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Mo. 20. Mai. 2019

人間の感情と価値観を揺さぶる
アンドロイド・オペラ
渋谷慶一郎さん

今年3月13日、デュッセルドルフのロベルト・シューマン・ザールで、一風変わった「アンドロイド・オペラ」が欧州で初演された。今まで見たことのないその光景に、恐怖を抱く人もいれば、感動で涙を流す人も……。この人類史上初のオペラをプロデュースし、作曲を手がけたのは、音楽家の渋谷慶一郎さん。本公演のため来独中だった同氏に、作品の舞台裏について話を聞いた。(Text:編集部)

黒船

Keiichiro Shibuya

Keiichiro Shibuya 1973年生まれ。東京藝術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立し、国内外の先鋭的な電子音楽作品を数多くリリースしてきた。映画音楽なども手がけるほか、2012年で初音ミク主演によるボーカロイド・オペラ「THE END」を発表し、世界各地で公演して話題となった。
http://atak.jp

オーケストラのなかで美しく響く電子音。英語歌詞がつけられたメロディをうたい、指揮しているのは、アンドロイド「オルタ3」だ。ライトが当たり青白く光るオルタ3の顔は、笑っているようにも悲しんでいるようにも見える。音楽が最高潮に達すると、オルタ3の動きも激しさを増し、その喜びを表現しているようだった。このアンドロイド・オペラを見て、どこか「気持ち悪さ」を感じずにはいられなかった。

芸術にも気持ち悪さや
不完全さがあっていい

近年テクノロジーを使ったアートが盛んですが、人が見て楽しかったり気持ちがいいだけのものや、エンターテインメントのほうに流れやすいと感じています。それは、パーソナル・テクノロジーが人間を快適にするという前提の上に成り立っているからで、アートにもその前提が及んでいるという、やや安直な結果だと思うんです。僕自身は、テクノロジーを使ったエンタメよりももっとパーソナルなアートに結実させたい。これはある種の困難なんですけど、そこに気持ち悪さや不完全さは必然的にあるものだと思っています。

人間のコンサートの場合、歌手が一生懸命うたったらみんな一体となって感動しますよね。でも、僕はそういう共感で生まれる感動が嫌いで(笑)。今回のオペラでは、アンドロイドを見てかっこいいと言う人もいれば、その隣で怖がっている人もいる。観客はそれぞれ違うことを感じるんです。実際、僕の友だちは泣いていて、なぜ泣いているか分からないと言う。アンドロイドは、今まで自分の中に眠っていた感情を引き出すのかもしれません。

今回のオペラの背景に、初音ミク*1とコラボレーションしたボーカロイド・オペラ「THE END(ジ・エンド)」がある。2013年のパリのシャトレ座での公演は、3日間とも完売になるほど大盛況だった。

帰国前にシャトレ座の支配人と会ったとき、「このあと、お前は何をするんだ?」と聞かれたんですね。公演後でとても疲れていたので、特に何も考えていなかったんだけど、とっさに「アンドロイドのオペラをつくってみたいです」と言ってしまって。そしたら、それはすばらしいと、仕事場を提供してくれるという話にまでなって、本当にやらなきゃいけなくなったんです(笑)。でも、フランス政府の文化予算がカットされることになり、一度とん挫することに。それが2015年頃でしたね。

ただ、アイデアとしては良いと思っていました。アンドロイド・オペラは、それ自体がなんなのか、1行ですべてを説明している。ボーカロイド・オペラもそうだったように、そういうものは絶対にうまくいくと思っています。そうこうしているうちに、大阪大学のロボット研究者である石黒浩さんと友だちになって、パリのパレ・ド・トーキョーで一度石黒さんのアンドロイドと共演したことがありました。でも、アンドロイドの動きが不完全でうまくいかなかった。そこで、元々友人ですでにコラボレーションしていた東京大学で複雑系科学と人工生命を研究している池上高志さんに協力をお願いしました。それで、やっとアンドロイドも動いてきて、プロジェクトがまた盛り上がってきたんです。

*1 ヤマハが開発した歌声を合成する技術であるボーカロイドを使用したDTM(デクストップ・ミュージック)ソフトウエア、およびそのキャラクター名

人類最後の歌をうたう
生命のないアンドロイド

Scary Beautyそうして、誕生したのがアンドロイド・オペラ「Scary Beauty(スケアリー・ビューティ)」。指揮と歌を担当するアンドロイド、オーケストラ、そしてピアノとコンピュータの演奏は渋谷さん自身だ。舞台演出では、LED照明やプロジェクションマッピングの技術がふんだんに使われている。現時点でそれぞれが完結する5曲で構成され、伝統的な「オペラ」の形式とは違う。

イメージは、伝統的なオペラの指揮者というよりはフランク・シナトラ*2やビョーク*3のようにオーケストラやバンドを指揮しながらうたう、あれに近いんですよね。それを生命観のないアンドロイドにやらせるというのは、設定としてそもそも難易度が高い。それで人工知能(AI)を搭載して、数種類の人工生命のプログラムをアンドロイドに走らせました。それと、実際の音楽の構成プログラムの掛け合わせなんです。その2つのせめぎ合いだから、アンドロイドが暴走することもあるし、そこから生まれる音楽は毎回違います。

作品は、例えばアンドロイドが「人類最後の7つの言葉」を歌うとしたら? というような設定で、歌詞になるテクストも厳選しています。人間とは何か? というような真意に迫ったある種ストレンジな作家や哲学者のテクストを僕が抜粋して英訳のバージョンを歌わせています。作品タイトルの「Scary Beauty」は、フランス人作家のミシェル・ウエルベックの『ある島の可能性』から抜粋したラブソングのようなテクストが使われていて、使用に際しては彼に直接お願いしました。それから、哲学者のヴィトゲンシュタインの遺作も選んでいます。遺作というのは混乱していたり散らかっているんですよね。そういうある種の揺れや不安定さはAIではまだつくれない。そうしたテクストをアンドロイドがうたうのは、面白いと思っています。あと3作品つくるつもりだけど、遺作から抜粋するのはいいかもしれません。

