最近、知人に元気がなく表情が暗くなりました。涙もろく、自分を責めてばかりいます。パートナーは出張で不在が多く、一人で子育てと家事を頑張っているのですが、つらいと話すことも……。このままで大丈夫かと心配しています。
Point
- 大きなストレスをきっかけに発症
- 決してまれな病気ではありません
- 女性の有病率は男性の2倍以上
- 本人はとてもつらい思いを
- 十分な休養と薬によって改善します
- 自殺予防の配慮が大切です
うつ病の有病率
● 日本では
日本のうつ病(Depression)の生涯有病率は6.6%、一生のうちに15人に1人がうつ病を経験することになります(2016年の精神疾患の有病率等に関する大規模疫学研究の総合研究報告書)。
● ドイツでは
ドイツでのうつ病の生涯有病率は19%と日本の3倍近くです(2010年のRKI報告書[Heft 51]、2013年のGesundheitsschuzt誌、2014年のNervenarzt誌)。この差は、専門医での相談・受診のしやすさ、疾患に対する社会的理解も関係していると推測されます。
● 女性は男性の約2倍以上
日本もドイツも女性のうつ病の生涯有病率は、男性の2倍以上です(前述の2016年の報告書、2014年のNervenarzt誌)。月経前症候群(PMS)、出産後のマタニティブルーや産後うつ、更年期うつにみられるように、女性のうつ病にはホルモンバランスの変化が関係しています(2010年の「うつ病診療の要点 -10」)。さらに育児に伴う多忙と睡眠不足、女性の家での役割分担や社会的立場も影響していると考えられます。
うつ病の発症年齢
● 日本では中高年層での発症も
欧米では初発年齢は20代が多く次いで30代となっています。一方、日本では40歳以上の中高年者の発症も多く、特に女性は40~50歳代と60~70歳代でピークがみられます(厚労省の令和2年度患者調査)。
● 子どものSOSサイン
子どもが抑うつ気分を口にすることは少なく、学校に行くのがつらい、イライラする、頭痛や腹痛などを訴えることがあります。大人の症状と異なるため、見逃されている場合もあることが指摘されています(2010年の「うつ病診療の要点 -10」)。
● 高齢者のうつ病
老化に伴う体や体力の衰え、親しい人との死別、社会と関わる機会の減少、脳卒中などの病気が背景として関わってきます。認知症との鑑別も必要です。うつ病では短期間に症状が現れ自責の念が強いのに対し、一般的に認知症の進行は緩徐で自責感を伴いません。
うつ病についてもっと詳しく
● 気分の浮沈みと抑うつ
天気の気持ち良い日、試験に合格したり宝くじに当たったりしたときは気分が高揚し、財布を落としたり、失恋したりするなどして気分が落ち込むのは正常な反応です。一方、長期間にわたり意気消沈し悲嘆が続くうつ病は「気分障害」(affektive Störungen、米国のDSM-4分類)、あるいは「抑うつ障害」(depressive Störungen、現在のDSM-5分類)という病的な障害の一つとして捉えられています。
● うつ病の背景
強い精神的ストレス(Stress)、身体的ストレスが背景となり、脳がうまく働かなくなっている状態ともいえます(厚労省の「みんなのメンタルヘルス」)。このストレスに対する強弱は人によって違います。ストレスにより脳内の神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど)の調節が乱れて生じると考えられています。
● 海外生活とストレス
言葉や文化の異なる海外生活自体がストレスになり、さらに多忙な仕事や家事などのが大きな負担となるため、海外で心を病む人は決して少なくありません(鈴木満『異国でこころを病んだとき』弘文堂)。
● 心の症状、身体の症状
うつ病は精神的な症状と身体的な症状がみられる全身の病気です。気持ちが落ち込み、疲れやすく、物事を悪い方にばかり考えてしまいます。
● 大切な命
