ジャパンダイジェスト

第4次産業革命 モノづくり大国ドイツの挑戦

「Industrie 4.0」という言葉は今、間違いなくドイツ経済界、IT業界における重要なキーワードだろう。第4次産業革命と銘打ったドイツの国家戦略は、果たして壮大な夢物語なのか、それとも時代の必然か。政府と研究機関、そして産業界が一体となって取り組む「インダストリー4.0」は、モノづくりの現場を変えるだけでなく、社会問題の解決にも繋がるという。国際競争力の強化と、世界を牽引するリーダーとしての地位奪還に向けて動き出したドイツの本気が、じわりじわりと世界を巻き込もうとしている。ビジネスパーソンだけでなく、一般消費者の生活にも大きな影響を与える動きとして注目しよう。

取材・文
Megumi Takahashi
情報協力
JETRO菅野一義氏
PwC池田良一氏
Dr.-Ing. Bernd Schniering
参考資料
ドイツ連邦教育・研究省「Zukunftbild "Industrie 4.0"」
「Industrie 4.0」
日本・厚生労働省「2015年版ものづくり白書」
その他

「インダストリー4.0」を
理解するための5つのステップ

STEP 1産業革命とは?

人類は、水車や風車、馬力などの自然の力を利用し、手作業でモノを作る次元から、効率化と省コスト化を目指して一歩一歩前進してきた。第1次、第2次産業革命を経て、我々は今、IT技術を駆使する第3次産業革命の発展途上にあると定義付けられている。ドイツが見据えるのは、その先の未来だ。

1760〜1830年代 第1次産業革命: 石炭で動く蒸気機関の発明による機械工業化
1860~1900年代 第2次産業革命: 石油と電力による大量生産、大量輸送の実現
1970年代~現在 第3次産業革命: IT技術の発展による生産の自動化、機械の制御
2025年~ 第4次産業革命: 人工知能(AI)とITによる考える工場、繋がる産業へ

STEP 2インダストリー4.0とは?

2010年にドイツ政府が掲げた「ハイテク戦略2020」の中で、10の「未来プロジェクト」が紹介された。2011年、その中の1つのアクションプランとして初めて「インダストリー4.0」という概念は世に出た。目指すものは、生産システムのデジタル化により製造業に革命を起こすこと! 世界に先駆けて第4次産業革命を起こすことが、ドイツにとって必要不可欠な国家戦略ということだ。世界レベルでモノづくりのあり方が再考され、IoT(モノのインターネット)進展によるビジネスモデルの変革が待ったなしで進む中、ドイツは産官学一体となって、10年後の未来に向けて大きく舵を切った。

IoT(モノのインターネット)とは?

IoTとは、すべてのモノがインターネットで繋がるという概念。製造業の例では、製品や機械など製造・流通ライン上のすべてのモノの現状をリアルタイムで把握、管理、分析できる。この情報を基にマーケティングやトレンド予測が可能となり、経営の最適化が可能に。

業界の垣根を超えて連携

産官学一体とは、連邦経済エネルギー省、連邦教育研究省、連邦内務省の3省庁、そして、ドイツ機械工業連盟(VDMA)、ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)、ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)の3つの主要な業界団体が形成する「プラットフォーム・インダストリー4.0」のこと。また、フラウンホーファー研究所、ドイツ工学アカデミー(acatec)、先端クラスターとして注目されるit's OWLなどの研究機関も民間企業と共同で開発を進めている。組織の垣根を越えて連携しながらプロジェクトを進めること事態が画期的なことで、他の工業国では難しいという。

2006年 ハイテク戦略を発表
2010年 ハイテク戦略2020および「インダストリー4.0」を含む未来プロジェクトを発表
2012年 ハイテク戦略行動計画、ドイツ政府が80億ユーロで承認
2014年 新ハイテク戦略を発表
2020年 目標:サイバーフィジカルシステム(CPS)ソリューションの
主要市場・供給国となる

STEP 3インダストリー4.0が目指す世界とは?

「インダストリー4.0」という言葉がどんどん先行しているイメージだが、第4次産業革命は「まだ起きていない」ということを、ここでもう一度おさらいしたい。ITを活用した先進的なシステムが、閉ざされた空間の中で実現されている状況は、まだ第3次革命の延長なのだ。

10年後の実現を目指す

工場の生産工程が繋がり、さらには、販売店と工場、流通経路など、モノやサービスに関わるすべての施設が企業や国の垣根を越えてネットワークで繋がる社会。これが進むと、大量生産型の方が価格を抑えられるという、これまでの常識は脆くも崩れ、オーダーメイドでも大量生産品と同等の価格で製品を製造できるようになる。工場が変われば労働者の生活が変わり、価格や物流の変化が消費者の行動を変える。新しいビジネスモデルが誕生し、社会が変わる。ドイツ政府は、ここまで来てようやく「革命」と呼ぶにふさわしいと考えており、これを今後10年で実現するためのロードマップを作成している。

