Hanacell

新年特集:ドイツのお笑い
ユーモアのない国民が持つ笑いのツボ

所変われば、笑いも変わる。いや、ユーモアのセンスにこそ、世界各国における文化の違いが如実に表れるという。そこでニュースダイジェスト新春第1号では、ドイツ・英国・フランスの現地編集部が、それぞれの国ならではのお笑い事情に迫った。お笑いを通して欧州3国の新たな魅力を再発見すると同時に、新年の初笑いを兼ねれば、一石二鳥。まずはドイツ、なぜ世界から面白くない国民と思われているのかを探る。

アルトバイエルン

笑いで見るドイツと日本

「世界一うすっぺらな本は何ですか?」
「『ドイツジョークの2000年』という本だよ」

これは「ドイツ人のバカ笑い─ジョークでたどる現代史(ディーター・トーマ他共著集英社)」という本の冒頭で紹介されているジョークである。そのくらい、ドイツと笑いは縁遠い存在だと考えられている。

今回「ドイツの笑い」を語るための強力なパートナーとなるのが、ドイツにおける日本の漫才研究の第一人者、ティル・ワインガートナーさん(第一人者といっても、彼の他に漫才の研究をしているドイツ人はいないと思われるが)。彼は関西大学・大学院に留学中、「アルトバイエルン」というコンビ名で松竹芸能に所属していた元漫才師でもある。ボケ担当のティルさん、関西大の落研で出会ったツッコミ担当の守本大祐さんのコンビによる漫才の内容は、こんな感じだ。

(守本)「どうもー。ぼくはアルトバイエルンの守本といいます。
そして・・・・・・」
(ティル)「鈴木と申しまーす!!」
(守本)「どこがやねん!」
(ティル)「あだ名は外人です!」
(守本)「そのまんますぎるやろ」

ティルさんによると、ドイツの芸人の地位は「日本と比べると驚くほど低い」ようだ。大阪で漫才をしていた頃、決して美男子とは言えない芸人たちが、うら若き女性ファンから、まるでアイドル・グループでも見るかのような熱い眼差しと黄色い声援を受けているのを見た時、「日本のお笑いの魅力と、文化的成熟度の高さを実感」したと言う。ちなみに、「アルトバイエルンのファンの平均年齢は予想より高めだった」と少し残念そうに付け加えてくれた。

ティルさんの丑年ジョーク
幣誌のためにティルさんが提供してくれた「丑年」のジョーク

「楽しまなくてはならない」精神

ドイツでは毎年2月のバラの月曜日(Rosenmontag)になると、デュッセルドルフ、ケルン、マインツなどライン川沿いの町々はカーニバル(謝肉祭)で賑わう。このカーニバルは、フランスのナポレオン軍がライン川に駐留していた時代に、そのあまりに仰々しい軍隊をバカにして笑ってやろうと、ナポレオン軍の行進をマネするという皮肉から生まれたとの説がある。そのためか、カーニバルではナポレオン時代の軍隊の行進のような華やかさと壮大さを感じることができる。

「カーニバル、すごいでしょ。ベルリンに住んでいると、どうしてそこまで盛り上がることが出来るのか分からないんだけど。ドイツ人に対してお固いイメージを持っている他国の人がびっくりするほど」とティルさんが言うように、カーニバル期間中は、堅物で通っていそうなおじ様が顔に猫顔のペイントを施していたり、上品なおば様が思いっきり派手な仮装をしていたり、とにかく老いも若きも羽目を外して1日を楽しむ。ドイツ版阿波踊りとでも言えそうなくらいのバカ騒ぎである。

実はこのカーニバルから、ドイツ人の笑いに対するスタンスが見えてくる。

まず、「笑いの場」が限られているということ。ドイツ人がバカ笑いするのは、笑って良しとされる場所やシチュエーションでのみ。重要な会議、政治的な局面、初対面の人への対応などに際して、笑いの要素は必要とされない。この常識をわきまえようとする感覚には、日本人と近いものがある。そしてドイツ人に笑いの場が限定されているために、ドイツ人は笑って良しとされる場では大いに羽目を外す。いや、羽目を外さなければならないのだ。つまり、笑いの場においては徹底的に楽しむことが求められる。

しかも、ただ楽しめばいいというものではないらしい。引き続きカーニバルを例にとると、仮装にしても中途半端な仮装は認められない。カーニバル・マイスターとでもいうべき人々がカーニバルを最高の笑いの場とするために模範的な参加態度を示し、他の参加者もそれにならって恥ずかしいのなんのと言わずにカーニバルの色に染まる。笑いにとても真面目に取り組んでいるのだ。

ジョークは勉強するもの?

