ジャパンダイジェスト

ロシア・ウクライナ侵攻の衝撃 ドイツは大幅な軍備増強へ

最悪の事態が現実化した。2月24日にロシアがウクライナに対する侵略戦争を始めたのだ。ドイツは、欧州全体が脅威にさらされているとして防衛政策を根本的に転換し、大幅な軍備増強に乗り出す。

2月27日にベルリンで行われたデモでは、10万人以上の市民がウクライナへの連帯を表明した2月27日にベルリンで行われたデモでは、10万人以上の市民がウクライナへの連帯を表明した

第二次世界大戦以来、最大規模の戦争

首都キエフ周辺や第2の都市ハルキウなどで、ミサイル攻撃による爆発音が轟(とどろ)く。ウクライナの北部・東部の国境を越えて、ロシア軍の戦車や装甲兵員輸送車、自走りゅう弾砲など多数の軍用車両が侵入してきた。ロシアは16万人もの兵力を、ウクライナ周辺に集結させていた。両軍の兵士、民間人に多数の死傷者が出ている。ロシア軍は軍事施設だけではなく、キエフの高層アパートや幼稚園など民間施設も攻撃。30万人を超えるウクライナ人が隣国ポーランドやルーマニアに脱出した。欧州連合(EU)は最悪の場合、約700万人のウクライナ人が難民になると推定している。第二次世界大戦後、欧州で最大規模の戦争となった。

プーチン大統領は、24日のテレビ演説で「われわれはウクライナで虐待されているロシア系市民を救うために、この作戦を実行する。われわれの目的は、ウクライナを武装解除し、非ナチ化することだ。作戦の邪魔をする者には、過去になかったような報復を与える」と警告。西側諸国は、この言葉について、核兵器による報復を示唆したものとみている。彼は21日に親ロシア派が支配する「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」の独立を承認したときにも、「ウクライナは、外国に操られた植民地であり、主権国家ではない。外国の支援を得て、ロシアに対抗するための核兵器を持とうとしている」と主張した。

プーチン氏はしばしば「ゼレンスキー政権はネオナチに支援されている」と主張する。欧米は、彼がゼレンスキー政権の転覆と、親ロシア派による傀儡(かいらい)政権の樹立を目指すのではないかとみている。

ウクライナ政府はロシアと断交するとともに、18~60歳の男性に総動員令を出し、戒厳令を発布した。ゼレンスキー大統領は、ネット上にセルフィー動画を公開し「私はここに残り、最後まで国を守る」と語った。女性たちも自動小銃を持って国土防衛隊に参加し、子どもたちは空き瓶で火炎瓶を作っている。

EUが厳しい対ロ経済制裁を発動

ドイツのショルツ首相やフランスのマクロン大統領がクレムリンを訪れ、戦争を防ぐために必死の外交努力を続ける裏で、プーチン大統領は着々とウクライナ侵攻の準備を進めていた。それだけに西側諸国の政治家たちの怒りと絶望は深い。

ショルツ首相は、24日に「プーチン大統領の行動を正当化することはできない。ウクライナにとって恐るべき日であり、欧州にとって暗黒の日だ。ドイツはウクライナに対する連帯を表明する」と述べ、ロシアの軍事行動の即時停止を要求した。ベアボック外務大臣も「ロシアはウクライナ侵攻によって、国際秩序の最も重要な部分を侵害した。世界は、この恥ずべき日を永久に忘れないだろう」とプーチン大統領を批判した。EUは22日、ロシアがルガンスク人民共和国などの独立を承認した直後に、ロシアの銀行や企業、議員らのEU域内の資産凍結やロシア国債の取引禁止などの経済制裁を発表。24日にはさらに制裁措置を強化し、ハイテク製品などのロシアへの禁輸を決めた。

また欧米諸国は、26日にロシアの大手銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から締め出すことを決定。多くの銀行で国を超えた送金を不可能にする、厳しい措置だ。EUはロシアの航空機のEU上空の飛行も禁止した。ロシアも報復でEU加盟国の航空会社に対して空域を閉鎖したため、EUから日本への空の旅にも支障が出る。

ドイツが初めてウクライナへ武器供与

ドイツは安全保障政策を大きく転換し、軍備を増強する。同国は26日に、約1000基の携帯式対戦車ロケット砲、約500基の携帯式対空ミサイルなどをウクライナに供与すると発表。さらにオランダ政府がドイツ製の対戦車兵器400基をウクライナに送ることも許可した。ドイツはこれまで、NATO加盟国の中で唯一、ウクライナへの武器供与を拒否していたが、各国の圧力に屈した。

またショルツ首相は27日に連邦議会で行った演説で、装備不足に悩むドイツ連邦軍のために1000億ユーロ(13兆円・1ユーロ=130円換算)の特別基金を設置するとともに、毎年の防衛支出が国内総生産に占める比率を2%超に引き上げることを明らかにした。

ドイツは22日、「ロシアからガスを輸送するパイプライン・ノルドストリーム2の稼働許可申請の審査を停止する」と発表した。ロシアは、ドイツにとって最大のエネルギー供給国だ。2020年にドイツが外国から輸入したガスの約55%、石炭の約57%、原油の約34%をロシアから輸入している。ただしドイツ政府は、ロシアがエネルギーを政治的な武器として使う危険があるとして、今後は同国への依存度を減らす。

NATOはロシアに対する抑止力を強化するため、1949年の創設以来初めて緊急対応部隊をルーマニアに派遣した。これに対しプーチン大統領は、核戦力部隊を含む抑止力軍に警戒態勢を取るように命じ、さらに事態をエスカレートさせる構えだ。27日にゼレンスキー大統領は、ロシアの代表団とベラルーシ・ウクライナ国境で停戦条件について協議することを明らかにした。砲火が一刻も早くやむことを祈る。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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