モノとモノが繋がり、自ら「考える工場」に

インターネットなどの通信ネットワークを介して工場内外のモノやサービスを繋ぎ、人口知能(AI)が生産工程を最適化させる「考える工場(Smart Factory)」という試みがある。ドイツが目指すのは、これまでのIT技術を利用した生産の自動化から、AIを駆使したサイバーフィジカルシステム(CPS)技術を用いた考える工場への進化。

CPSとは、製品の注文が入ると、最も早くコストがかからない生産・販売ルートをネットワーク全体で自動的に計算して、実行し、生産の最適化を進めようというもの。生産工程においては、シミュレーションや分析などを仮想空間(サイバー)に委ね、その結果を受けて現実世界の機械動作(フィジカル)が行われる。端的に言えば、製品は自分がどういう製品であるべきかを知り、生産ラインに「こうして欲しい」と働きかけながら自己生産を始めるのだ。

さらに、インダストリー4.0では、この考える工場と倉庫、流通経路、販売店など、関連施設すべてをネットワークで繋ぐ。将来的には、企業や業態の枠組みを超えてネットワークを結び、ドイツ国内を「1つの大きな工場」に見立てるという構想を描いている。

考える工場

マス・カスタマイゼーションの時代へ

生産や流通工程の最適化を進めると、これまでの「集中型」から、「分散型」「個別型」に生産サイクルの考え方が逆転するというパラダイムシフトが起こり、工場はもはや製品を画一的に大量生産する場所ではなくなる。顧客のニーズの多様化を反映した特注品を、低コストの大量生産プロセスで実現する「マス・カスタマイゼーション」の時代が到来する。

マス・カスタマイゼーション

STEP 4なぜインダストリー4.0を推進するのか?

1. ドイツ経済の持続的発展のため!

高い技術力を強みに「メイド・イン・ジャーマニー」の国際競争力を高めてきたドイツ。製造業は、ドイツの全就業者人口の約5割(約1850万人)、GDPの約2割を占める基幹産業だ。しかし、新興国が労働コストの安さを武器に世界の工場の役割を担い始めている今、生産拠点を新興国に移す傾向はすでにある。このまま技術力も追いつかれたら、国内産業の空洞化に拍車がかかるという危機感と共に、改めて製造業の重要性が見直されている。インダストリー4.0が成功すれば、ドイツは、改めて製造拠点、製造機器供給国、そしてITビジネス・ソリューション供給国として、経済力を安定・強化でき、年率1.7%の経済成長を生み出すとの予測もある。

2. 中小企業を守れ!

ドイツ経済の成功を支えているのは、「ミッテルシュタント(中小企業)」だ。ドイツの企業のうち約99.6%が従業員500人以下の中小企業。全就業人口の80%に当たる約2100万人を擁するドイツ最大の雇用主でもあるミッテルシュタントは、まさに「ドイツ経済の基軸」。グローバル化とIT化の波に乗り遅れ、中小企業が衰退するような事態は避けなくてはならない。そのためドイツ政府は、新ハイテク戦略(2014年)において中小企業の研究開発支援に重きを置いている。

3. 雇用を守れ!働く4.0(Arbeiten 4.0)

国内産業の空洞化は雇用機会の減少に直結する。これに歯止めをかけるために、インダストリー4.0を推進し、考える工場をもって、製造拠点としての強みを発揮するという狙いが1つ。一方で、少子高齢化が進み、国内の労働人口はますます減少傾向にある。この社会問題の解決策の1つとしても、インダストリー4.0で実現する考える工場は有効だ。機械や設備を遠隔操作できるようになるので、通勤が不要になり、危険な場所での仕事は自動化される。ITの活用によって働く人の健康、男女の機械平等、ワークライフバランスの向上を目指すことを「働く4.0」と呼び、労働環境においても革命を起こそうとしている。

4. 環境、エネルギー問題を解決!

脱原発を掲げ、2022年までに原子力発電を廃止するとしているドイツにとって、製造業におけるエネルギー問題も重要な課題だ。現在は、工場が操業していない時間帯も、業務の効率化のため機器の電源を切らず、スタンバイ状態で待機させているため、エネルギー消費の無駄が発生している。しかし、エネルギーの供給量をリアルタイムで調整することができれば(スマート工場ではそれが可能)、エネルギー消費量を減らすことができる。生産量を最適化し、材料やエネルギーの供給量をリアルタイムで適切にコントロールすることは、結果的に環境に優しい工場を生み出す。

STEP 5ドイツは世界に革命を起こせるか?

