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いわゆる 「慢性上咽頭炎」について

日本の知人から「慢性上咽頭(じょういんとう)炎」という病気のことを聞きました。インターネット上では新型コロナウイルス感染症の後遺症との関連も話題になっていますが、ドイツの家庭医や耳鼻科に尋ねても分からないといわれます。どのような病気なのか、また治療法についても教えてください。

Point

  • 鼻の奥の突き当たりの部分が上咽頭
  • 約70年前に日本で提唱された疾患概念
  • 上咽頭の病巣が体調に影響
  • Bスポット療法(EAT)が治療法
  • 病名、治療法とも国際的認知はほとんどない
  • 鼻うがいも予防、治療に有効とされる

上咽頭について

上咽頭の部位

鼻の奥の突き当たりの部分で、鼻の穴がのどと合流する部分が上咽頭(Epipharinx)です。そこからのどの奥までの全体部分が咽頭(Pharinx)と呼ばれます。

上咽頭の部位 上咽頭の部位

上咽頭での感染防御

鼻呼吸の通り道にある上咽頭には、リンパ組織の咽頭扁桃(へんとう)(Pharynxtonsile、肥大したものがアデノイド)があり、鼻からの感染を防ぐ免疫に関与しています。また咽頭粘膜に捕捉された異物は、粘膜表面の線毛の運動により体外に排除されるため、物理的バリア機能も担っています。

急性の咽頭炎(akute Pharyngitis)

咽頭は鼻や口を通して外とじかに接するため、感染を起こしやすいところです(日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会)。過労や寝不足による免疫機能の低下、気温の低下などが誘引となります。

いわゆる「慢性上咽頭炎」とは?

教科書やWHO国際疾病分類にはない病名

「慢性上咽頭炎」という疾患名は、日本の耳鼻咽喉科学の教科書には見当たりません。分類項目数が約1万8000もあるWHOの死亡・疾病統計に用いられた2019年改定の「国際疾病分類」(ICD-11)にも、疾患項目として挙げられていません。

医学界の見方

「慢性上咽頭炎」の概念と治療法は、日本の耳鼻咽喉科の専門家の間でも見解に差がみられます(日本口腔・咽頭科学会内の委員会で検討中)。ドイツを含め国際的にはほとんど知られていません。

昔からある「慢性上咽頭炎」の概念

実は70年近く前から

「慢性上咽頭炎」の概念は、大阪医大の山崎春三教授の「鼻咽頭炎症候群」の発表があった1942年にまでさかのぼります。1956年には東京医学歯学専門学校(現東京医科歯科大学)の堀口申作教授が「鼻咽腔(びいんくう)炎の現す諸症状」を発表、1966年に後にBスポット療法と呼ばれる上咽頭擦過(さっか)療法(Bスポット療法、EAT、後述)を報告しました(日耳鼻誌)。短期間であまりにも多くの病状や症状を著明に改善したとの報告は、当時懐疑的にも受けとめられました。

いわゆる「慢性上咽頭炎」の最近の考え方

慢性的な上咽頭の炎症

鼻や口を通して炎症を生じやすい部位で、病的炎症に至らなくとも生理的炎症や軽度の病的炎症が繰り返され、局所のうっ血などが続く状態をいわゆる「慢性上咽頭炎」としています。

関係するとされている症状

①上咽頭の炎症による症状(のどの違和感など)、②咽頭の知覚に携わる三叉(さんさ)神経、舌咽(ぜついん)神経、迷走神経の支配する領域への放散痛(肩こりなど)、③副交換神経である迷走神経を介する自律神経症状(めまいなど)、④持続的な炎症が病巣となり免疫機能を介して起こる二次疾患(IgA腎症など)(病巣感染、後述)が「慢性上咽頭炎」の疾患概念です。

「慢性上咽頭炎」の疑いのチェック

のどの違和感があり、耳下の首の横の筋肉(胸鎖乳突筋)を押して痛みがあれば、「慢性上咽頭炎」の疑いの可能性があるとされています。

全身疾患と関連

腎疾患(IgA腎症)

