ここでは母親)からの要求から解放され、自分の意思に従って自分の人生を生きることができるのかという問題を提起している。怠け者の娘がハッピーエンドを迎えるという物語はめずらしいが、どんな人も差別せずに温かく接する娘だからこそ王子と結婚できた、とも読み取れる。

死神の名付け親

死神の名付け親

貧しい家に男の子が生まれた。名付け親を探していた父親は死神と出会い、「あんたは人を分け隔てなく扱う」と名付け親を頼むことに。その子は大人になると医者になり、死神は名付けた子を助けるようになった。死神が病人の足元に居れば病気が治り、枕元に居ればその病人は死に至るため、医者はそれを利用して次々と重症患者を治していったのだ。ある日、病床の王様のもとへ行くと、枕元に死神がいた。そこで医者はベッドごと持ち上げて頭と足を逆にすることで、死神が王の足元にいるようにし、見事に治してみせた。そんな医者に対し、死神は「今度だましたらお前の命はない」と警告するが……。

解説

これは、日本の古典落語「死神」の基となったグリム童話だ。落語では「生」と「お金」という人間の根源的な欲望への執着を説いているのに対し、グリム童話では合理的な思考で自然(死神)をだまそうとする人間の巧妙な試みは、結局のところ失敗に終わることが描かれている。治療行為でもほかの仕事でも、この医者のように「頭と足を逆」にする、つまり考え方を180度変えることで新しい視点が見つかることはあるだろう。ただし、自然の警告を無視する者は、その責任を追わねばならないのである。

お月さま

お月さま

月のない国では夜は暗く、国民は寂しい時間を過ごしていた。この国からやって来た4人の旅人が、ある日ナラの木に引っ掛かっている月を見つけ、それを国に持ち帰った。人々は夜が明るくなって喜んだのだった。やがて4人は年老いて1人に死期が近づくと、「月の4分の1は自分のものだから棺おけに入れてくれ」と頼んだ。2人目も同じことを言った。しかしそのたびに月が欠けてしまい、4人目が死ぬと国は昔のように暗くなった。一方、地下の世界は月が埋められたために明るくなり、死人たちが動き出した。そしてどんちゃん騒ぎしていることを天国のペテロさまに知られてしまう……。

解説

木に引っ掛かっていた月を持ち帰る、というロマンに満ちた話。マタイによる福音書16章ではイエスが聖ペテロに「天国の鍵」を授けたというシーンがあることから、聖ペテロは天国の門番役として知られる。中世では死後に天国に行けるか行けないかを知りたい気持ちが強くあったのだろう。そのため、聖ペテロはこの話以外にも「天国へ行った仕立て屋」や「うかれ大将」などさまざまなグリム童話に登場する。またカール・オルフのオペラ「月」の原作になった童話としても知られている。

寿命

寿命

神様が生き物に寿命を定めようとした。最初にやって来たロバに30年を与えると、ロバは「そんなに長く働くのはつらいから短くしてくれ」と頼む。神様は気の毒に思って18年に減らした。次に来た犬に30年を与えると、犬も長すぎると言うので12年に減らした。その次にサルが来た。サルも30年は長いと言い、10年に減らした。そして人間が来た。人間は「30年では短い」と言った。ロバの18年を足すことにすると、それでも足りないという。神様はイヌの12年とサルの10年も足して、人間の寿命を70年にした。そんなわけで人間は人生の後半はロバのように働き、イヌのようにほえつき、最後はサルのように滑稽なことをするようになった……。

解説

グリム童話の中には、現代にも通じる人間の性さがが見受けられる。特に年配者や年老いた動物が厄介者にされた物語は複数ある。グリム兄弟が生きた19世紀の平均寿命は、男性が35.6歳、女性が38.4歳だった。そのため30歳までは人生を謳おうか歌し、その後は苦労が続く設定になっているのかもしれない。しかし19世紀以降、乳幼児の死亡率は低下し、結核などの感染症も徐々に減少。ワクチンや抗生物質など医学の進歩によって、今や人間の寿命は当時の倍になっている。不老不死の研究もされている現代も、人間ができる限り長く生きたいという気持ちはずっと変わっていないのかもしれない。

最終更新 Mittwoch, 09 November 2022 18:03
 

この秋試したい進化し続けるドイツワイン

この秋試したいおすすめワインも紹介!進化し続けるドイツワイン

伝統的なワインから、世界各地のいいとこ取りのワインまで楽しむことができるドイツは、言わずと知れたワイン大国。ブドウの収穫時期を迎えるこの季節、長らくドイツワインを取材されてきたライターの岩本順子さんをナビゲーターに、奥深いドイツワインの世界へとご案内しよう。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部、監修:岩本順子)

ドイツの世界遺産 - ケルン大聖堂

お話を聞いた方

岩本順子さん

翻訳者、ライター。ハンブルク在住。ドイツとブラジルを往復しながら、主に両国の食生活、ワイン造り、生活習慣などを取材中。著書に『おいしいワインが出来た!』(講談社文庫)、『ドイツワイン、偉大なる造り手たちの肖像』(新宿書房)ほか。本誌では連載「ドイツワインナビゲーター」(2007~2020年)でおなじみ。
www.junkoiwamoto.com

なぜドイツはワイン大国なのか?

自国だけでなく世界中のワインを楽しむのがドイツ流

ワイン生産量ではドイツは世界第9位であり、イタリアやフランスの6分の1程度。しかし消費量では、米国、フランス、イタリアに次いで第4位、さらに輸入量ではトップを誇っており、ワイン大国といわれるゆえんはここにある。自国のワインだけでなく、世界中のワインを楽しむのがドイツ流なのだ。

ドイツに暮らす人々は日常的にさまざまな国のワインをたしなんでいるといえるが、それは醸造家たちも同じ。というのも、ドイツ人醸造家たちの多くは、国外のワイナリーで研修したり、働いたりした経験がある。フランス(特にブルゴーニュ、シャンパーニュ、ボルドー)、イタリア、スペイン、オーストリア、米国、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなどが人気産地で、なかには数カ国で修行するという人も。こうして世界各地のワインについて学んできた醸造家たちが、ドイツに戻ってそれぞれ理想のワイン造りに取り組んでいる。

醸造家たちの探究心でますます進化するドイツワイン

一方で、ドイツにも世界が認める伝統的なワインが存在する。例えば白品種「リースリング」から造られるワインは、比較的冷涼なドイツでこそ高品質のものができる。辛口から甘口、ライトなものからリッチなものまで、あらゆるスタイルのワインを生産できるリースリングには世界中に愛好家がいる。

