原稿の書きすぎのせいか、腱鞘炎(けんしょうえん)になった。左手首の関節に、時おり痛みが走る。このため整形外科医へ行こうとしたら、電話がつながるまでに15分もかかった。受付には、公的健康保険に入っている患者と民間健康保険に入っている患者の窓口が別々に設けてあった。見ていると、民間健保の加入者は優先的に診察してもらっており、待ち時間も公的健保の患者より短い。米国ほどではないが、ドイツでも医療制度が二つの階級に分かれ始めているのを象徴する光景だった。
公的健保に入っている市民は、民間健保に入っている市民に比べて、診察や検査のために待たされる日数がはるかに長くなる。一方、民間健保では、家族一人ひとりの保険料を払わなくてはならないので、保険料が公的健保よりもはるかに高くなる。
この国では、民間健保の被保険者は10%にすぎない。だが公的健保と違って、医師が請求できる診療報酬には上限が設けられていないので、彼らにとっては重要な収入源なのである。ある皮膚科の医師が、「我々は、民間健保に入っている人々のおかげで生き延びているのです」と自嘲気味に語っていたことがある。またすでに、民間健保に入っている患者以外は診察しない医師も現われている。
いよいよ来年から、メルケル政権の社会保障改革の目玉である健康保険基金制度がスタートする。これにより公的健保の患者は、これまでとは異なり、この健康保険基金に保険料を払い込み、公的健保の運営機関(クランケンカッセ)は、同基金から資金を受け取ることになる。
ドイツでは現在、健康保険に入っていない市民が増えている。そのため政府は、無保険者を減らすために、民間健保に公的健保と同範囲をカバーする「基本タリフ」の商品を開発させようというのだ。それにより民間健保会社は、基本タリフの商品を望む市民には、リスクにかかわらずこの商品を売らなくてはならなくなる。しかし、基本タリフの商品が生まれることによって、現在の民間健保の保険料は大幅に高くなる見通しとなっており、民間健保会社は、基本タリフの商品販売を強制されることを不服として、連邦憲法裁判所に提訴している。
米国では患者は、病気にかかって検査や治療を受ける前に保険会社に電話して、その治療行為が保険でカバーされるかどうか事前にたずねなくてはならないケースがある。高額な治療費がかかっても、保険会社が支払わないことがあるからだ。同国では、治療費を払うことができず破産する市民すらいるのだ。
ドイツでも高齢化が進んでいることから、改革によって医療費の増加に歯止めをかける必要があることは確かだ。しかし、ドイツが米国のように「医は算術」の世界になることだけは避けてほしいものだ。
16 Mai 2008 Nr. 714