腎臓内科医の堀田修先生(堀田修クリニック)は、IgA腎症(免疫グロブリンの沈着が関係する慢性腎臓病の一つ)が「扁桃腺摘出とステロイドのパルス療法の併用」で予後が改善すること(2001年のAm J Kid Dis誌)、さらに少数例の検討ながら上咽頭擦過療法を加えることでIgA腎症の進展をより抑えられることを報告しました(2019年のAutoimm Rev誌、2022年のSch JOto誌)。

コロナ感染後の易疲労感

コロナ後遺症にみられる易疲労感が週1回、1カ月間の上咽頭擦過療法で改善したとの報告(2021年の日本医事新報誌のオピニオン欄、2022年のVirsuses誌)があり、インターネット上で注目を浴びました(2021年のKyodo News など)。

関係あるかもしれないという病態

前述の堀田先生は慢性の上咽頭の炎症が自己免疫性疾患(2017年のJ Antivir Antiretrovir誌)、慢性疲労性症候群(2018年のJ Tr ansl Sci誌)、子宮(けい)がんワクチン後遺症(2017のImmunol Res誌)にも関係するのではないかとの説を提唱しています。

上咽頭擦過療法(Bスポット療法、EAT)

Bスポット療法(EAT)

上咽頭に0.5~1%の塩化亜鉛(Zinkchlorid)を擦りながら塗る治療法です。Bスポット療法の「B」は鼻咽腔をローマ字読みした「Biinku」の頭文字から、EATは上咽頭擦過療法(Epipharinx Abrasive Therapy)の頭文字で、Bスポット療法と同義です。最近は経鼻内視鏡(Endoskopie)を用い、炎症部位を目で確認しながらの治療もあります(E- EAT)。

Bスポット療法(EAT) Bスポット療法(EAT)

治療の実際

綿棒に染み込ませた塩化亜鉛の溶液を鼻からと口から、上咽頭の後壁に強く擦って塗りつけます。上咽頭を擦ったときの痛みが強く出血が多いほど、炎症が強いと判断されます。何回か繰り返すごとに炎症が軽減して出血も痛みも軽くなるとされています。

効果について

東京の大野芳裕先生(大野耳鼻咽喉科)は、「慢性上咽頭炎」患者を92名を対象に検討、上咽頭擦過により局所所見の改善率は73%、主訴となった症状のアンケートでの改善率は88%と報告しています(2021年の口咽科誌)。さらなる客観的な臨床評価が望まれます。

安全性は?

積極的な安全性の臨床評価はされていません。嗅覚障害を避けるために鼻腔の天井部分に近い部分への擦過塗布は避けるべきとされています(日本病巣疾患研究会)。

推定される効果

①塩化亜鉛の抗炎症作用による炎症の沈静化、②うっ血部位からの出血による局所循環の改善、③上咽頭を擦ることによる迷走神経の刺激、などです。 さらに上咽頭の炎症を抑えることにより、自己免疫性の二次疾患にも効果があると推測されています(2017年のJAntivir Antiretrovir誌)。

Q&A

病巣感染(Fokalinfektion)とは?

体のどこかに慢性の炎症(扁桃腺炎、副鼻腔炎、胆嚢(たんのう)炎、虫歯など)があり、それ自体の症状は軽いものの、これが原因で体のほかの疾患を生じることをいいます。

ドイツでもBスポット療法(EAT)を受けられる?

「慢性上咽頭炎」の病名もBスポット療法(EAT)も、必ずしも国際的に受け入れられたものではありません。施行は日本国内の限られた医療機関のみといえます。

「鼻うがい」も有効

Bスポット療法を積極的に進める日本病巣研究会では「慢性上咽頭炎」の予防、治療のための1日2回の「鼻うがい」(Nasenspühlung)を勧めています。ドイツでは簡便な鼻うがい器を薬局(Apotheke)で購入できます(EMSER® Nasenduscheなど)。

治療法に関しての日本口腔・咽頭科学会の判断が待たれます。

 
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馬場恒春 内科医師、医学博士、元福島医大助教授。 ザビーネ夫人がノイゲバウア馬場内科クリニックを開設 (Oststraße 51, Tel. 0211-383756)、著者は同分院 (Prinzenallee 19) で診療。

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