ドイツワインを代表する白品種「リースリング」ドイツワインを代表する白品種「リースリング」

そうした偉大なワインを生み出していながら、ドイツの醸造家の探究心はとどまることを知らない。シャンパーニュにならった伝統製法のゼクトをはじめ、ブルゴーニュスタイルのシュペートブルグンダー(フランス語で「ピノ・ノワール」)やシャルドネ、ボルドースタイルの赤ワインなど、さまざまな品種やスタイルで新たなワインが生み出されてきた。

伝統を大切にしつつ、ほかの国のスタイル、優れた手法や技術など、良いところをどんどん取り入れるオープンマインドな姿勢は、まさにドイツワインらしさといえるだろう。そんな常に進化を続けるドイツワインについて、三つの特徴をあげて解説する。

ドイツワインの3つの特徴

特徴❶
ライトで低アルコール、料理の引き立て役

近年、地球温暖化の影響で「ドイツはもはや冷涼地域ではない」といわれることが多いものの、ドイツは今でもブドウ栽培の北限。南方の産地に比べると、ライトで低アルコールのワインに仕上がるのが特徴だ。新鮮な食材を生かすライトな食事がトレンドとなっている昨今、特にドイツの白ワインやロゼワインが注目されている。ドイツワインは辛口が主流で、軽やかで品が良く、それほど自己主張が強くないため、さまざまな料理を引き立てる存在ともいえる。

特徴❷
世界的に人気のあるフランス品種を多く栽培

現在のドイツは、フランスの代表的なワイン産地であるブルゴーニュ地方に似た気候ともいわれ、最も恵まれた産地の一つだ。ドイツにとってフランスは隣国であり、気候が似てきているだけでなく、土壌にも類似性がみられるため、フランス品種を取り入れやすい状態。そういった背景から、ドイツでもフランス品種の栽培が盛んになってきている。フランス品種は世界的に広く栽培されており、そのスタイルや技術は世界のお手本。ドイツでも高品質で人気の高いフランス品種がそろうようになり、とりわけ赤ワインの質が高まっている。

特徴❸
生産者団体「VDP」流の3段階の格付け

ドイツワインを購入する際に一つの指標となるのが、生産者団体「VDP」(ドイツ・ プレディカーツワイン生産者協会)が採用し、全地域で広まった3段階の格付けだ。ピラミッドの上に行くほど、ワインが生まれる土壌の個性が明確に表現され、高品質であることを示す。

VDPの3段階の格付け
  • ラーゲンワイン(Lagenwein)
  • オルツヴァイン(Ortswein)
  • グーツヴァイン(Gutswein)
  • 各醸造所の優良畑のブドウを使用。畑名がブランドとして機能する「畑名ワイン」。
  • 醸造所の持つ一市町村内の畑(複数可)のブドウを使用。ブランド名に村の名を示す「村名ワイン」。
  • 通常、複数の畑のブドウを使用。 醸造所の個性を表わす「エステートワイン」には独自のブランド名が付くことも。

現在、VDPの会員(約200)以外の醸造所の多くも自社ワインを自主的にこの3段階に分類し始めている。また、ワイン選びに迷ったら、VDP会員の醸造所のものを選べば、確実に高品質のワインに出会える。目印はワシにブドウのマーク!

VDP会員の醸造所のマークVDP会員の醸造所のマーク

今注目のおすすめドイツワイン10選

伝統を守りつつも新たな挑戦を続ける醸造家たちが多くそろうドイツ。今注目の醸造所のワインを中心に、ドイツ各地のワイン産地から計10本を岩本さんにピックアップしていただいた。普段の食卓だけでなく、 ちょっとした贈り物のヒントにもどうぞ。(文:岩本順子)

ドイツワインの産地MAP

1. プファルツ地方

2019 ブラン・ド・ブラン、ブリュット・ナチュール2019 Blanc de Blancs, Brut Nature

2019 Blanc de Blancs, Brut Nature

醸造所:Sekthaus Krack(ゼクトハウス・クラック)
www.krack-sekt.de
11.5%vol.
18.00€

1本目のゼクトは、伝統ある醸造所が集中するダイデスハイムで、2015年に創業したゼクト醸造所のもの。クラック家の3代目クリスチャン&アンナ夫妻、双子の弟アクセルとフェリックスが、チームプレーでハイレベルの伝統製法のゼクトを生み出している。二次発酵後の瓶内熟成は2~3年の長期におよぶ。ヴァイスブルグンダー(ピノ・ブラン)100%の「ブラン・ド・ブラン」は瓶内熟成20カ月。

味わいはブリュット・ナチュール。青リンゴや熟したリンゴなどさまざまな種類のリンゴの爽やかな風味に、ナッツやブリオッシュの風味が加わる。テクスチュアは極めてソフト。あらゆる食事を引き立てるピュアな味わいのヴィンツァーゼクトだ。ドイツはヴァイスブルグンダーの生産量が世界第1位。同品種からこのような注目すべきワインがいくつも生産されている。

2. ラインヘッセン地方北西部

2021 ペット・ナット2021 Pet Nat

2021 Pet Nat

醸造所:Weingut Riffel(リッフェル醸造所)
www.weingut-riffel.de
11.5%vol.
18.90€

ライン川とナーエ川が合流する美景の街ビンゲンで、エリック&カロリン夫妻が率いるリッフェル醸造所からは、ペットナットをご紹介。ペットナットは16世紀に南仏で考案された、最もナチュラルなスパークリングワイン製法。リッフェル家のペットナットはヴァイスブルグンダーとショイレーベのブレンド。ブドウはレス土とロームの混合土壌の畑、ロシュベルクのもので、新酒を思わせるフルーティでフローラルな風味。ほのかにパイナップルの風味も立ち現れる。

同醸造所では2009年からビオ、2012年からはビオディナミ農法(有機農法の一種)を実践。ビオ醸造家団体エコヴィン会員だ。リースリング、ブルゴーニュ系品種を主体にテロワール(造り手を含めての畑の個性)を忠実に表現するワインを生産する一方、オレンジワインやペットナットにも挑戦している。

3. ナーエ地方

2020 ナーエシュタイナー® リースリング トロッケン2020 Nahesteiner® Riesling trocken

2020 Nahesteiner® Riesling trocken

醸造所:Schlossgut Die(l シュロスグート・ディール)
https://diel.eu
12%vol.
10.80€

それぞれの畑の個性を生かして造られるディール家のリースリングは、世界中に愛好家を持つ。土壌の見本帳といわれるほど土壌が多彩なナーエ地方を代表するこの醸造所を2019年から率いるのは女性醸造家である7代目のカロリンとフランス出身の夫シルヴァン。カロリンはドイツのほか、ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、南アフリカ、ニュージーランドなどで経験を積んだ世界的視野を持つ醸造家。2020年に「ファルスタッフ」誌の最優秀醸造家に選ばれた。

