最近、新型コロナウイルスについての報道を見聞きします。中東への出張もあり、詳しいことが分からず心配です。どのような病気なのでしょうか。
Point
- 中東を中心に発症している新しいウイルス疾患。
- 中東呼吸器症候群(MERS)という名称で呼ばれます。
- MERS(マーズ)コロナウイルスの感染によって発症します。
- 今年6月中旬までに64人が感染、38人が死亡しています
- 密接な接触を介して、人から人へも感染します。
- 今のところ、感染源・治療法は不明で、予防ワクチンもありません。
未知の新型ウィルスによる発症
2012年7月、サウジアラビアで60歳の患者が呼吸器症状を引き起こして入院、集中治療室で治療を受けたものの、約10日後に亡くなりました。一方、同年7〜8月にサウジアラビアに滞在した49歳の患者も9月に呼吸器症状を訴えカタールの病院に入院、その後ロンドンへ搬送されました。その後の調べで、両者から遺伝子配列がほぼ同じ新型コロナウイルス(略してnCoV)が検出されました。
新型ウィルスの名称
2世界的な驚異となることも懸念されるこのウイルスによる感染症を、中東呼吸器症候群(Middle East Respiratory Syndrome、MERS)、原因の新型コロナウイルスを「MERSコロナウイルス」と呼ぶことが、2013年5月に決まりました。それに伴い、日本の厚生労働省も5月27日、同ウイルスの呼称を「マーズコロナウイルス」と発表しました。
国 | 患者数 (死亡者数) |
---|---|
サウジアラビア | 49 (32) |
イギリス | 3 (2) |
イタリア | 3 (0) |
ヨルダン | 2 (2) |
フランス | 2 (1) |
カタール | 2 (0) |
チュニジア | 2 (0) |
アラブ首長国連邦 | 1 (1) |
ドイツ | 2 (0) |
合計 | 64 (38) |
米国CDCおよびWHOの資料を参考
感染者の数は?
2昨年9月以来、2012年6月までにMERSコロナウイルスの感染が確認されたのは世界で58人。このうちすでに38人が亡くなっています(6月17日付の米国CDC、6月17日付のWHOの報告書)。
ドイツでは2人が中東呼吸器症候群(MERS)と診断されています。ロベルト・コッホ研究所によると、1人はカタール人で、2012年10月にカタールの病院からドイツの呼吸器専門病院へ搬送され、その後回復しています。もう1人はアラブ首長国連邦(UAE)の73歳の男性で、3月19日にアブダビの病院からミュンヘンへ緊急搬送され、同月26日に死亡しました。いずれの患者もドイツ国内での発症ではありません。
コロナウィルスとは?
ウイルスの表面に太陽のコロナのように突起があることから「コロナ」ウイルス(Coronavirus)と名付けられています。コロナウイルス(ヒトコロナウイルス)の感染が、風邪症候群の原因の約15%を占めると言われています。
人から人へ感染しますか?
MERSコロナウイルスは人から人への感染がみられ、家庭内や治療にあたった医療従事者などの医療施設内での感染が報告されています。人から人への感染が、咳やくしゃみにて飛び散る粒子の飛沫感染によるものなのか、唾液などを介する接触感染によるものなのかは、いまだ不明です。
また、コロナウィルスは野生コウモリに宿ることから、コウモリの糞などからの感染も推測されているものの、発生源・媒介動物・感染経路ともに不明です。
中東呼吸器症候群(MERS)と重症急性呼吸器症候群(SARS)
どちらもコロナウイルスによって引き起こされる重篤な呼吸器感染症です。しかし、MERSコロナウイルスとSARSコロナウイルスは異なるウイルスで、MERSの人から人への感染はSARSほどは多くないと考えられています。MERSの死亡率は50%以上、SARSの死亡率は約10%です。
どの地域で感染が報告されていますか?
感染者の多くはサウジアラビア、カタール、ヨルダン、アラブ首長国連邦(UAE)などの中東(アラビア半島)諸国に滞在した人です。さらに、ドイツやフランス、英国、イタリア、アフリカのチュニジアからも報告されています(表1)。日本人、もしくは日本での患者の報告はありません。
MERSの症状は?
発熱、咳、痰、息切れなど肺炎の症状をきたし、急性で重篤な呼吸障害を生じます。また下痢、腎機能低下、血液凝固障害の併発の報告もあります。軽症で回復する感染者もいますが、約半数の患者が命を落としています。潜伏期間は1〜9日間と考えられていましたが、最近では10日間を超える患者も報告されています。
どのような人が感染していますか?
ほとんどの患者は中東の居住者か、中東から最近帰国した人です。感染は2歳の子どもから94歳の高齢者までにみられ、男性患者が約7割を占めています。フランス、イタリア、チュニジア、英国では、中東への渡航歴がないにもかかわらず、MERS患者やそれと疑われる患者との濃厚接触によって、医療機関や家庭内での限定的な地域内感染がみられています。免疫不全があると、感染リスクが高まる可能性があります。
MERSの治療法は?
MERSに有効な治療薬や治療法はまだありません。現在行われているのは、症状に対する対症療法や状態の改善を目指す支持療法が主体です。呼吸困難に対しては、酸素の投与や人工呼吸器での治療が行われます。
MERSの予防法はありますか?
MERSの予防に効果的なワクチンはありません。感染源も感染経路も分かっていない現在、MERSに特化した予防策は取れません。中東諸国への渡航時には手洗いを徹底し、動物との接触も避けるようにします。また、咳などの呼吸器症状がある人との濃厚な接触を避けるようにしましょう。
MERSの診断はどのようにしてなされますか?
MERSが疑われる患者の痰を検体として用い、特定の検査機関でMERSコロナウィルスの遺伝子診断(PCR法)が行われます。鼻咽頭のスワイプ検体は下気道からの痰より検出が劣る可能性があります。
MERSが疑われる患者とは?
MERSコロナウイルスの患者が発生している国に滞在してから10日以内に、38℃以上の発熱、咳、痰、息切れなど、急性の呼吸器症状が現れた場合には、検疫所または医療機関に相談してください。
中東諸国への旅行はできますか?
現在まで、WHO、日本の厚生労働省、ドイツのロベルト・コッホ研究所、アメリカ疾病予防管理センター(米国CDC)からは中東諸国への旅行を自粛するようにとの勧告は出されていません。また、WHOは入国時の特別なスクリーニングおよび渡航や貿易の制限は推奨していません。
WHOからのガイダンス
このような状況から、WHOは各国に重症急性呼吸器感染症(SARI)の監視を継続するよう推奨しています。また、状況の把握と1日も早いMERSの治療法確立のために、暫定的な患者の診断定義を発表しています。
確定患者 | • MERSコロナウイルスの感染が確認されている |
疑い患者 | • 肺炎所見や急性の呼吸器不全を伴う肺実質の炎症があるが、MERSコロナウイルスの確定ができない • MERSコロナウイルス感染の確定患者と濃厚接触があった |
濃厚接触者 | • 地域や医療機関で確定患者または疑い患者の世話をした • 確定患者や疑い患者の症状があった時期に同居または訪問した • 同じ教室で患者の近くに座ったり、患者とタクシーに同乗した • 飛行機で患者の近くに座った、など |