人の睡眠時間はどのぐらい?
私達は1日のうち7~8時間は眠っています。実に一生の1/3は眠っていることになります。しかしそれには個人差があり、8時間以上の睡眠が必要な人もいれば5~6時間で充分な人もいます。一般に体の新陳代謝が盛んな時ほど長い睡眠時間を必要とします(例えば乳幼児、子ども)。しかし大人の場合でも、1週間眠り、その後2週間続けて起きているというわけにはいきません。なぜ毎日、ほぼ規則的な睡眠が必要なのでしょうか。
睡眠は大脳の休息です
睡眠は肉体と精神のリフレッシュのほかに大切な働きがあります。それは大脳の休息です。大脳は私たちが思考する時だけでなく、筋肉を使って体を動かす時にも絶えず指令塔としての仕事をしています。この司令塔を休め、必要な修復を行うのが睡眠です。睡眠時は覚醒時とは違っ た脳波が現れ、それは睡眠の深さによっても変化します(表1)。
表1 睡眠障害のタイプ | ||
入眠障害 | なかなか眠れない。入眠に30分以上を要する。 | 神経症性不眠に多い。音や光による外的刺激、習慣性のものがある。コーヒー・お茶も原因となる。 |
早朝覚醒 | 朝5時前に目が覚め、以後眠れない。 | 高齢者の睡眠障害に多い。過度の心労、うつ状態などでみられる。 |
中途覚醒 | 夜間に2回以上目が覚め、その後の入眠が困難。 | 上記の早朝覚醒例に加え、前立腺肥大、心不全などによる夜尿症、アトピー皮膚炎のかゆみも原因となる。 |
熟眠感の欠如 | 実際の睡眠時間と関係なくぐっすり眠った感じがしない。 | 睡眠時無呼吸症候群、アルコール連用者など。 |
記憶、免疫、子どもの成長に必要
睡眠中には神経や体細胞の修復、再生が活発に行われます。日中の記憶を固定したり、免疫細胞の活動も活発になり人を病気から守る免疫系の強化が行われます。子どもの体の成長に欠かせない成長ホルモンの分泌も睡眠中に盛んに行われます。「寝る子は良く育つ」というのは本当なのです。
睡眠のための体内時計と日照時間
私達は夜になると自然に眠くなります。朝は目覚まし時計がなくても目が覚めます。これは体内時計が毎日の睡眠と覚醒のスイッチを切り替えているからです。この体内時計には夜間に脳の松果体から分泌される「メラトニン」というホルモンが大切な働きをしています。「光」は正反対の働きをします。5~7月のドイツは日照時間がとても長いため、日本から着任早々の方々の体内時計に少なからず影響を与えます。
不眠とは
良質な睡眠は睡眠時間の長さだけではなく、すぐ眠れる、ぐっすり眠れる、すっきり目覚める、目覚めたときにぐっすり眠れたという充足感があるかどうかが関係してきます。これらに障害がみられる場合には睡眠障害もしくは不眠として自覚されます。一方、何らかの理由で就寝が遅かった、仕事で早く起きたなどのときは単に「寝不足」と言われます。
5人に1人が不眠症?
日本人男性の15~20%、女性では19~24%が不眠や目覚めがすっきりしないなど眠りの問題を抱えています(国立保健医療科学院の全国調査、1997年)。原因は仕事による多忙、深夜のテレビやインターネット、ストレス、騒音など様々です。最近は大人だけではなく子どもの睡眠障害も問題となってきています。
睡眠不足が続くとどうなる?