「ナーエシュタイナー®」というブランド名でリリースしているのは、ディール家の所有畑のテロワールを表現したエステートワイン。かんきつ類やモモ、リンゴのほか、濡れた岩石を連想させる清らかな風味も。果実味は控えめで品が良く、魚介から家禽類、仔牛肉まで幅広い食材と調和する。

4. モーゼル地方

2021年産 フォム・シーファー リースリング ファインヘルプ2021 Vom Schiefer Riesling feinherb

2021 Vom Schiefer Riesling feinherb

醸造所:Ansgar Clüsserath(アンスガー・クリュセラート)
www.ansgarcluesserath.de
10%vol.
10.00€

美しく蛇行するモーゼル川に抱かれたトリッテンハイムの醸造所。創業は1670年。クリュセラート家の畑では、樹齢100年におよぶリースリングが大切に育てられている。醸造所を率いるエヴァは、ラインヘッセン地方の名門ヴィットマン醸造所のフィリップ・ヴィットマンの妻として、2地域を行き来しながらワインを造り続けている。彼女の舞台は、モーゼル地方のワイン史を彩る偉大な畑の数々。地域特有のフーダー樽(1000リットル)で醸造している。

「フォム・シーファー」は「スレートから」という意味。トリッテンハイムのスレート岩を主体とする土壌の複数の畑のリースリングから造られる。ほのかな花の香り、ライムや桃の風味。果実味と酸味の絶妙なバランス、控えめで品の良い甘み、柔らかなテクスチャーと引き締まった味わいが魅力的だ。

5. ザクセン地方

2021 ゴールドリースリング マイセナー・クラウゼンベルク2021 Goldriesling Meissener Klausenberg

2021 Goldriesling Meissener Klausenberg

醸造所:Weingut Schuh (シュー醸造所)
https://weingut-schuh.de
11.5%vol.
11.90€

旧東独、マイセン近郊ゾルネヴィッツのシュー醸造所からは、ゴールドリースリングをご紹介。東西ドイツが再統一した1990年にヴァルター・シューが創業し、2016年からは次世代のマティアスとカタリーナ兄妹が醸造所を率いる。マティアスはボルドーとニュージーランドで経験を積んだ。所有畑は全て急斜面。マイセンにある花こう岩土壌のクラウゼンベルクはシュー家の単独所有畑だ。ゴールドリースリングは19世紀末にフランス、アルザス地方で交配されたリースリング系品種。その後ザクセン地方にもたらされ、現在では同地方の固有品種として知られる。

クラウゼンベルクの高台で栽培されているゴールドリースリングはフレッシュなハーブ、洋梨、熟したリンゴの風味。しっとりとしたかんきつ系の味わいで、和洋折衷の日本の食卓にすんなりとなじむ。

6. バーデン地方

2021 ブラン・ド・ノワール2021 Blanc de Noirs

2021 Blanc de Noirs

醸造所:Weingut Kress(クレス醸造所)
www.weingut-kress.de
12.5%vol.
12.50€

バーデン地方は、重厚感のある赤で知られるが、白の醸造法で造る「ブラン・ド・ノワール」も人気だ。ご紹介するのは、1999年創業のクレス醸造所のもの。オーナーのトーマス・クレスは、2013年にボーデン湖畔ユーバーリンゲンの旧聖霊施療院醸造所も引き継ぎ、醸造所を拡充。現在は、長男ヨハネス、長女ヴィオラも醸造所に勤務している。畑は400~500メートルの高台にあり、ドイツで最も標高が高い。土壌は氷河の末端部に形成されたエンドモレーン(終堆石)。

「ブラン・ド・ノワール」は、所有畑ゴールドバッハの樹齢25〜 50年のシュペートブルグンダーから造られる。レッドカラントやグースベリー、ブルーベリーの風味が清々しく、透明感と軽やかさがある。赤ワインの風味の要素が控えめに表現され、軽快な食事に合う。

7. フランケン地方

2021 ジルヴァーナー アルテ・レーベン トロッケン2021 Silvaner Alte Reben trocken

2021 Silvaner Alte Reben trocken

醸造所:Weingut Leipold(ライポルト醸造所)
www.weingut-leipold.de
13%vol.
11.00€

マイン川流域、オーバーフォルカッハにあるライポルト醸造所では、11代目のパウル&インゲ夫妻が1984年以後、ワインに専念することを決意。次世代のペーター&アナレーナ夫妻もワイン造りに加わっている。ジルヴァーナー、リースリングなどが栽培されている単一畑ランズクネヒトは貝殻石灰岩とコイパーの混合土壌。固有品種ジルヴァーナーに注力し、土壌別のジルヴァーナーやアウスレーゼ、ベーレンアウスレーゼなどの甘口も生産している。

「アルテ・レーベン」は「古木」の意。樹齢35年のジルヴァーナーから得られたブドウを使用し、フーダー樽(1250リットル)で醸造。草原のような爽快な風味とかんきつ系の風味が重なる。料理の味を引き立てる抑制された味わいに、ふと日本酒を連想する。このワインは地域特有のボトル、ボックスボイテルでリリースしている。

8. ラインヘッセン地方南部

2021 ロゼ2021 Rosé

2021 Rosé

醸造所:Bianka und Daniel(ビアンカ&ダニエル)
www.biankaunddaniel.de
11.5%vol.
15.50€

こちらのロゼは、ラインヘッセンの丘陵地域にあるフレアスハイム=ダールスハイムで、ダニエル&ビアンカ・シュミット夫妻が運営する醸造所のもの。ダニエルの実家は醸造所だが、2012年にハンガリー出身の醸造家ビアンカとナチュラルワインを造り始め、独自ブランドを展開。ビオディナミ農法を実践し、デメター認証も取得した。ワインは全てラントヴァインとしてリリースしている。ビアンカが力を入れているロゼは、メルロ、レンベルガー、シュペートブルグンダーのブレンドで、セニエ法を採用。除梗 じょこう 後、最初に得られる10%の果汁がロゼ、残りは赤ワインになる。

大型の木樽(2400リットル)で1年にわたり熟成。濾過 ろか は行わない。濃い色合い、野イチゴなどの赤いベリー、熟したイチジクやプラム、ナッツの風味。滋味深く、しょうゆ味や味噌味にも調和する。

9. ヴュルテンベルク地方

2021 トロリンガー アルテ・レーベン2021 Trolliger Alte Reben

2021 Trolliger Alte Reben

醸造所:Weingut Karl Haidle(カール・ハイドレ醸造所)
https://weingut-karl-haidle.de
9.5%vol.
9.90€

