ノロウイルスとは?
今から40年近く前に、米国の小学校で集団発生した急性胃腸炎の患者の便から見つかりました。小さな球形をしたウイルスで、内部にRNAという遺伝子を1本持っています。感染力の強いウイルスで急性胃腸炎や食中毒を起こしますが、このウイルスを分離したり特定するのは困難で、原因究明や感染経路の特定が難しくなっています。
どんな症状が出ますか
口から入ったノロウイルスは腸の中で増殖し、腹痛、下痢、吐気、嘔吐などの急性胃腸炎を引き起こします。発熱は軽度で、潜伏期間は1~2日間、健康な人は軽症で2~3日で回復します。感染しても発症しない場合(不顕性感染)や軽い風邪のような症状で終わる人もいる一方、お年寄りや乳幼児は脱水症状を起こして重症化することもあります。ウイルス感染そのもので死亡することは少ないものの、吐いた物がのどに詰まったり、誤嚥した吐物が肺に入り肺炎を起こしたりすることもあります(表1)。
表1 ノロウイルス感染(急性胃腸炎)の特徴 | |
・食中毒では生ガキが原因のことが多い ・人から人への感染がある ・潜伏期は1〜2日間 ・主症状は吐き気、おう吐、下痢、腹痛 ・通常は2〜3日で回復 ・乳幼児、お年寄りは脱水症状に注意 ・乳幼児、お年寄りは、吐物をのどに詰めたり、誤嚥物が肺に吐いたりしないよう注意する |
食中毒の原因に?
生ガキなどノロウイルスに汚染された貝類を生、または十分に調理しないで食べた場合には食中毒の原因になります。このように冬に発生するノロウイルスの食中毒は貝類の摂取によるものが多かったのですが、今回日本では、仕出し弁当による感染、高齢者施設、小学校、ホテルなどでの集団発生がみられました。もともと食材がウイルスに汚染されていた場合のほか、感染者が食材に触れたために食材が汚染されたことも原因となっています。食中毒の発生件数をみると、ノロウイルス感染はカンピロバクター感染に次いで多く、患者数をみると原因の第1位となっています。
どのような食材が危険ですか
ノロウイルスによる食中毒の食品別発生件数をみると、全体の20~35%は魚介類です。これらは主にカキなど二枚貝で、実際には冬場の生ガキがほとんどです。このほか、貝を含まない食事でノロウイルス感染が見られる場合は、食材や料理に触れた食品取扱者がノロウイルスに感染していたケースが多いと推測されています。
冬風邪(感染性胃腸炎)もノロウイルスが原因ですか
ノロウイルスは手指や食品を介して経口で感染します。ウイルスは患者の便や吐物に大量に含まれ、それに触れた手から感染するだけではなく、乾燥すると空気中に漂いそれが口に入って感染することもあります。また感染者は症状が無くなっても、ウイルスはしばらくは便中に排泄されるため、知らないうちにウイルスを周囲にうつしている場合があります。ノロウイルスによる冬風邪は例年11月から3月にかけて多発しますが(図1)、昨年末から今年にかけての流行では、人から人への感染が感染者増加の原因になっていると考えられています。
ノロウイルスは新種のウイルスですか
日本では今年の冬に特にノロウイルス感染がクローズアップされていますが、決して突然発生したものではなく、専門家の間では以前から食中毒、冬期の感染性胃腸炎の原因となるウイルスとして知られてきました。図2は、過去6年間に報告されたノロウイルスによる食中毒の数と過去5年間に全国3000の小児医療機関で記録された患者数(全ての患者数ではありません)を示したものですが、食中毒の報告数、患者数ともにその増加の背景には、ノロウイルスに関する知識や検査法の向上も関与しているものと考えられます。
ドイツでは大丈夫ですか
ノロウイルスは世界中に存在すると考えられ、ドイツを含む欧州の各国でも感染の発生が報告されています。冬の旬である生ガキを日本人ほどは食べないため、集団食中毒として大きな問題となる機会は少なかったようで す。しかし昨年12月には日本人が多く住むデュッセルドルフの地元紙Rheinisch Postの1面でも取り上げられたように、今季はドイツでも感染症としてのノロウイルスによる急性胃腸炎が増え、クローズアップされています。
どのような治療法がありますか
ワクチン、抗ウイルス剤も含めて特異的な治療法はまだありません。水分の補給を含めた対症療法が主体となります。乳幼児やお年寄りなどで下痢、嘔吐がひどく脱水が著しい場合には点滴による補液が必要となることもあります。逆に下痢止め(止痢剤)は、体内からのウイルスの排泄を抑えてしまい、病気の回復を遅らせる場合もありますので安易な使用は望ましくありません。
一度感染すると免疫を得ることができますか
確かに一度感染すると免疫は確立されますが、翌年の流行時期までは免疫が維持されないため、また感染する(もしくは食中毒に遭遇する)ことはあり得ます。ノロウイルスは30以上の遺伝子型を持ち、今冬の日本では人から人に感染しやすいG114型が集団感染に関与していたとの報告もあります。
空気感染もあるのですか
ノロウイルスは感染力が非常に強く、接触による感染だけでなく空気感染もあります。昨年12月上旬に都内のあるホテルで、300人以上の客と従業員が急性胃腸炎を発症し当初は食中毒の疑いが持たれましたが、その後の調査で原因は清掃後の廊下に残ったわずかな吐物から漂出したノロウイルスであることが分かりました。時間が経っても、汚染された箇所には感染力を持ったノロウイルスが残っている可能性があります。
感染を防ぐためには?
● 普段から十分な手洗いをする
● 急性胃腸炎が疑われる患者(患児)の吐物やおむつを処理する際にはゴム手袋とマスクを着用する
● 吐物や下痢などの汚物はポリ袋に密閉して捨てる
● 塩素系の漂白剤を用いて消毒する
以上が基本です(表2)。ドアノブを介して感染することもあることを覚えておきましょう。
表2 ノロウィルス感染を防ぐための注意 | |
・十分な手洗いをする ・感染者の吐物やおむつ処理の際は、ゴムかビニールの手袋を着用 ・吐物やおむつはポリ袋に密閉して廃棄 ・汚れた衣服は塩素系の漂白剤を用いて消毒 |
ノロウイルスは食中毒それとも感染症?
最後に冒頭のご質問への答えですが、ノロウイルス感染は汚染された食材に起因する食中毒と、人から人へうつる感染性ウイルス疾患の両面を併せ持っています。通常の食中毒の場合、集団発生後に中毒になった人から感染がさらに広がることは稀ですが、ノロウイルスの場合は起こり得ます。またサルモネラ、腸炎ビブリオなどの食中毒では調理場の衛生状態が発生と密接に関連しますが、ノロウイルスの場合はもともとウイルスを含んだ食品(生ガキなど)を食したり、調理人がウイルスに感染、もしくは同人の手にウイルスが付着していることが原因となります。そういった意味でノロウイルスは、「人から人に感染する可能性のある食中毒」と総括できるかもしれません。