1978年 | 青森県弘前市生まれ |
1998年 | 山梨県立宝石美術専門学校卒業 |
~99年 | プフォルツハイム造形大学ジュエリー科在籍 |
2006年 | ミュンヘン造形美術大学ジュエリー科を首席で卒業(ドイツ・ジュエリー界のパイオニア、オットー・クンツリ教授に師事) |
06年~ | ミュンヘンにアトリエを構える |
www.jirokamata.com
「日本では、ジュエリーの価値は素材で決まります。例えば、ダイヤ、エメラルドなど石の価値がそのままジュエリーの価値となるような“お宝ジュエリー”ですね。でもドイツでは、素材はそれほど重要視されません。価値は作家自身が作るという考えなのです」
カメラのレンズやサングラス、セロテープなど、身近なものを素材にしてジュエリーを生み出す新進のジュエリー作家・鎌田治朗さんはこう語る。彼が第一歩を踏み出したのは、シュトゥットガルトにほど近いドイツの貴金属産業の中心地、プフォルツハイムだった。
「ジュエリーで世界的に有名なのは、ドイツとオランダなんです。造形大学に聴講生として入り、早くも最初の授業でショックを受けましたね。教授が学生にくじを引かせて、そこに書いてあるものを使ってジュエリーを制作しなさいと。ボールペンやペットボトル、ハガキなどの中で、僕はセロテープだったんです」
弘前の宝石屋で育った。時計職人だった祖父が時計店を創業し、父の代で宝石も扱うようになった。しかし、昔からジュエリー作家になろうと思っていたわけではない。むしろいつも真ん中に石があるような宝石に、反感を覚えていたという。きっかけは、高校卒業後の進路を決めるときだった。
「何かものづくりをしたかったんです。学生時代にバンドばかりやっていたので芸術大学は受けられず(笑)、そんなとき日本で唯一の公立宝石専門学校があると聞いて」
そこで運命的な出会いをする。70年代にプフォルツハイム造形大学に留学し、ジュエリー作家としても活動していた教師の生き方に影響を受け、渡独する決心をした。
06年、ミュンヘンに仲間とともにアトリエを構えた。ドイツに来て10年──。「自分が自然体でいられる国」で、将来、世界中どこでも仕事ができるように基盤を安定させるのが目標だ。
カメラレンズを用いたブローチ。白と黒のレンズしか使用していないが、光によっていろいろな色に見える
サングラスのレンズで制作したブローチ(左)と指輪
セロテープが素材の指輪。左は、テープに付けたキスマークを何重にも重ねたもの
2006年、フランクフルト近郊にあるハーナウ市から「次世代を担う金細工師」に選ばれた鎌田さん。約6週間ハーナウに滞在し、講師を務めた功績を記念して、展覧会が開催される。想像力溢れる素敵なジュエリーをぜひのぞいてみよう。
MOMENTOPIA~Jiro Kamata
期間:1月25日(金)~4月3日(木)
時間:火~日11:00~17:00
場所:Deutsches Goldschmiedehaus Hanau
Altstädter Markt 6, 63450 Hanau
TEL:06181-256556
Website:www.museen-hanau.de