近年注目のレムスタール地域のカール・ハイドレ醸造所からは、ヴュルテンベルクを代表する赤、トロリンガーをおすすめしたい。創業は1949年、現在3代目のモリッツ・ハイドレがワイン造りに取り組む。カーデザイナー志望で、ヒップホップ音楽とグラフィティアートに夢中だったが、ワイン造りの面白さにも開眼した。なかでもリースリングに注力し、手仕事の確かさが感じられるワインを生産。2020年にビオディナミ農法に移行、デメター認証を取得した。

通常、トロリンガーは軽い味わいだが、モリッツは主にギプスコイパー(石こう質泥土岩)土壌で育つ樹齢30年以上の古木のブドウから、凝縮感のあるワインを生産。地元のオークを使った特注の大樽(2800、3800リットル)で醸造。ベリー類とプラムやかんきつ系の風味。ロゼ感覚で味わえる。

10. アール地方

2021 シーファー ピノ・ノワール2021 Schiefer Pinot Noir

2021 Schiefer Pinot Noir

醸造所:Marc Josten(マーク・ヨステン)
www.marcjosten.de
12.5%vol.
12.90€

最後は、マーク&アニカ・ヨステン夫妻が2018年に起業した醸造所、マーク・ヨステンからの1本。マークは2011年から友人のトルステン・クラインと共に醸造所を運営、キャリアを積んでからの独立だ。拠点のアール地方とミッテルライン地方に畑を所有している。ヴァルポルツハイムの醸造所は 2021年の大洪水で樽や機材が破損したが、圧搾機は無事で、2021年ヴィンテージを守ることができた。主にマイショスのスレート岩土壌の畑、ラーヒャーベルクの樹齢15~25年のピノ・ノワールを使用。トノー(500リットル)の古樽で半年熟成させる。

スレート岩土壌のピノ・ノワールは石灰岩土壌のものとは異なるほのかな鉱物的風味が魅力。ブラックカラントなどのベリー類の風味とドライハーブの風味が重なる、ほっそりとしたエレガントな赤だ。

ワイン×和食ペアリングを楽しむヒント

引き続き岩本さんに、さらにおいしくワインをいただくための和食とのペアリングの楽しみ方をお教えいただいた。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

楽しみ方1一皿一皿に合うワインを見つける

洋食のコース料理のように、それぞれの料理に合うワインを選ぼう。ポイントは、さっぱりした料理に軽めのワイン、こってりした料理には重めのワインを合わせること。同じ品種でもアルコール度数が高いもの、オーク樽の樽香が強調されているもの、ブドウの由来が限定されているもの(一つの畑や小さな区画から造られているもの)は、凝縮感があり「重め」であることを覚えておくと◎。

組み合わせ例

軽めの料理

生牡蠣、タコのマリネ、南蛮漬けゼクト、ペットナット、ゴールドリースリングなど
マグロの刺身ジルヴァーナー、トロリンガー

重めの料理

天ぷら、揚げ出し豆腐、焼き鳥リースリング
和牛のたたき、焼肉シュペートブルグンダー

楽しみ方2複数の料理に合う1本を選ぶ

和食はさまざまな料理が一度に並ぶため、複数の料理に合う1本を用意するのが理想的。複数の品種のコンビネーションで造るブレンドワインも普段の食卓に向いていて、単一品種のワインよりも料理に合わせやすい場合があるので、ぜひ試してみて。

組み合わせ例

白ワインゼクト、ミュラー=トゥルガウ、オクセロワ、グートエーデル(シャスラ)、ジルヴァーナー、リースリング、シャルドネ、グラウブルグンダーなど
赤ワイントロリンガー、フリューブルグンダー(ピノ・マドレーヌ)、シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)、レンベルガー(ブラウフレンキッシュ)など
ブレンドミュラー=トゥルガウ&リースリング、ヴァイスブルグンダー&シャルドネなど

楽しみ方3食べ方に合わせてワインを選ぶ

同じ料理でも、食べ方や使う調味料によって合うワインが違ってくることがある。ペアリングがうまくいかないなというときは、いろいろな組み合わせを楽しんでみよう。

組み合わせ例

天ぷら 薄味の関西出汁なら軽めの白、濃い味の関東出汁やソースなら重めの白や赤も
麺類 濃いつゆで食べる蕎麦、パスタ風にアレンジした蕎麦や焼うどんには白のほか、軽めの赤も
味噌 白味噌や酢味噌和えは白、合わせ味噌、赤味噌を使ったコクのある料理なら赤も
海鮮 寿司や刺身、海鮮丼には軽めの白、マグロの漬け丼などはロゼや赤も
揚げ物 レモンをしぼると白ワイン向き、濃厚なソースなら赤ワイン向き

最終更新 Donnerstag, 31 Oktober 2024 11:26
 
2022年版

一生に一度は行きたいドイツの世界遺産

世界的に価値があると考えられる建築物や自然保護区などを、人類共通の遺産として保護するユネスコの世界遺産。ドイツは、イタリアと中国に次ぐ世界第3位の世界遺産大国であり、ケルン大聖堂やバウハウスのモダン建築をはじめ、ドイツが工業国となった歴史を物語る産業遺産など、幅広い年代とジャンルの世界遺産が存在している。本特集ではドイツの世界遺産の特徴をはじめ、訪れる際のお役立ち情報など、その魅力をたっぷりご紹介しよう。(文:ドイツニュースダイジェスト編集部)

ドイツの世界遺産 - ケルン大聖堂

ドイツの世界遺産事情

そもそも世界遺産とは、1972年にユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて登録された遺跡や景観、自然のこと。2022年8月現在、世界194カ国が同条約に批准している。発端となったのは1960年代、エジプトのナイル川にダムの建設計画が持ち上がり、それによってアブシンベル神殿をはじめとするヌビア遺跡群が水没の危機に瀕したこと。ユネスコを中心に遺跡の移設・保護キャンペーンが行われ、遺跡はダム建設の影響を受けない高い場所に移設された。その後、世界的に価値のある遺跡や建築物、自然を、一国だけでなく人類全体の遺産として保護するための国際的な枠組みとして機能している。世界遺産の種類は、以下の三つに分類される。