ドイツが製造業の生き残りを懸けて打ち出した国家戦略は、まだ始まったばかり。「インダストリー4.0」というキャッチコピーが踊るほどには、実現していないのが現状だ。しかし、ドイツは国を挙げて協力体制を敷き、綿密で実践的な計画を立てている。昨年7月には、メルケル首相が中国を訪問し、インダストリー4.0の推進協力体制について盛り込んだ共同声明を発表するなど、ドイツを中心に国際標準化を進めるための世界へのアプローチも進んでいる。

脱原発に端を発したエネルギー革命は、まだ道半ばだが、計画を上書き修正しながら確実に前進している。2014年のブラジルW杯でみごとW杯のトロフィーを掲げたサッカーのドイツ代表は、2000年の欧州選手権でのグループリーグ敗退という屈辱をきっかけに長期的な育成プログラムを立てていた。ドイツという国は、やると言ったらやる国なのだ。ただし、革命への動きは世界同時多発的に起きている。米国の「インダストリアル・ネットワーク」、日本のロボット技術やビッグデータ活用、中国やインドの動き……どこが革命を起こすのか、それはまだ誰にも分からない。確かなことは、時代の転換期にあるということ。経営者にも労働者にも、そして消費者にも、待ったなしで、変化に対応することが求められている。

課題は?

「繋がる工場」というコンセプトを推進するためには、工場内外の様々なモノやサービスを繋げるための通信手段やデータ形式などを標準化しなければならない。身近な例で言うと、Word形式で保存したデータを開ける環境と開けない環境があることが思い当たる。不便である。標準化が進み、世界中どの工場や施設、サービスとも繋がれるようになれば、明らかに省コストに繋がる。VHSとベータによる「ビデオ戦争」を例にするまでもなく、規格の標準化の主導権を握れるかどうかも、ドイツが第4次産業革命のリーダーになれるかどうかの分岐点ともなる。一方で、工場が外部のネットワークと接続することで、サイバー攻撃を受ける危険性が高まるため、安全やセキュリティー問題の解決も急務だ。

Interview
インダストリー4.0は
中小企業の生き残りを懸けた革命だ!

準備さえ整えば、自転車に乗るように簡単に走り出せる

インダストリー4.0の技術を、部分的に実現している企業があると知り、金物の町ゾーリンゲン近郊のレムシャイドへ向かった。中小企業支援という側面が強いこの国家戦略に対し、中小企業の経営者はどのように考え、取り組んでいるのだろうか。現場の声を聞いてみよう。

ベルント・シュニーリング 工学博士 ベルント・シュニーリング
Dr.-Ing. Bernd Schniering

Schumacher Precision Tools GmbH
Küppelsteiner Str.18-20, 42857 Remscheid

工場のデジタル化に着手して30年

工場のデジタル化精密機械工業のシューマッハー(SPT)は、1988年から、応用操縦プロセスを研究するGAPを組織し、アーヘンやドルトムントの工科大学と共同で生産工程のデジタル化について研究を進めてきた。同社のCEOで工学博士のベルント・シュニーリング氏は、「工場のデジタル化は、市場で生き残るために必要なこと」と、インダストリー4.0の意義を認める。

「今求められている変化を、インダストリー4.0ともったいぶって呼ばなくても良いのです。確実なことは、今後5年〜10年以内に大企業から順に生産工程のデジタル化が始まるということ。そうなったとき、デジタル化に対応していない中小企業に誰が仕事を依頼しますか? もう選ばれませんよ」

技術の運用は、自転車に乗るように簡単

同社は、研究と社内での実証試験の結果、サイバーフィジカルシステム(CPS)をほぼ実現している。製品の性能についての仮想シミュレーションなど一部は研究段階だが、GAPでの研究成果を即座にSPTの工場内で運用。実際に「使える技術」なのかどうかを評価基準に開発が進められてきた。デジタル化、スマート工場化することで、これまでの従業員の再教育の必要性、もしくは雇用自体が危ぶまれるようなことはあるのだろうか。

「もちろん、経営者にはIT知識がより求められるようになるでしょう。でも、例えばスマートフォンのアプリを利用するのに、特別な知識や技能が必要ですか? 必ずしも利用者には必要ないでしょう。工場のスマート化にしても同じこと。デジタル化された操縦プロセスを運用することは、自転車に乗るくらい簡単なことなんですよ。仮に、現在雇用している従業員をクビにして、ITの専門家に入れ替えないと運用できないようなシステムなら、それは完全に失敗です。我々中小企業は、現在の現状や環境、資金力を受け入れ、ここから発展しなければいけません」

多くの中小企業にとって、問題は導入前にある

「多くの中小企業にとって、デジタル化を進める際のボトルネックは、導入前の準備にあります。工場内のすべての機器、材料、商品、ソフト、作業工程に関わるすべてのデータをそろえなければなりません。実はこれこそが大変な作業で、ここさえクリアできれば、あとはスイスイ進むはずなのです。私の感覚では、国内の8~9割の中小企業で、この準備ができていないと思います」

シュニーリング氏は、工場のデジタル化は、最短であと5年くらいで達成されるかもしれないと語る。そして、デジタル化の波に乗り遅れた中小企業は、競争力を失う。今までのやり方が通用しない時代が足音を立てて近づいてきている。インダストリー4.0を目指すかどうかは、もう選べる問題ではない。その危機感が、ドイツという国を突き動かしているようだ。

 
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