おかげさまで50回目の節目を迎えたこの連載で、ヴェディング地区はまだ一度も取り上げたことのないエリアである。行政区分上はミッテに属するが、これといった観光名所があるわけでもなく、どちらかといえば日頃注目されることの少ない地味な場所。だが、人と場所とモノとが思わぬ形で出会うのが、ベルリンの面白いところだ。「ヴェディングに面白いピアノ・サロンがある」と知人が教えてくれた情報を頼りに、今回も「発掘の散歩」に出掛けた。
U9の終点オスロ通り駅で降りて、スウェーデン通りを南へ。北欧の地名に因んだ通りが多く見られるが、実際のヴェディング地区はトルコやアラブ系など、移民の背景を持つ住民の割合が全体の48%にも及ぶ多文化エリア。ちなみに、ワールドカップ・ブラジル大会を制したドイツ代表のDFジェローム・ボアテングは、異母兄弟のケヴィン=プリンスと共に、少年時代にこの界隈でボールを蹴っていたという。ヴェディングの人々が誇るサクセスストーリーだ。
パンケという川に沿って歩いて行くと、赤レンガのいかにも工場跡らしき建物が見えてきた。かつてのベルリン交通局の工場で、数年前からUferhallenという名で文化活動の拠点になっている。この一角にある「ピアノ・サロン・クリストフォリ」の前には、すでに人だかりができていた。
アンティークのピアノがひしめき合うピアノ・サロン・クリストフォリの内部
天井の高い通路を抜けて、入り口から「サロン」の中に入った瞬間、私は唖然とした。そこには古いピアノや鍵盤などが無造作にぎっしりと積まれ、とにかく、ただ事ではない空間だ。ピアノの山を抜けると、座席とステージが広がり、客は名簿に記載された自分の名前と席を確認して、客席に着くシステムになっている。
この工房兼サロンの所有主であるクリストフ・シュライバー氏は、本業は神経科医という現役のお医者さんだ。子どもの頃からピアノに親しんできたというシュライバー氏は、あるときオークションで約100年前の古いピアノを手に入れ、アンティークのピアノをよみがえらせることに喜びを覚えたという。ピアノの構造や修理の技法を学んだ末、ついには自分の工房を持つに至る。知り合いの音楽家がここへやって来て演奏しているうちに、いつしか本格的なコンサートへと発展。現在、工房には演奏可能な歴史的なピアノが約30台あるそうだ。
コンサートの休憩中の様子
驚くべきは、ここでの公演数の多さ。9月だけでも19公演が行われ、ほとんどコンサートホール並みの稼働率である。この日、私が聴いたシューマンとブラームスのピアノ四重奏曲を核にしたプログラムには、ベルリン・フィルの第1ソロ・チェリストに就任したばかりのブルーノ・ドルペレールを中心とした、若手の一級メンバーが顔を揃えた。ちなみに、ピアニストの福間洸太朗さんやヴァイオリニストの庄司紗矢香さんも、このサロンの常連だ。
古いピアノなので、現代の楽器のようにバリバリ鳴るわけではないし、音程も精緻ではない。だが、ピアノを愛する職人によってよみがえったアンティークの楽器は、満員の聴衆の前で、再び心地良く呼吸しているように感じられた。
ピアノ・サロン・クリストフォリ
Piano Salon Christophori
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ヴェディング地区にあるピアノ・サロン。コンサートの予約は下記HPからできる。公演当日の17時まで、オンラインでの変更やキャンセルも可能。通常、決まった入場料はなく、出演者や開演前と休憩中に振る舞われる飲み物への募金によって賄われている。筆者が聴いたコンサートでは、「今晩は最低13ユーロからの募金をお願いします」とアナウンスがあった。
住所:Uferstr. 8, 13357 Berlin
電話番号:0176-39007753
URL:www.konzertfluegel.com
カフェ・プフェルトナー
Café Pförtner
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「Pförtner=守衛」の名が示す通り、かつての工場の守衛の建物にあるカフェ&レストラン。食事はイタリア料理がメインで、手頃で美味しいと評判が高い。カフェに面して古いバスが横たわっているが、実は裏でカフェとつながっており、バスの中でも食事ができるようになっている。そんな粋な遊び心も魅力。
営業:月〜金9:00〜24:00、土11:00〜24:00
住所:Uferstr. 8-11, 13357 Berlin
電話番号:030-50369854