❶ 文化遺産
歴史的に価値のある遺跡や建造物、記念物が対象。ドイツでは、ケルン大聖堂⑲をはじめとした48件が登録されている。

❷ 自然遺産
美しい景観、生態系、地層、地形、絶滅危惧種の生息地が対象。ドイツには、メッセル採掘場の化石発掘現場⑰など3件がある。

❸ 複合遺産
文化遺産、自然遺産の両方を兼ね備えたものが対象で、ペルーのマチュピチュ遺跡などが有名。現在ドイツでは、このカテゴリーに分類されるものはない。

2022年の世界遺産の総数は1154件で、その内訳は文化遺産897件、自然遺産218件、複合遺産39件。一方で世界遺産に登録されながらも、地域紛争や自然災害、都市・観光開発などによって危機に面している場所は「危機遺産」(現在52件)と呼ばれ、保存修復の状況が改善されない場合は登録を抹消されることも(これまでに3件)。

ドイツでは、ドレスデンのエルベ渓谷に橋がかけられたことが原因で2009年に登録を抹消された。また2003年からは、伝統舞踊や音楽、演劇、工芸技術や祭礼など、人々の営みの中で受け継がれている「無形文化遺産」の登録も行っている。

バラエティーに富んだドイツの世界遺産

ドイツでは現在、51件の世界遺産が登録されている。その特徴は、数千万年前の化石採掘場から、中世の城や街並み、そして炭鉱や製鉄所など20世紀以降の工業遺産やモダン建築まで、幅広い年代とジャンルにわたっていること。

またドイツには、ローマ帝国の国境線⑧やワッデン海㉞など、数カ国にまたがる「トランスバウンダリーサイト」(国境を超える遺産)というジャンルの世界遺産も多い。これは人為的な国境にとらわれない自然遺産や、かつて一つの民族・文化圏であった地域の文化遺産などを、数カ国が共同で保護する世界遺産のことで、大陸国ならではの特徴といえるだろう。

アーヘン大聖堂❶はドイツで最初の世界遺産にして、1972年のユネスコ世界遺産の第一期に登録された12件のうちの一つアーヘン大聖堂①はドイツで最初の世界遺産にして、1972年のユネスコ世界遺産の第一期に登録された12件のうちの一つ

コロナ禍と戦争に翻弄された世界遺産委員会

世界遺産委員会は、毎年7月前後に参加国の持ち回りで開催されており、そこで世界遺産への新規登録や、十分に保全されていない遺産の登録抹消について協議される。しかし2020年はコロナ禍によって延期になり、翌年の2021年に2年分の審議が行われることに。ドイツでは2年分を合わせて5件が新たに登録され、世界遺産数で第3位となった。

続く2022年、ロシアのウクライナ侵攻により、またもやイレギュラーな対応が必要に。というのも、2022年の世界遺産委員会の議長国はロシアで、開催・中止などの決定権はロシアにあったのだ。ロシアは侵攻の正当性を主張し、欧米諸国はロシアが議長国を務めるのであれば会議をボイコットすると表明。ロシアを世界遺産委員会から締め出そうとする欧米に反発する国もあり、最終的には無期限延期の措置が取られた。

2022年の世界遺産委員会では、ドイツからは「エアフルトのユダヤの中世遺産」が登録候補に上がり、全体では31件を審議予定だった。しかし、22年8月時点では開催のめどは立っていない。オリンピックのような国際的なイベントと同じく、世界平和を促進するための活動でもあるユネスコの世界遺産。激しく移り変わる世界情勢の中で、有形・無形にかかわらず、変わらぬ姿勢で人類共通の遺産を保護していくことがますます求められるだろう。

ドイツで必ず行くべき世界遺産9選

ドイツに51カ所ある多種多様な世界遺産。ここでは自他共に認める世界遺産マニアのSさんに、ドイツで必見の世界遺産をナビゲートいただく。世界遺産の訪問はもちろん、現地の見どころやグルメ情報もぜひチェックしてみて。

案内人

世界遺産マニア Sさん
デュッセルドルフ在住のサラリーマン。メジャーどころからマイナーで地味な世界遺産まで、不思議な達成感を味わえることから世界遺産巡りがやめられなくなってしまった旅中毒者。22年8月、在独7年目にしてドイツの世界遺産全51件を制覇した。

ハンザ同盟都市リューベック⑨

ハンザ同盟都市リューベック ❾

1143年にホルシュタイン伯アドルフによって建設されたリューベック。13〜14世紀にかけて北海・バルト海を中心とする貿易を独占し、繁栄を極めたことから「ハンザの女王」とも呼ばれた。旧市街の入り口にあるホルステン門は、都市の要ようさい塞として1478年に建てられた、リューベックの象徴ともいえる建造物。また市内には五つのゴシック様式の教会があり、それらの七つの塔が美しい街のシルエットを形作っている。

おすすめポイント

リューベックの素晴らしいところは、どの季節に行っても美しいこと。夏はバカンスに訪れる人でにぎわい、冬は市庁舎広場で大規模なクリスマスマーケットが開催されるなど、さまざまな表情を楽しめる街だと思います。もちろん、北ドイツならではの魚介料理も忘れずに!

ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群⑩

ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群 ❿

18世紀、プロイセン王のフリードリヒ2世が、ポツダムの地に夏の離宮としてサンスーシ宮殿の建設を命じたことを皮切りに、ポツダムとベルリンには歴代のプロイセン王による宮殿と庭園が数多く建設された。プロイセン王国の歴史を現代へと継承する貴重な建造物として、サンスーシ宮殿のほかにシャルロッテンホーフ宮殿、ツェツィーリエンホーフ宮殿、ザクロウ地区の救世主教会、バーベルスベルク宮殿、孔くじゃく雀島など多くの建造物や場所が登録されている。

おすすめポイント

ドイツ国内の世界遺産でも特に人気が高いサンスーシ宮殿。「夏の離宮」というだけあって、特に夏は緑豊かな階段状のブドウ畑と優雅な宮殿が織りなす景色が美しいです。個人的には、暖かい季節の訪問をおすすめします!

