ジャパンダイジェスト

「尊厳」を問うアート展、30組のアーティストが参加

「尊厳」とは何でしょうか?「尊くおごそかなで侵してはいけないこと」という辞書の定義に加え、人によって多様な受け取り方があるかもしれません。今回は「尊厳」という固いイメージの言葉を、アートを通じて柔らかく捉え直していくイベントを紹介します。

夏の足音が聞こえ始めた5月から6月にかけて、ブラウンシュバイクではアートイベントが開催され、30組のアーティストによる「Würde(尊厳)」をテーマにした作品が展示されました。ある学生は、電車に乗ったときに乗客全員がイヤホンをしてスマートフォンをいじる光景にインスピレーションを受けて、耳栓をモチーフにした聴覚芸術に挑みました。確かに今の世の中では、家族と一緒にいながら友だちとチャットをするなど、目の前にいる人とのコミュニケーションの「尊厳」が損なわれています。ある写真家はアスファルトに引き伸ばされた動物の死骸の写真を展示しました。ほかにも、見落としがちな光景に心を寄せて切り取られた写真が並びます。次に目に留まったのは、一見なんの変哲もないパソコンのキーボード。注視するとその表面には「みんなが僕を叩き切り刻む」と記されており、キーボードにストレスをぶつけている姿が頭をよぎります。そして、床に並ぶ3つ紙の束。これは、ある女性アーティストが毎日拾い集めたゴミを材料にしてすいた紙でした。1枚1枚の色合いや質感が異なる紙は日常の記録です。

ランプのアート「The old ladies(Manuela Karin Knaut)」ランプのアート「The old ladies(Manuela Karin Knaut)」

特に印象深かったのは、ランプを使ったアートでした。薄暗い部屋に入っていくと、使い古されたランプが20以上並び、一つひとつから灯りが漏れています。
近づくと灯りの中からおばあさんの声が聞こえてきます。次のランプからは別のおばあさんの声。耳を寄せないと聞き取れないぐらいのか細い声に、一人ひとりが抱える孤独を感じました。

主催者のザルツマンさん 主催者のザルツマンさん

このアートイベントを主催した写真家のザルツマンさんは、「私たちは尊厳を忘れてしまっていないかと懸念しています。人間性を再発見し、それを守り、互いに助け合う、それが21世紀の最も重要な課題です」と語ります。先日盲目デートというイベントが開催され、視覚障がいのある人と学生たちがペアになって展示を回りました。「見て感じること」と「見ずに感じること」の大切さが双方の間に浮かび上がります。

盲目デートの一コマ盲目デートの一コマ

僕自身も、路上で出会ったロベルトさんとの交遊を綴ったビデオを出品しました。路上で暮らす彼を撮影しながら、僕と彼のそれぞれの居場所について考えました。最後にこのアート展を通じて浮かんだ言葉でこの文章を終えます。「自分の尊厳を損なうことができるのは、自分自身のみです」。

国本隆史(くにもと・たかし)
神戸のコミュニティメディアで働いた後、2012年ドイツへ移住。現在ブラウンシュバイクで、ドキュメンタリーを中心に映像制作。作品に「ヒバクシャとボクの旅」「なぜ僕がドイツ語を学ぶのか」など。三児の父。
takashikunimoto.net
 
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