ドイツで暮らしてみると、「ドイツ人はジョークを言わない」というのは、実は勝手な思い込みであったことに気付く。というのも、ドイツ人はジョークがとても好き。書籍を中心とする商品の販売サイトAmazon.deで「ジョーク(Witze)」と検索すると、1000冊以上のジョーク関連本を見つけることができる。ジョークには、いくつかの王道テーマと、面白いとされる言い回しがあり、それをしっかり勉強し、暗記したものを人に披露するパターンが結構多い。ティルさん自身も、子どもの頃は熱心にジョークを暗記して、周りの人に披露するのが大好きだったという。

またドイツのジョークには、そのタイミングが事前に予告されるという傾向がある。「こんなジョークがあるよ」などと、前置きを言ってからジョークを披露する場合が非常に多いのだ。つまり話し手は、「これから面白いことを言うよ!ここは笑うところだから」と、聞き手に笑いの場を提供することを予め宣言することになる。聞き手は、そうかこれから笑える話を聞けるのかと、心構えをしてから大いに笑うという仕組みになっている。

この構造は日本では見られないように思う。日本人同士の会話の中で「これから面白いことを言うよ」と予告した場合、聞き手に面白いかどうか吟味してやろうという気持ちを起こさせるため、かえって笑いのハードルを上げることになると倦厭(けんえん)されるのではないだろうか。ところがティルさんいわく、笑いの場を限定しているドイツ人にとって、笑って良いタイミングとそうでないタイミングとが明白になった方が、安心して笑えるというのだ。

真面目な国民性もネタの一つ

「真面目で議論好き」「融通の利かないちょっと不器用な国民」「法律や規則で決まっていることは必死に守る」といったステレオタイプのドイツ人を演じることが、絶妙な笑いを生む。この古典的なスタイルで有名なのはドイツ人コメディアンであるロリオーやティルさんが「ドイツ版寅さん」と呼ぶ故ハインツ・エアハルトだ。

ここでページ下にあるロリオーのネタ「絵が傾いている」を見て欲しい。

コント「絵が傾いている」

ある男(保険外交員だと思われる)が、契約を取り付けに客を訪問する。しかし主人は留守中だったため、しばし客間で待機することになった。

契約書類など仕事道具を鞄から取り出し、準備万全。客間の調度品などを眺めていると、壁にかかっている絵が傾いていることに気が付いた。男、これはいかんと顔をしかめる。気になって仕方がない。

そして、ついには傾きを修正するべく席を立った。そっと絵に触れて位置を調整していると、隣の絵が大きく傾く。それを修正しようと動いた瞬間、物が落ちる、皿が壊れる、棚が倒れる・・・・・・。気が付くと部屋中がしっちゃかめっちゃかに。

そこに家政婦が現れ、「もうすぐご主人が帰宅します」と告げ、部屋の惨状を発見する。男は家政婦に指摘する。「あの絵が傾いているよ」

笑えただろうか。このコメディーを、ロリオーはそれはそれは生真面目に演じる。

ティルさんは「ロリオーは、自分を正しいと思っている人、真面目を絵に描いたような人を演じながらバカにしている。具体的にどこが面白いか説明しにくいけど。ドイツ人らしいところを笑いに変えている」と言う。こういった、ドイツ人がつい頷いてしまう「あるある」ネタを巧みに利用した笑いは、ドイツで生活していないと分かりにくいかもしれない。そのくらい生活に根を下ろした深い笑いなのだ。

ドイツのコメディアン
左)ドイツ人のステレオタイプを茶化すことを得意とするドイツ人コメディアン、現在85歳のロリオー
右)人間の腹黒い一面を刺激する笑いを提供してドイツ国内の人気を集めているシュテファン・ラーブ

ドイツ人と一緒に笑うためのポイント

ここで、「ドイツ人はなぜ世界から面白くない民族と思われているのか?」という命題に立ち返ってみる。

それは、ドイツ人が「面白くない」わけではなく、笑いを取り巻く習慣が「違う」ということに尽きるのかもしれない。そこでドイツ人と一緒に笑うためのポイントを次のようにまとめてみた。

ステップ1: ジョーク集や、インターネットのジョーク・サイトから自分も面白いと思うネタをストックして、関係が打ち解けてきた頃に披露し、ドイツ人の心にすうっと入り込む。
ステップ2: ジョークやギャグを言う前に、これからどんな面白いことを話すのかを堂々と予告する。これで爆笑間違いなし!?
ステップ3:「つっこみ」は日本の文化。ドイツ人にそれを期待してはいけない。日本でつっこまれる快感を学んだティルさんも、つっこみが欠落したお笑い文化には寂しさを感じているのだとか。
ステップ4: 真面目な日本人の国民性は、親近感を持てるネタとして受け入れられるかも。

と、ここまで来て「笑いといったら、やっぱり英国のモンティ・パイソンやMr. ビーンには影響を受けましたね。こんな創造力豊かな笑いがあるのかとびっくりしました」と暴露するティルさん。やっぱりドイツはいまだコメディー発展途上国ということだろうか……。

Till Weingärtner さんTill Weingärtner さん
(ティル・ワインガートナー)

プロフィール
1979年3月10日ベルリン生まれ。2000年10月にベルリン自由大学日本学科入学後、東京大学へ1年間留学。06年、「漫才」をテーマにした修士論文で修士号を得てから、2年間関西大学で学ぶ。漫才コンビ「アルトバイエルン」で07年「新人お笑い尼崎大賞」を受賞、松竹芸能所属となる。08年からベルリン自由大学の日本学科助教に。

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