ヴァイマル、デッサウおよびベルナウのバウハウスとその関連遺産群⑱

ヴァイマル、デッサウおよびベルナウのバウハウスとその関連遺産群 ⓲

1919年、建築家のヴァルター・グロピウスによってヴァイマルに設立された、工芸・写真・デザインなどを含む美術と建築に関する総合教育の学校「バウハウス」。シンプルで美しいデザインと機能性を追求したデッサウの校舎は、ドイツのモダニズム建築の礎でもある。バウハウス・デッサウ校をはじめ、ヴァイマルにあるバウハウス大学や実験住宅「ハウス・アム・ホルン」など、その思想を体現する建築物や関連施設が世界遺産に登録されている。

おすすめポイント

世界遺産といえば、大聖堂やお城などのイメージが強いですが、実はモダニズム建築の登録にも力を入れていて、バウハウスはそのパイオニア的存在。一見普通の校舎ですが、100年前に建てられたと思うと驚きです。ちなみに格子窓は、日本の障子を参考にしているそう。

ケルン大聖堂⑲

ケルン大聖堂 ⓳

ゴシック様式の建築物の中で、世界最大規模を誇るケルン大聖堂。600年もの長い歳月をかけて1880年に完成されたこの大聖堂は、大きくそびえる2本の塔が圧倒的な印象を与える。2004年にはケルン市の再開発を理由にユネスコから世界遺産登録抹消の警告を受けたものの、2006年に解除され、現在でも世界各国から多くの人々が訪れるドイツを代表する名所として威厳を保ち続けている。外観はもちろんのこと、美しいステンドグラスや装飾品を収める内部も必見。

おすすめポイント

ケルン中央駅に着いた瞬間に大迫力で出迎えてくれるケルン大聖堂は、街のシンボル的存在。大聖堂の周りにはケルンの地ビール「ケルシュ」の醸造所も点在しているので、ビール好きなら周辺を散策しながらはしご酒を楽しめます。私が特に好きなのは、Mühlen Kölschです。

ヴァルトブルク城㉓

ヴァルトブルク城 ㉓

ドイツには数多くの城が残るが、そのなかでも国内で初めてユネスコ世界遺産に登録されたのがこのヴァルトブルク城。伝説によると1067年に要塞として建設され、テューリンゲン州の都市アイゼナハを見守るように堂々と山の上に立つ。ハンガリー王女で後に聖人となった聖エリザベートがかつて暮らしたことや、宗教改革によって帝国を追放されたマルティン・ルターが、ザクセン選帝侯フリードリヒ3世の保護を受けて隠れ住み、ここで聖書をドイツ語に翻訳したことでも知られる。

おすすめポイント

お城の敷地内に木組の家があり、一つの街のようになっているのが面白いです。お城の中には、金色のモザイクが美しい聖エリザベートの間や、ルターが聖書を翻訳した部屋も。アイゼナハの街中には、学生時代にルターが住んだ木組の家なども残っているので、ぜひ街も散策してみてください。

エッセンのツォルフェアアイン炭鉱業遺産群㉖

エッセンのツォルフェアアイン炭鉱業遺産群 ㉖

石油の普及により衰退していった炭鉱は、その昔、人々の生活を支える重要な役割を果たし、近代産業の発展に大きな影響を与えた。ツォルフェアアインは、そんなドイツの歴史を垣間見ることができる、「世界で最も美しい炭鉱」と呼ばれる炭鉱跡。巨大な第12採掘坑は、バウハウス様式によってデザインされたもので、その均整のとれた美しさと大きさは見る者を魅了する。近接した場所には、2010年にプリツカー賞を受賞した日本人の建築ユニットSANAA(サナア)が手がけたデザイン学校の校舎も。

おすすめポイント

ノルトライン=ヴェストファーレン州が工業地帯として栄えたことを示す、ドイツを代表する世界遺産の一つ。緑に囲まれた広大な敷地内を歩き回るのも良し、ツアーに参加するのも良し。さびた茶色の炭鉱はどの角度からも迫力満点で、写真好きの人にはたまりません。

ライン渓谷中流上部㉘

ライン渓谷中流上部 ㉘

ワインの名産地としても有名なライン川渓谷には、雄大な景色をバックに、美しい城や街並みが数多くある。なかでも最も有名なザンクト・ゴアールスハウゼン近くに位置する一枚岩ローレライは、19世紀のロマン派の詩人や画家をとりこにするほどだった。ほかにも盗賊の巣窟となったライヒェンシュタイン城、作家のヴィクトル・ユーゴーが絶賛したといわれるシェ-ンブルク城、多くの観光客でにぎわう小さな街リューデスハイムなどがこの地域に集中している。

おすすめポイント

実は私が中学生の時に家族旅行で初めて行ったドイツの世界遺産で、個人的にも思い入れがあります。車でドライブしながら城や街を訪ねるのはもちろん、コブレンツからマインツにかけてライン川をくだる遊覧船の上で、気持ちの良い風に吹かれながらビールを飲んだら最高です。

バイロイト辺境伯歌劇場㊲

バイロイト辺境伯歌劇場 ㊲

欧州の中でも現存する数少ない18世紀の劇場であるバイロイト辺境伯歌劇場。この地に繁栄をもたらしたブランデンブルク= バイロイト辺境伯の妃、ヴィルヘルミーネ・フォン・プロセインが音楽をこよなく愛していたことから、本人たっての希望で建てられたという。歌劇場のファサード部分のデザインは、北イタリアの様式がモデルになっている。内部にはゴールドを基調とした豪華絢けんらん爛な装飾の数々が施され、見るものを圧倒する。

おすすめポイント

かつてワーグナーやリストも居を構えた音楽の街バイロイト。小さな街ですが、繁華街も活気があって開けた雰囲気が魅力的です。地元のバイロイター醸造所が造るヘレスビールは、きれいな金色でおいしいので、ぜひバイエルンの料理と一緒にどうぞ。

シュヴァーベンジュラの洞窟群と氷河期芸術㊷

シュヴァーベンジュラの洞窟群と氷河期芸術 ㊷

ドイツ南部に残る六つの洞窟とそこで発見された先史時代(約3万3000~4万3000年前)の芸術作品を含めたもの。これらの洞窟からは、象牙や骨を使った装飾品や楽器をはじめ、人類が作った世界最古の創作物として知られるライオンマンなど、この地での暮らしや芸術活動の貴重な証拠が見つかっている。2008年に発見されたホーレ・フェルスのヴィーナス像は、人間をモチーフとした造形美術として最も古いとされる。

おすすめポイント

私が行ったのは、ホーレ・フェルスという最大の洞窟。中にはコウモリをはじめとするさまざまな動物が生息しているそうです。春〜秋には毎週土曜日に洞窟内のツアーも実施しているので、それに参加するのもいいですよ。ウルムから近郊電車で30分くらいと、意外とアクセスが良好です。

ちょっとニッチなおすすめ世界遺産5選

それほど有名ではないけれど、実はとんでもない魅力を持っていたり、味わい深い感動をくれたりする世界遺産がドイツにはまだまだたくさんある。引き続きSさんにご案内いただきながら、ちょっぴりニッチな世界遺産も巡ってみよう。

シュパイアー大聖堂②

シュパイアー大聖堂 ❷

ライン川のほとりにたたずむシュパイアー大聖堂は、世界最大のロマネスク様式の建築としても有名。神聖ローマ皇帝コンラート2世が、1030年に自らの墓所として建設を命じたという。後の神聖ローマ皇帝やドイツの王、その妻たちも埋葬されており、彼らが眠る地下聖堂はドイツ最大にして最も美しいといわれる。戦争による度重なる破壊に遭いながらも、その都度修復や再建がなされ、建設当時の様式がよく保存されていることから1981年に世界遺産に登録された。

