「ドイツには託児所や保育園の数が少なすぎる。3歳以下の幼児を預かる施設の数を現在の3倍に増やし、75万カ所にするべきだ」
フォン・デア・ライエン家庭相が打ち出した構想は、政界だけでなくドイツ全体で激しい議論を巻き起こしている。ドイツでは、結婚や出産後も働くことを望む女性が多いにもかかわらず、託児所の数が十分ではない。このため、子どもが生まれると、やむを得ず育児休暇を取ったり、仕事をやめたりしなくてはならない女性が多い。フォン・デア・ライエン家庭相は、自分も子どもを持っているため、家庭と職業を両立させることが、いかに大変であるかを知りつくしている。このため彼女は、母親たちが安心して働けるよう託児所や保育園を充実させようとしているのだ。
最も激しい論争が起きているのは、フォン・デア・ライエン家庭相が属するキリスト教民主同盟(CDU)である。ドイツでも保守派の中には、「女性は結婚して子どもができたら家で子どもの教育に専念するべきだ」と考える人が多い。こうした保守的な考え方にフォン・デア・ライエン氏が反旗を翻したのだから、CDUにとっては具合が悪い。彼女の考え方は、むしろ「子どもが生まれた瞬間から、母親が託児所をただちに利用するべきだ」とする。
アウグスブルクのミクサ司教は、「フォン・デア・ライエン家庭相は女性を”子どもを産む機械”におとしめようとしている」と述べ、日本の柳沢伯夫・厚生労働相と同じ言葉を使って批判した。ドイツの保守派は、「子どもの人格を形成するのに最も重要な幼児期に、子どもを託児所に預けて仕事をする母親が増えることは、家庭生活の崩壊に拍車をかける」と主張している。ドイツには、学校を全日制にすることにも反対する人が多いが、その背景には、多くのドイツ人が「子どもの教育は学校だけに任せてはならず、親が重要な役割を果たすべきだ」と信じているという事実がある。個人主義が強い、ドイツらしい考え方だ。
しかし託児施設が充実しており、ドイツほど料金も高くないフランスや英国に比べると、ドイツの働く女性が不利な立場にあることは明らかだ。ドイツで出生率が低くなっている理由の一つは、託児所が不十分であるために、子どもよりも職業を選ぶ女性が増えていることだという説がある。実際、フランスや英国の出生率は、ドイツを大きく上回っている。
社会主義時代の旧東ドイツでは、託児所は無料で、90%近い女性が働いていた。この状況を知っているメルケル首相は、家庭相の立場を支持している。家庭相の提案を実現するには、連邦政府、州政府、地方自治体に毎年約30億ユーロ(約4770億円)もの莫大なコストが生じる。だが、母親たちが働ける可能性を今よりも広げ、ドイツの人口 減少に歯止めをかけるためには、特別予算を講じても、家庭相のプロジェクトを後押しする必要があるのではないだろうか。
9 März 2007 Nr. 653