*2 1915生まれの米国の歌手・映画俳優。ヒット曲に「マイウェイ」など。1998年没
*3 1965年生まれのアイスランド出身のロック・ミュージシャン。映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でも知られる

アンドロイドが指揮をするなら、複雑な現代音楽は向かない、と渋谷さん。音楽はあえて美しかったり、起承転結がある形に仕上げられている。そのなかで、アンドロイドのテンポやロジックが揺れ、狂ったような動きをするから面白いのだと言う。

最初は、オーケストラとアンドロイドがなかなか合いませんでした。指揮でカウントを取るときは、やっぱり人間のほうが動きがしなやかで分かりやすい。でも何かの偶然で肩を上げ下げするような動きをアンドロイドに足したんです。そしたら一発でオーケストラの人が「これなら一緒にやれます」と。というのも、アンドロイドが呼吸しているように見えたんですよね。例えば相手と話しているとき、バンドで合わせるときって相手の呼吸を見る。それって、つまりコミュニケーションなんです。それまではどう分かりやすくカウントを出すかにこだわっていたんだけど、人間にとって当たり前のことを忘れていたんですよね。だから、アンドロイドというメディアは、人間を理解するのにすごく有効だと思います。

独創的なアイデアで
西洋音楽に挑む

デュッセルドルフでのコンサートは欧州初演であると同時に、Tanzhaus NRW主催のフェスティバル「Hi, Robot!」の一環でも。昨年8月に、東京の日本科学未来館で同作品が公演されたのと違うのは、アンドロイドが新モデル「オルタ3」になったこと。

オルタ2に比べて飛躍的に運動能力や音楽能力が向上したので、それをフルにやると壊れることが多くて。ドイツに来る直前なんかは、2日に1回のペースでどこか壊れていて、結構ビビってたんですよ。それから、オルタ2は200キロ以上あって分解できないつくりだったけど、オルタ3はいくつかのパーツに分割できるので、スタッフで手分けしてスーツケースで持ってきました。

実は公演の依頼は世界中からたくさん来ていて、欧州初演がデュッセルドルフに決まったのは、今回のフェスティバルのディレクターが一番最初に声をかけてくれたから。彼女は日本に来ていたことがあって、僕のコンサートも見に来てくれました。今年中に欧州のどこかでまた公演するという話になっていて、これから世界中を巡業する予定です。

自分が面白いと思ったことをやるのが、渋谷さんの生き方だ。しかし、わざわざオペラを選んだのは、やはり西洋を意識しているからだと話す。

日本人がいくらロックやヒップホップをやっても欧米人には勝てない。でも、オペラのように典型的に西洋がオリジナルのフォーマットのなかで、西洋人も思いつかないようなことをやるのは面白いと思っているんです。愛情とか人間固有だと思っていた感情が、実は人間同士じゃなくても有効だってことは、希望だと思います。そういうことを考えている人は世界でもあんまりいないだろうなと思って。だから、今回の作品に関しても欧州の人たちの反応は楽しみなんです。

人間を揺さぶる
テクノロジーの力

渋谷さんが電子音楽の世界に入ったのも、やはりテクノロジーの登場がきっかけだった。90年代にアップルがPowerBook G3を発売して、作曲から音の生成、はたまた事務仕事まで1つのコンピューターでできることに衝撃を受けたという。そして、それまでやってきたことをすべて捨てることに。

大きなターニングポイントだったと思うんです。あのときに生まれた電子音楽ってすごいエキサイティングで、音楽のルールなんて関係ない。聴いたこともないような音楽ができるのは、とても新鮮でした。でも、割とすぐに普通の音楽に回収されていったんですよね。本来、テクノロジーというのはもっと狂暴で危険、そして人の価値観や意識を揺らすもので、僕はそこにずっとこだわっています。

最近AIに人間の仕事が取られると騒がれているけど、僕はそうは思っていません。ただ、テクノロジーに支配されている、と感じることはあります。例えば、こうやって話している間にスマホを見ている人がいるし、仕事後にSNSをチェックしますよね。これらはここ10年で変わったことで、人間の体がその間に変化したかというと、明らかに何も変わっていない。知らない間に過剰なエネルギーを使っているわけだから、人間はテクノロジーに支配、侵食されているというのは間違いではないですよね。

日々進化していくテクノロジーとうまく付き合いながら、これまでも創作活動を続けてきた渋谷さん。今後どんなビジョンを描いているのだろうか。

僕が死ぬまでに残るだろうなと思う音楽のジャンルの1つに、「THE END」や「Scary Beauty」のような舞台音楽や劇場音楽があります。劇場作品はいろいろなジャンルの人間が集まって1つのものをつくり上げるから、すごく生々しくて実感がある。やっていて、めちゃくちゃ面白いです。それから、今というこの瞬間に、こんな面倒くさくて変なことをやろうとしてる人はほかに誰もいないだろうなと思えることを、これからもやり続けたいですね。

独創的なアイデアとテクノロジーを駆使して生まれた「Scary Beauty」。見る者に今まで経験したことのない感情や発見をもたらし、先日の公演の様子を報じた地元紙Rheinische Postでも、「人間たらしめるものは何か」、「芸術は『人工的』なものから生まれない」などの議論が巻き起こっていた。渋谷さんの作品はもうすでに、人間の価値観を揺さぶるテクノロジーのような存在と言えるのかもしれない。

 
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