ジャパンダイジェスト

左派躍進と格差社会

ドイツの政界を、「左旋回」という妖怪が徘徊(はいかい)している。ニーダーザクセン、ヘッセンでの州議会選挙に続き、ハンブルクでも左派政党「リンクス・パルタイ」が議会入りを果たしたのだ。

ハンブルク市は州に相当するが、2月24日に行われた市議会選挙では、リンクス・パルタイが6.4%の得票率を記録し、5%条項の壁を突破して議会入りした(ドイツでは小党の乱立を防ぐため、得票率が5%を超えない政党は、会派として議席を持てない)。これとは対照的に、与党キリスト教民主同盟(CDU)は約5ポイント得票率を減らし、自由民主党(FDP)の得票率は4.8%と、リンクス・パルタイを下回った。

これで、全16州のうち、10州で左派政党が議会入りしたことになる。社会民主党(SPD)のベック党首は、「SPDが過半数を確保できなかったときには、旧西ドイツの州でも、リンクス・パルタイと協力して政権を作ってよい」という姿勢を示して、物議を醸した。この発言は、SPDの左傾化を如実に表しているからだ。特に、連立政権の組み方をめぐって紛糾が続いているヘッセン州では、SPDのイプシランティ氏が公約を破って、リンクス・パルタイの支援を得て州首相になるかどうか注目されている。

リンクス・パルタイは、旧東ドイツの政権党だったドイツ社会主義統一党(SED)の後身である民主主義社会党(PDS)を母体とする小政党である。同党は旧東地域では平均30%の支持率を得ているが、西側ではほとんど注目されなかった。それが今年に入って、旧西の地方選挙でも躍進を続けている最大の理由は、市民が社会保障の削減に強い不安を抱き、格差の拡大に反対していることだ。

これまでは、旧東ドイツに比べると比較的裕福だった旧西地域でも、格差は広がる一方である。輸出は好調で、大手企業は利益を増やしているにもかかわらず、サラリーマンや労働者たちは、コスト削減や工場の東欧への移転などにより「リストラの対象になるかもしれない」という不安を抱いている。シュレーダー前首相が実行した社会保障改革によって、失業した時の給付金は大幅に減らされ、実質的に公的年金は削減された。「定年になったら貧しくなる」という不安が、じわじわと広がっているのだ。

ドイツ経済研究所(DIW)によると、この国では全体の10%に当たる最も裕福な市民が、国全体の個人試算の6割を持っている。これに対し、市民の3分の2は資産らしい資産を持っていない。検察庁と税務当局の調べによって、ドイチェ・ポストの元社長など富裕層に属する何百人もの市民が、リヒテンシュタインに資産を移して多額の脱税をしていたことも明らかになった。庶民の間の不公平感は、募る一方だ。

リンクス・パルタイは、失業者への給付金の引き上げなど、所得格差の是正を前面に打ち出している。これが、現状に不満を持つ市民の心に訴えかけたのだ。左派政党の躍進は、「格差拡大に歯止めを」という有権者の抗議の表れである。連邦議会選挙が来年に迫るなか、CDUやSPDなど伝統的な政党は、この抗議にどう答えるのだろうか。

7 März 2008 Nr. 704

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
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