睡眠不足(寝不足)は体と脳の両方の機能に影響します。肌が荒れてくるだけでなく、病気に対する抵抗力が低下し風邪などを引き易くなります。またイライラ感、思考力の低下、咄嗟の判断力の低下を生じます。記憶の固定にも影響が出てきます。徹夜で一夜漬けの勉強をしてもすぐ忘れてしまうのはこのためです。
不眠症 4つのタイプ
不眠は大きく4つのタイプに分けることができます。寝入るまでに30分以上を要する場合を「入眠障害」、逆に朝早く目が覚めてしまう場合 を「早朝覚醒」といいます。夜中に何度も目が覚めるのは「中途覚醒」 です。時間的には十分に眠っているのに熟睡感に欠ける「塾眠感の欠如」 もあります(表1)。原因から見ると、環境に起因するものからストレス、 病気によるものまで様々で(表2)、各々その対処法が異なってきます。
表2 不眠の要因と背景 | |
環境因子によるもの | 騒音、気温・湿度、明るさ、時差 |
無呼吸による浅眠、薬物などによるもの | 睡眠時無呼吸症候群 アルコール・紅茶・緑茶・コーラ アルコールの飲み過ぎ 睡眠薬の常用 |
ストレス・精神的因子からのもの | ストレス 神経症 うつ病など |
身体疾患からのもの | 前立腺肥大による夜間尿 アトピーによるかゆみ 気管支炎や喘息による咳 腰痛、神経痛など |
一過性不眠と長期不眠症
1~3晩程度の一過性不眠は誰にでも見られます。手術や試験の前、時差による影響、早朝の飛行機にも関わらず緊張して寝入れないなど短期間に改善する場合です。一方、ストレス、職場での出来事、親しい人との死別、失業などによる2~3週間の不眠を短期不眠といいます。1カ月以上にわたる長期不眠は、主に加齢、神経症やうつ状態、飲酒が関わっていることが多いとされています。
時差による睡眠障害
時差症候群(時差ボケ)はタイムゾーンをまたぐ飛行機旅行で体内時計がまだ前の時間帯で動いているために生じます。実際には単に時差だけではなく、移動時の振動、身体的疲労、機内での姿勢、旅行のストレス、食事の内容と摂取時間の違いなど、様々な因子が関係します。新しい時間帯への適応に2日あれば大丈夫な人もいれば、2週間近く体調が回復しない人もいます。
お年寄りの睡眠障害
加齢とともに睡眠障害が増加しています。高齢者では夜中に目が覚める、その後なかなか寝付けない(再入眠の障害)、睡眠時間が短くなる、などが共通の問題点として指摘されています。老年期の不安感や心配事、生理機能の老化、生体リズムの調節機能の変化など心理的ストレスに身 体生理機能の変化が関与しています。睡眠剤により健忘や脱力などの副 作用が出やすことも留意が必要です。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)
最近、肥満や生活習慣病(もしくはメタボリック症候群)と睡眠時無呼吸症候群(SAS)の関係が注目されています。SASの2大症状は夜間のいびきと昼間の眠気です。肥満により鼻から肺への通路である気道がふさがり、眠っている間に一時的に短期間呼吸が止まってしまうものです(表3)。眠りが浅くなるため、昼間の居眠りや自動車運転中の居眠りにつながることもあります。ちなみに京極夏彦氏の最近の小説には、 江戸時代の桃山人の肥満といびきの絵物語(寝肥)から題材を得た作品 があります。
表3 睡眠時無呼吸症候群とは | ||
● 肥満者、高齢者に多い ● 日中の眠気あり ● 1時間に5回以上(もしくは1晩に31回以上)の無呼吸期がある ● 無呼吸期は10秒以上続く ● 本人は無呼吸に気づいていないことがほとんど ● 睡眠薬は無呼吸を悪化させる ● 高血圧や耐糖能異常との関係も指摘されている |
睡眠相のずれによる不眠
時差や夜間勤務の影響がないにもかかわらず、睡眠相がずれて不眠になる人がいます。早い時間に前進する場合を睡眠相前進症候群、慢性的に遅れた時間に固定されている場合を睡眠相遅延症候群と呼んでいます。後者は朝の起床が困難となるため、定刻での仕事が要求されるような社会生活では障害が出てきます。また、通常の環境において約「25時間」の睡眠・覚醒リズムの周期を示す人もいます。毎日約1時間ずつ入眠時間がずれていきますので、数日後には昼間は眠くてしょうがない状態に陥ります。これを非24時間睡眠覚醒リズム症候群と呼んでいます。
アルコール連用と睡眠障害
アルコールを飲むと心身ともにリラックスし、そのまま眠くなります。ナイトキャップ(寝酒)はその効果を期待したものです。他方、アルコールの量が次第に増してくると耐性ができ、寝付きが良くなるどころかそれ自体が睡眠の質を悪化させることになります(中途覚醒や熟眠感の欠如)。アルコール依存症には必ずと言っていいほど不眠が認められます。
午後の紅茶、ディナー後のエスプレッソ
朝にはまず目覚めのコーヒー、ディナーの後にはエスプレッソ、という方は多いでしょう。しかし、人により午後のたった1杯の紅茶やコーヒーが入眠の妨げになることがあります。緑茶、コーラ、チョコレートにもカフェインが含まれ、同様の覚醒(目を覚ましている)作用があります。その効果は意外と長く続きます。夜寝付きが悪い方は、午後に一杯でもコーヒーやお茶を飲んでいないか、思い起こしてみてください。
花粉症の薬で眠くなるのはなぜ?