うつ病が原因で自ら命を落とす人は少なくありません(厚労省の自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム報告、2002年のWorld Psychiatry誌)。日本の自殺(Serbstmord)は男性が多く(全体の3分の2[66.7%])、健康問題が原因の約3分の2(67.3%)を占めます(厚労省の「令和2年における自殺の状況」)。
うつ状態に気付く
● 原因不明の体調不良、不眠
内科の検査で異常が見つからなくとも、体調不良や不眠(Schlaflosigkeit、Sclafstörung)が2週間以上続く場合には、うつ病のサインの可能性も考えてみましょう。うつ状態の有無と程度の把握には、アンケート形式で答える「ベックうつ病自己評価尺度」(Beck Depression Iventar[BDI])などが有用です。
● 周囲が気付く
元々はしっかりした人が、最近は元気がなく1日中落ち込んで表情が暗かったり、何にも手がつかず反応が遅く、自信をなくしていたりする場合、本人は苦しんでいるのかもしれません。いたずらに励まさず、優しく支えてあげるようにしましょう。
● まずは相談してみましょう
うつ病は決してまれな病気でも、恥ずかしいからと隠す病気でもありません。言語の問題から敷居が高いと感じるかもしれませんが、掛かりつけ医(Hausarzt/-ärtzin)から専門医を紹介してもらったり、日本語通訳に助力を求めたりすることもできます。ドイツの各地には日本人が診察する医療機関や心の相談をする臨床心理士もいます( このメールアドレスは、スパムロボットから保護されています。アドレスを確認するにはJavaScriptを有効にしてください )。
うつ病の治療
● うつ病の治療
①苦しみを軽減、②発症前の社会的・職業的機能の回復、③再発の予防、④自殺を防ぐことです(2010年の「うつ病診療の要点 -10」)。特に①と④が大切です。
● 心身の休養が大切
ストレスの原因から離れて、心と体を十分に休めることが基本です。仕事に戻らなければ、学校に行かなければ、家事をしなければ、と同じストレスを持ち続けることは好ましくありません。
● 家族、同僚の関わり方
早く元気にという気持ちは本人も周囲も同じです。治療で良くなる病気と理解して、優しく見守りましょう。一番苦しいのは患者本人ですから、むやみに諭したり叱咤激励したりせず、できるだけ休養を取れるように協力してください。無理に旅行、食事、買い物に誘わない配慮も大切です(2010年の「うつ病診療の要点 -10」)。
● 抗うつ薬による治療
抗うつ薬(SSRIやSNRIなど)が用いられます。効果がみられるのに1週間~2カ月はかかりますが、軽・中等症では約70%に効果がみられます(2010年の「うつ病診療の要点 -10」)。症状に応じて抗不安薬、睡眠導入薬も併用されます。
● 心理療法(精神療法)
心理療法は患者に安心感と安定感を与えてくれます。問題に遭ったときの捉え方の歪みに気づき、ポジティブな思考に導く「認知行動療法」はうつ病治療にも再発防止にも有効とされています。
● 自殺回避のため
苦しさから逃れるために死んだ方が楽だと自殺を望むような場合(希死念慮)には、様子をみることなく専門医の助力を仰ぎます。ドイツの自殺防止ホットライン「TelefonSeelsorge®」は0800-1110111または0800-1110222、そのほか日本語で相談できる「いのちの電話(有料で+81-3-6634-7830)」や「海外 こころのヘルプデスク24時」もあります。
こんなときは、どうしたら?
● 職場に知られたくない
ドイツでは医師の守秘義務は徹底していますので、本人の了解なしに病名や治療内容を第三者である勤務先に知らせることはありません。また相談が自己負担の場合は、保険会社に請求が行くこともありません。
● 家族のストレスにも配慮
ドイツに暮らす家族(特に主婦)にもストレスがあります。夫の出張不在が多いなか、一人で育児や家事をこなすのは容易ではありません。パートナーが思い悩んでいるときに「仕事だから仕方がない」「我慢しろ」「仕事で忙しい」と切り捨てるのは、理解に欠けた対応です。