56歳の男性です。最近トイレが近くなり、夜中に起きることもあります。尿意を催すと長時間の我慢ができず困っています。朝起きてトイレに行っても尿が少しずつしか出ず、時間がかかるようになりました。前立腺の検査を受けた方が良いでしょうか?
Point
- 前立腺が肥大して尿道を圧迫
- メタボリック症候群も関係
- 排尿障害と蓄尿障害を生じる
- α1遮断薬が第一選択の治療薬
- 侵襲の少ない新しい手術法も
前立腺について
●名前の由来は?
前立腺は、「膀胱の前に存在する」という意味の医学用語(ラテン語のプロスタータ、オランダ語のホール・スタンデルス)から邦訳された言葉です(2012年2月号の日本の医学誌「泌尿器外科」)。かつては「摂護腺(せつごせん)」と呼ばれていました。
●前立腺と尿道の位置関係
前立腺(Prostata)は膀胱のすぐ下側にあるクリほどの大きさの臓器で、尿道の根本を取り囲んでいます。
●前立腺の役割
精液の3分の1を占める前立腺液を分泌します。前立腺液に含まれる蛋白分解酵素が精子の周りの蛋白質を溶かし、精子を活性化させます。前立腺は発生から成長まで男性ホルモンに依存しています。
前立腺肥大とは?
●加齢とともに肥大
正常では約20mlの容積の前立腺は、40〜50代頃から加齢とともに肥大してきます。肥大するのは主に尿道周囲にある「移行領域」と呼ばれる部分です。
●尿路系で起こる変化
前立腺が肥大して尿道を圧迫し排尿を障害します。また前立腺の平滑筋が収縮する方向に作用する交感神経系のα1受容体が増加し、一酸化窒素(NO)が減少するため、機能的にも排尿を障害します。
●PSA値の上昇も
前立腺肥大症では組織の増殖に伴い、前立腺がんのマーカーである血中PSA値が上昇することがあります。PSA値が高くなった場合は、念のため一度泌尿器科(Urologie)で診てもらうようにしましょう。
頻度とリスク因子●前立腺肥大の頻度
組織学的な前立腺の変化は30代から始まります。年齢とともに有病率は増え、80歳以上ではほぼ全男性にみられるとまでいわれています。ドイツでの報告によると、60歳以上の男性の約半数、80歳以上の男性の90%に前立腺肥大症の症状がみられています(2007年のロベルト・コッホ研究所の報告)。
●肥大を促すリスク因子
加齢に伴う男性ホルモンの変化が関わっています(日本泌尿器科学会)。肥満、高血圧、高血糖、脂質異常症など(2015年のBJU Int誌)のメタボリック症候群や食生活との関連も指摘されています。遺伝的素因も推測されていますが、詳細は明らかではありません。
下部尿路症状
●排尿の症状
前立腺肥大により尿道が細くなるため、尿勢の低下、尿腺途絶(尿が途中でいったん止まる)などの症状がみられます。
●蓄尿の症状
昼間の頻尿(Pollakisurie)、夜間睡眠の途中でトイレに行く(夜間頻尿、Nykturie)、尿意を催したらすぐにトイレに行かないと我慢できない(尿意切迫感、imperativer Harndrang、Urgeinkontinez)、などの症状がみられます。
●排尿後の症状
排尿した後もすっきりしなかったり(残尿感がある)、少し待つと実際に排尿したりします。また排尿後に動くと尿の滴下があり、下着が汚れるといったこともよく聞かれます。
●ドイツでの疾患名
前立腺肥大(Prostatavergrößerung)は、組織学的な表現である「BPH」(benigne Prostatahyperplasie) 、あるいはその症状に重きを置いた「BHS」(benignes Prostatasyndrom)と呼ばれています。
治療薬はある?
●α1遮断薬(α1ブロッカー、α1-Rezeptorenblocker)
前立腺肥大症に対して最も多く使われている治療薬です。α遮断薬(Tamsulosinなど)は前立腺を弛しかん緩させて尿道への圧迫を改善します。起立性低血圧、めまい、低血圧などが主な副作用です。白内障手術を受けるときは、必ず眼科医に服用していることを告げてください。
●ホスホジエステラーゼ5阻害薬
(PDE5阻害薬、PED-5-Hemmer)
ED治療薬でもあるPDE5阻害薬(Tadalafilの少量投与など)は膀胱、尿道、前立腺の平滑筋を弛緩させることにより前立腺肥大に伴う下部尿路症状を改善します。●5α還元酵素阻害薬(5-alpha-Reduktase-Hemmer)
テストステロン作用を抑えることにより、前立腺を小さくして症状を改善します(例えばフィナステリド、Finasterid)。男性ホルモン作用が弱くなるため、性機能障害や女性化乳房などの副作用がみられることがあります。フィナステリドは脱毛症治療薬としても用いられています。
●植物製剤(Phytotherapeutikum、Pflanzenmittel)
ドイツでは前立腺肥大症の初期の軽症患者に対して、ノコギリヤシやイラクサの抽出物が入った植物製剤(Prostagutt®など)が用いられることがあります。安全性は高いものの治療効果に関しては必ずしも明らかではありません(2012年のコクランのシステミックレビュー、米国NIHの解説)。
手術が必要な場合
薬物療法の効果が不十分で、中等度以上の症状が続き、以下のような状態の場合には、非薬物療法の適応を考えます。
❶ 溢流性尿失禁(いつりゅうせい)(Überlaufinkontinenz)
自身での排尿がうまくいかないにもかかわらず、尿が少しずつ漏れ出てくるタイプの失禁で、前立腺肥大が原因のことも少なくありません。
❷ 尿閉を繰り返す(wiederholte Harnverhaltung)
膀胱が収縮しても膀胱に溜まった尿を排泄できない状態です。肥大した前立腺が膀胱の出口部分や尿道をふさいでしまうことによって起こります。ほかの治療薬(例えば、総合感冒薬)が誘引となることもあります。
❸ 膀胱結石(Balsenstein)の併発
前立腺肥大症に伴う膀胱結石は残尿が原因とされているため、結石摘出と一緒に前立腺手術を行います(日本泌尿器科学会のガイドライン)。
❹ 尿路感染を繰り返す(Rezidivierende Harnwegsinfekte)
前立腺肥大による残尿が多いために細菌が増えやすくなり、尿路感染症を繰り返すと考えられています(日本泌尿器科学会のガイドライン)。
❺ 残尿(Restharn)が多い
自身が完全に排尿したと思っても残尿が100ml以上認められる場合には手術を検討します。
❻ 頻尿・夜間尿(Nykturie)による睡眠障害
尿の回数が著しく増え日常生活に影響を与えるような場合は、手術療法の「相対的適応」になることがあります。s
最近の手術方法
前立腺の組織を切除したり蒸散させたりする術式、組織を熱凝固や変性させる方法があります。
●経尿道的前立腺切開術(TUR-P)
現在までの標準的な術式です。尿道から入れた内視鏡にて肥大した前立腺を内側からカンナで削るように少しずつ切除する方法です。
●ホルミウムレーザー前立腺喀出術(HoLEP)
尿道から内視鏡を入れ、レーザーを照射しながら前立腺の内腺の部分を塊としてくり抜きます。侵襲が少なく、入院期間もTUR-P法より短く、大きな前立腺肥大に対しても少ない出血で済むというメリットがあり、最近広まりつつある術法です。
●経尿道的水蒸気治療(Wasserdampfablation)
尿道側から前立腺内に滅菌水蒸気を噴射し、熱エネルギーによって細胞死を起こさせる技術です。長期的効果はこれから明らかになっていくと考えられます。