私達の脳では、ヒスタミンという神経伝達物質が覚醒状態に関わっています。そのため花粉症、鼻炎アレルギー、風邪などの治療に抗ヒスタミン剤を用いると、覚醒状態を保つ機能が抑えられるため眠くなります。抗ヒスタミン剤服用中の車の運転が危険だと言われるのもこのためです。最近は覚醒への影響が少ない薬もありますが、抗ヒスタミン剤は現在でも不眠症の治療に用いられることがあります。
電車での快眠は子守唄効果?
私たちは多少の動きや音があった方が眠れる場合があります。赤ちゃんの揺りかごや寝る前、子どもにお話を聞かせるのは良い例です。大人でも、単調な内容の授業や会議では、それが子守唄のような睡魔を誘うことがあります。特に昼食後は食べた物の消化活動のために血流が胃により分布するために眠気が増幅されます。寝付きが悪い人でも、多少照明を残し、テレビを付けておいた方が眠れることもあります。後者は語呂合わせで「Fernschlafen(?)」と呼ばれることもあるようです。
メラトニンや光の効果
日本ではまだ薬として認可されていませんが、よく紹介される薬に前述のメラトニンというホルモン剤があります。メラトニンは体内の生物時計の位相を変化させるため、特に時差による不眠の予防・治療や睡眠相のズレに有効とされています。体内時計の調整には、夜間や朝または起床直後の高照度光療法(1時間に2,500ルクス以上)、早朝からの太陽光への暴露の調整により睡眠相のズレや早朝覚醒も試みられています。明るくなると自然に目が覚めたり、遮光カーテンを用いたため寝過ごしたなどの経験は誰にでもあるかと思います。
睡眠導入剤と睡眠薬の使用について
先の国立保健医療科学院の全国調査で、日本の男性の3.5%、女性の5.4%の人が睡眠薬を常用していることが分かりました。睡眠薬は私たちの精神、運動を司る中枢神経に直接作用するので安易な使用は禁物です。医師の処方にて上手に使うと、睡眠時間の延長や中途覚醒が減少するなどの効果があり睡眠相を正常化させるのに役立ちますが、連用すると効果が減弱したり(耐性)、服用を止めると逆に眠れなくなる(反跳現象、離脱症状)ことがあります。また、睡眠薬による睡眠は正常の睡眠とは質的に異なることも指摘されています。いずれにしても、個々の不眠のタイプと原因に適した対応が肝要です。担当の先生に相談し、睡眠薬を持ちいる際は目的、服用期間、その副作用についてアドバイスを受けるようにしましょう(表4)。
表4 睡眠薬と抗不安薬 | ||
対象 | 留意点 | |
超短時間作用型睡眠薬 短時間作用型睡眠薬 |
入眠が困難な場合 夜間覚醒時の使用 |
依存性がつきやすい 離脱症状が出やすい 健忘の副作用 早朝覚醒の可能性あり |
中時間作用型睡眠薬 | 中途覚醒、早期覚醒 | 日中への持越効果あり |
抗不安薬 | 発作性の症状に対して 予防的に |
依存性がつきやすい 離脱症状が出やすい |
表5 良好な睡眠のための工夫 | ||
● 規則正しい就寝時間 ● 遅くとも夜中12時前にベッドに入る ● 昼食以降はコーヒー、紅茶、緑茶を控える ● 決して眠ろうとは思わない ● 午後から夕方にかけて運動・散歩をする ● アルコールは少量に(毎日飲むのは控える) ● 就寝の1〜2時間前に入浴または温シャワー ● 朝日に当たる ● 寝室の明るさを工夫する(人により違う) ● 小音でのラジオなどのつけっぱなしが効果的な人もいる ● ブランドや評判でなく、自分の体にあった寝具を選ぶ |