おすすめポイント

ケルン大聖堂などに比べるとシンプルですが、赤と白の砂岩が交互に配置された柱の模様が特徴的でかっこいい。2021年に新たに登録されたユダヤ人共同体遺跡群㊿も同じ街のすぐ近くにあるので、ぜひ両方合わせて行ってみてください。この街のクリスマスマーケットも有名ですよ。

ランメルスベルク鉱山、歴史都市ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム⑫

ランメルスベルク鉱山、歴史都市ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム ⓬

ドイツ中央部のハルツ山地に位置する古都ゴスラー。南東に位置するランメルスベルク鉱山では968〜1988年まで約1000年にもわたって銀やすず、鉛などの採掘が行われていた。ハインリヒ2世がこの地の銀を使って銀貨を造ったことでゴスラーの街は栄え、旧市街にはロマネスク様式の皇帝居城や教会、木組の家などが当時の様子を残している。発展を支えた鉱山に加え、その採掘にかかるエネルギー供給資源となっていた水管理システムが世界遺産に登録されている。

おすすめポイント

鉱山の中は、黄色い列車に乗って見学することができます。ゴスラーのドイツらしくてかわいらしい街並みから、少し離れたところには鉱山があるというギャップが珍しくて面白い。毎年4月末には「ヴァルプルギスの夜」という魔女の祭りが行われるので、その時期に合わせて行くのも◎。

フェルクリンゲン製鉄所⑯

フェルクリンゲン製鉄所 ⓰

産業遺産として世界で初めて世界遺産に登録され、また現在でも鉄鋼業全盛期の当時の様子が完全な状態で保存されている。第二次世界大戦中には、約7万人もの強制労働者や戦争捕虜が労働を強いられたという負の歴史も。大迫力の製鉄所内はツアーはもちろん、歩いて回るのも楽しい。コンサートや美術展などの文化的な催しも行われており、産業発展を支えた製鉄所の歴史に触れることができると同時に、役割を終えた施設の多様な姿を見ることができる。

おすすめポイント

個人的に、一番推したい世界遺産です! 19世紀後半のビスマルクの時代に、国力が増強していく過程で建てられた製鉄所で、今のドイツの工業大国のイメージのもとになっているのではないかと思うくらい本当に圧巻。夜には製鉄所がライトアップされて幻想的な雰囲気になります。

メッセル採掘場の化石発掘現場⑰

メッセル採掘場の化石発掘現場 ⓱

ヘッセン州の村メッセルの化石採掘場では、3600万~5700万年前の新生代・始新世前期の化石が4万点以上発見されている。もともとこの一帯が亜熱帯の湖だったと考えられており、水辺の動植物や昆虫、魚類や両生類などを中心にクオリティーの高い状態で化石となって保存されていた。ビジターセンターでは、メッセル採掘場の歴史や地層について、映像や実際のサンプルの展示を通して分かりやすく解説。採掘場でのツアーもあり、実際に地層や化石に触れることもできる。

おすすめポイント

ドイツには自然遺産が三つありますが、ほかの二つは他国と共同で登録しているトランスバウンダリーサイトなので、メッセル採掘場はドイツ単独のものとしては唯一の自然遺産。観光地らしい雰囲気はありませんが、それも含めて世界遺産の幅広さを知ることができるので、あえておすすめします。

ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献㊶

ル・コルビュジエの建築作品 - 近代建築運動への顕著な貢献 ㊶

ロイド・ライトやミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築の巨匠」と称される、建築家のル・コルビュジエ(1887-1965)。スイスで生まれ、フランスで活動したコルビュジエは、「近代建築の五原則」を定式化し、20世紀の近代建築文化に大きな影響を与えた。特にコルビュジエの思想を顕著に表す建築作品として、フランスを中心にスイス、ドイツ、ベルギー、日本、インド、アルゼンチンの7カ国にある17の建築物が世界遺産に登録されている。

おすすめポイント

複数の大陸にまたがる「トランスコンチネンタルサイト」の世界遺産であり、ドイツと日本の唯一共通する遺産として挙げました。ドイツでは、1927年にシュトゥットガルトの住宅展に出展された「ヴァイセンホフ・ジードルングの住宅」が、日本では東京・上野にある「国立西洋美術館」が登録されています。

足を運ぶからこそ見えてくる世界遺産をもっと楽しむ方法

ここまでドイツの世界遺産の魅力を教えてくれた世界遺産マニアのSさん。今までに旅した国は71カ国514都市で、全ての世界遺産では1154件中215件を訪れたという。そんなSさんに、世界遺産を訪れる醍だい醐ごみ味を聞いた。(写真提供:Sさん)

なぜ世界遺産マニアに?

高校生のころ、唯一勉強したといっても過言ではないくらい世界史が好きでした。世界史の教材の「資料集」を眺めるなかで、実際にそこへ行ってみたいというところから旅好きになりました。そしてドイツへ渡ることを決めた後に、たまたま世界遺産検定の本を手に取って。ドイツには意外とたくさん世界遺産があることを知り、渡独後はさまざまな場所を回ってみることに。30カ所くらい行くとだんだん「全クリア」が見えてきて、これは全て行かねばと思って今に至ります。

世界遺産を訪れたら、その土地の地ビールも要チェック!世界遺産を訪れたら、その土地の地ビールも要チェック!

マニア流世界遺産の周り方

ドイツには世界遺産が51カ所もあるので、いろいろな世界遺産をはしごできるというメリットがあります。例えばフェルクリンゲン製鉄所⑯から北上したところには、トリーアのローマ遺産群⑦がありますよ。また、バウハウス・デッサウ校⑱があるザクセン=アンハルト州は、小さな州なのに7カ所も世界遺産が集まっていて、デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国㉔やルター記念建造物群⑳などを一緒に回ることができますよ。英仏蘭などほかの西欧諸国は、海外領土にも世界遺産があるので全クリアはなかなかハードルが高いですが、ドイツは全て陸路で周れるというのもポイントです。

Sさんがこれまでで最も感動したドイツの世界遺産は、フェルクリンゲン製鉄所⓰Sさんがこれまでで最も感動したドイツの世界遺産は、フェルクリンゲン製鉄所⑯

前情報は調べる派?それとも、あえて調べない?

