ジャパンダイジェスト

BNDによるマスコミ監視の危険性

対外諜報機関である連邦情報局(BND)が、またも世論の批判にさらされている。BNDの要員が、シュピーゲル誌の女性記者ズザンネ・ケルブル氏のメールをおよそ半年間にわたって傍受していたのだ。

BNDは、アフガニスタンのある大臣が、過激組織タリバンを支援しているのではないかという疑いを抱き、大臣が使っているコンピューターにいわゆる「トロイの木馬」と呼ばれるウイルス・ソフトウエアを仕掛けた。このソフトを使うと、メールを盗み読みできるだけでなく、コンピューターを使って作成した文書まで、自動的に入手することができる。

BNDは、2006年にケルブル記者がこの大臣とメールのやりとりをしていることに気づいたが、内容を盗み読みして記録するだけで、シュピーゲル側には今年になるまで連絡しなかった。

スパイ機関がマスコミを監視していたのは、今回だけではない。2年前、BNDが国内の記者たちの電話を盗聴するなどしていたことが明らかになり、議会関係者から強い批判が浴びせられた。BNDの主要任務は、外国人に関する情報を集めることであり、自国民、それも言論機関の監視を行うことではない。

このスキャンダルが明るみに出たにもかかわらず、スパイたちはケルブル記者のメール交信を傍受し続けた。内部告発の手紙がシュピーゲル誌などに送られなかったら、この違法行為は永久に闇に葬られるところだった。

BNDのウアラウ長官は、ドイツで諜報活動に最も詳しい官僚の一人だ。イスラエルとパレスチナ自治政府を仲介して、ケルン・ボン空港を舞台にした捕虜交換を成功させるなど、その手腕が高く評価されてきた人物だ。その諜報のプロが、なぜこのような活動を野放しにしていたのか、理解に苦しむ。辞任を求める声が高まるのも、無理はない。記者は、取材活動を通じ、テロ容疑者も含めて、捜査当局が接触できない人物にも会うことができる。スパイ機関にとっては、絶好の監視対象である。だが、スパイ機関に盗聴されていると思ったら、記者は自由な取材活動を行うことができなくなる。ジャーナリストにとって、情報源を守ることは基本中の基本だからである。ニュースソースとの会話がスパイ機関に筒抜けになっていたら、ジャーナリストは取材先との信頼関係を保つことができない。

その意味で、今回の傍受事件は、言論の自由やマスコミの独立性を脅かすものとして、重く見られなくてはならない。BNDで働く人々は、重要な情報を入手するために、国外でその国の法律に違反しても、上司からはとがめられない。だがドイツの法律や原則に違反することは許されない。企業だけでなく、BNDでもコンプライアンス(法令順守)意識を徹底させることが重要なのではないか。

9 Mai 2008 Nr. 713

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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