ジャパンダイジェスト

ロシアがガス供給量削減 政府はガス節約を呼びかけ

ロシアのウクライナ侵攻の余波は、ドイツ経済にひたひたと忍び寄っている。ロシアがドイツへの天然ガス供給量を減らし始めたのだ。

6月21日、Tag der Industrieで演説をしたリントナー財務大臣6月21日、Tag der Industrieで演説をしたリントナー財務大臣

ロシアがガス輸送量を60%カット

6月15日、ロシアの国営ガス企業ガスプロムは、ロシアからドイツへガスを直接送る海底パイプライン・ノルドストリーム1(NS1)の1日当たりのガス輸送量を、通常の輸送量(1億6700万立方メートル)に比べて40%減らした。次いで6月16日には、通常の量よりも60%少ない6700万立方メートルへ削減。ドイツだけではなく、フランスやイタリアでも、供給されるガスの量が大幅に減った。

ガスプロムは削減の理由について、「ドイツのシーメンス・エナジー社によるパイプラインの修理作業が遅れているため」と説明している。欧州連合(EU)の対ロ経済制裁のため、ドイツ企業はNS1の修理作業を行うことはできない。

だがドイツの政界・経済界では、「技術的なトラブルのために、通常通りの量のガスを送れないというのは口実だ。ガス供給量の削減の真の目的は、ウクライナを強く支援するドイツ政府に圧力をかけることだ」という意見が有力である。

経済気候保護省のハーベック大臣は、6月21日にベルリンで行った演説で「ロシアのガス供給量削減は、ドイツ経済に対する攻撃だ」と断定した。大臣は、「この削減は、これまでとは異なる次元の攻撃である。ロシアはガスの供給量を減らすことでガスの卸売価格を引き上げ、われわれに不安を与えようとしている。つまりロシアはガスをわれわれに対する武器として使っているのだ」と述べ、プーチン大統領を非難した。

ロシアがガス供給量を通常に比べて60%減らした6月16日は、ドイツのショルツ首相がフランスのマクロン大統領、イタリアのドラギ首相らと共に初めてキーウを訪問し、「ウクライナをEU加盟候補国に指定することに賛成する」と発言した日だ。これを受けて欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、6月17日に、ウクライナを候補国に指定するようほかの加盟国に対して勧告している。ドイツの論壇には、「ロシアのガス供給量削減は、ドイツやEUに対するプーチン大統領の報復だ」という見方もある。

ガス卸売価格が急騰

ドイツのガス業界はロシアからの輸入量が減った分をほかの国から調達したため、今のところガス不足は起きていない。だが現在ドイツのガス貯蔵設備の充じゅうてん填率は約58%にとどまっている。貯蔵設備の運営企業は夏の間にガスを調達して備蓄し、今年10月1日までに充填率を80%、11月1日までに90%に引き上げなくてはならない。ロシアはガス供給量を絞ることで、ドイツの備蓄努力を妨害しているのだ。

欧州のガスの卸売市場Dutch FFTでも、すでに変動が起きている。6月14日午後にはガス1MW(メガワット)時の価格は84.4ユーロだったが、ガスプロムが供給量を60%減らした6月16日には、一時151.2ユーロまではね上がった。80%近い上昇率である。今後、家庭向けの小売ガス料金も高騰することは避けられない。ガスの卸売価格が上昇すれば、ロシアの国庫に入るガス代金収入は、自動的に増える。われわれはロシアからのガス、原油、石炭を消費することによって、プーチン大統領のウクライナでの侵略戦争を間接的に資金援助している。極めて情けない状況だ。

ドイツには液化天然ガス(LNG)の陸揚げターミナルがないため、ロシアから輸入しているガスを他国からのLNGで完全に代替できるのは、早くても2024年の夏になる。万が一ロシアがドイツへのガス供給を突然停止した場合、ものづくり大国ドイツの製造業界、特に大量のエネルギーを消費する化学業界などは深刻な打撃を受ける。多くの工場が操業停止に追い込まれ、数十万人の雇用が危険にさらされる。

ガス危機の影響はコロナを上回る

ハーベック大臣は、「ロシアからのガス供給が停止した場合のドイツ産業界への打撃は、2020年のコロナ・パンデミックを上回る可能性がある。事業を継続できなくなる企業も現れるだろう」と警告し、産業界と市民に対しガスの節約を要請した。

政府は「代替発電所確保法」という新しい法律を近く施行させ、ガス供給が減った場合には電力会社に対してガス火力発電を禁止し、廃止される予定だった石炭・褐炭火力発電所を運転することを予定している。ハーベック大臣は、「石炭・褐炭の利用を少なくとも一時的に増やすと、二酸化炭素の排出量も増えるが、現在は緊急事態なのでやむを得ない」と説明している。野党からは原発の使用継続を求める声もある。

ドイツ政府は今年3月に「ガス緊急事態計画」の第1段階の「早期警戒段階」を発令した。ロシアからガス供給が止まった場合は第3段階の緊急事態を発令し、国民経済への重要度などに応じて優先順位を付け、メーカーにガスを配給する。家庭や病院、介護施設や小口の事業所へのガス供給は制限されない予定だ。

リントナー財務大臣は、6月21日の演説で「われわれは今後3~5年にわたり、ガス不足の危険にさらされる。エネルギー価格の高騰やサプライチェーンの寸断により、深刻な経済危機に直面するかもしれない」と語った。独産業界が割安のロシア産エネルギーを使って高付加価値の製品を造り、輸出するというビジネスモデルは崩壊した。ドイツ人たちは国富を増やすための新たな道を見つけなくてはならない。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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