がっつり調べる派です(笑)。もちろんフレッシュな感動を楽しむためにあえて調べないという人もいますが、その街や建物がどういう場所なのかをある程度知ってから行くと、見え方も変わってくるかなと。何も知らなければ「おぉーすごい」で終わっていたものが、どういう歴史や意味があるのかを頭に入れておけば、実際にその場所へ行った時の感動はより高まると思います。

世界遺産をはじめとする欧州の観光地で、Sさんは必ずお土産として遺産がデザインされた「0ユーロ札」や5セントメダルを購入しているそう

世界遺産をはじめとする欧州の観光地で、Sさんは必ずお土産として遺産がデザインされた「0ユーロ札」や5セントメダルを購入しているそう

世界遺産をはじめとする欧州の観光地で、Sさんは必ずお土産として遺産がデザインされた「0ユーロ札」や5セントメダルを購入しているそう

足を運び続けたからこそ分かる世界遺産の魅力

世界遺産は、その場所に普遍的な価値があると判断して、それを後世に残すために登録しているもの。だからパッと見て「すごい!」と思うような世界遺産も多いですが、小さかったり地味だったりして、「これが世界遺産なのか?」っていうものもいっぱいあるんですよね。そんなとき、「なぜここを後世に残そうとするのだろう?」という視点から見てみることは、世界を考え直すきっかけにもなりますし、それこそが世界遺産へ行くことの醍醐味だと思っています。歴史が創った壮大な遺産はもちろん、一見地味で小さな場所も含めて、ぜひドイツの世界遺産めぐりを楽しんでみてください。

ヘーゼヴューとダーネヴィルケの考古学的境界線群㊸。ちょっぴり地味な世界遺産も、訪れて見るとなかなか味わい深いというヘーゼヴューとダーネヴィルケの考古学的境界線群㊸。ちょっぴり地味な世界遺産も、訪れて見るとなかなか味わい深いという

ドイツの世界遺産ランキング

世界遺産の国別ランキング

1位 イタリア 58件
2位 中国 56件
3位 ドイツ 51件
4位 スペイン 49件
4位 フランス 49件
6位 インド 40件
出典:UNESCO「World Heritage List Statistics」

ドイツの世界遺産・地域別ランキング

1位 バイエルン州 10件
2位 ザクセン=アンハルト州
バーデン=ヴュルテンベルク州
ヘッセン州
7件
3位 ノルトライン=ヴェストファーレン州 6件
出典:Anzahl der Denkmäler in der UNESCO Liste des Welterbes* in Deutschland nach Bundesländernb

ドイツの世界遺産・人気ランキング

1位 ケルン大聖堂⑲
2位 サンスーシ公園
(ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群⑩)
3位 ペルガモン美術館
(ベルリンのムゼウムスインゼル㉒)
4位 サンスーシ宮殿
(ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群⑩)
5位 エッセンのツォルフェアアイン炭鉱業遺産群㉖
出典:Reisetipps「Die beliebtesten UNESCO-Welterbestätten in Deutschland」

ドイツの世界遺産全51カ所リスト(2022年8月現在)

ドイツの世界遺産マップ

白丸数字:文化遺産
黒丸数字:自然遺産
★…ドイツで必ず行くべき世界遺産
☆…ちょっとニッチなおすすめ世界遺産

  1. アーヘン大聖堂(1978年)
  2. シュパイアー大聖堂(1981年)☆
  3. ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場(1981年)
  4. ヴィースの巡礼教会(1983年)
  5. ブリュールのアウグストゥスブルク城と別邸ファルケンルスト(1984年)
  6. ヒルデスハイムの聖マリア大聖堂と聖ミカエル教会(1985年)
  7. トリーアのローマ遺跡群、聖ペテロ大聖堂及び聖母マリア教会(1986年)
  8. ローマ帝国の国境線(1987年、2005年・2008年拡張)
  9. ハンザ同盟都市リューベック(1987年)★
  10. ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群(1990年、1992年・1999年拡張)★
  11. ロルシュの大修道院とアルテンミュンスター(1991年)
  12. ランメルスベルク鉱山、歴史都市ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム(1992年、2010年拡大)☆
  13. バンベルク市街(1993年)
  14. マウルブロン修道院の建造物群(1993年)
  15. クヴェートリンブルクの聖堂参事会教会、城と旧市街(1994年)
  16. フェルクリンゲン製鉄所(1994年)☆
  17. メッセル採掘場の化石発掘現場(1995年)☆
  18. ヴァイマル、デッサウおよびベルナウのバウハウスとその関連遺産群(1996年、2017年拡張)★
  19. ケルン大聖堂(1996年)★
  20. アイスレーベンとヴィッテンベルクにあるルター記念建造物群(1996年)
  21. 古典主義の都ヴァイマル(1998年)
  22. ベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)(1999年)
  23. ヴァルトブルク城(1999年)★
  24. デッサウ・ヴェルリッツの庭園王国(2000年)
  25. 僧院の島ライヒェナウ(2000年)
  26. エッセンのツォルフェアアイン炭鉱業遺産群(2001年)★
  27. シュトラールズント歴史地区とヴィスマール歴史地区(2002年)
  28. ライン渓谷中流上部(2002年)★
  29. ムスカウ公園(2004年)
  30. ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像(2004年)
  31. レーゲンスブルクの旧市街とシュタットアムホーフ (2006年)
  32. カルパティア山脈のブナ原生林とドイツの古代ブナ林群 (2007年・2011年拡張)
  33. ベルリンのモダニズム集合住宅群(2008年)
  34. ワッデン海(2009年・2014年拡張)
  35. アルフェルトのファグス工場(2011年)
  36. アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群(2011年)
  37. バイロイト辺境伯歌劇場 (2012年)★
  38. ベルクパルク・ヴィルヘルムスヘーエ(2013年)
  39. コルヴァイのカロリング期ヴェストヴェルクとキヴィタス(2014年)
  40. ハンブルクの倉庫街とチリハウスを含む商館街(2015年)
  41. ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献(2016年)☆
  42. シュヴァーベンジュラの洞窟群と氷河期芸術(2017年)★
  43. ヘーゼビューとダーネヴィルケの境界遺跡群(2018年)
  44. ナウムブルク大聖堂(2018年)
  45. エルツ山地(クルスナホリ)鉱業地域(2019年)
  46. アウクスブルクの水管理システム(2019年)
  47. ヨーロッパの大温泉保養都市群(2021年)
  48. ダルムシュタットのマチルダの丘(2021年)
  49. ローマ帝国の国境線-下ゲルマニア・リメス(2021年)
  50. シュパイアー、ヴォルムス、マインツのユダヤ人共同体遺跡群(2021年)
  51. ローマ帝国の国境線-ドナウ・リメス(2021年)
最終更新 Mittwoch, 07 September 2022 09:32
 

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