バカンスの季節になったが、経済については悪いニュースが山積している。昨年から回復の兆しを見せていたドイツの景気に、警戒信号が点滅し始めた。最大の理由はインフレの懸念である。5月には3.1%だった物価上昇率は、6月末には3.4%に伸びた。物価を押し上げている元凶は、原油価格の高騰だ。車を運転されている方ならば、ガソリンスタンドに立ち寄るたびに燃料の価格が高くなることに気づかれるだろう。
6月末には1バレルあたりの原油価格が140ドル台を突破し、史上最高値を記録。1年間で原油価格がほぼ2倍になった。産油国関係者からは、「今年の夏には原油価格が1バレルあたり150ドルから170ドルに達する」という声すら聞かれる。新興国の石油への需要が増えているだけではなく、投機的な動きも値段を押し上げているのだろう。新たな石油危機の到来である。
原油だけではなく、食料品や非鉄金属の価格も上昇している。インフレは生産コストの上昇につながるので、経済活動を停滞させる。ドイツの今年の経済成長率は2%前後になると予想されているが、経済学者の間では来年の成長率が半分、つまり1%に落ち込むという見方が強まっている。
物価の上昇は通貨の価値を減らす。ドイツは、第1次世界大戦後の大恐慌の際に超インフレに襲われた。このため、当時使われていたライヒスマルクが紙くず同然になり、パン1個を買うのに紙幣をトランクいっぱいに詰めて行ったり、壁紙の代わりに紙幣を壁に貼ったりするという、恐るべき事態を経験した。それだけにドイツ人は、インフレについて他の国民に比べて神経質である。
フランクフルトの欧州中央銀行は、ユーロの通貨価値がインフレによって侵されるのを防ぐために、政策金利(公定歩合)を4%から4.25%に引き上げる方針だ。インフレ・ファイターである中央銀行としては当然の措置だが、ドイツ経済にとって悪い面もある。政策金利が引き上げられると、国際的な機関投資家たちはドルや円を売り、ユーロ建ての投資を増やすので、ユーロのドルや円に対する為替レートは今後さらに上昇するだろう。現地生産を行わず、ユーロ圏で製品を作って日米に輸出する企業にとっては、ユーロ高は製品価格を釣り上げる。ドイツにとって重要な市場である米国では、サブプライム危機が収束しておらず、今後の景気の動向によっては、消費意欲が減退して輸入に悪影響を及ぼす恐れもある。燃料の高騰によって、米国での自動車に対する需要は激減し ている。
1年前には8000ポイントを記録したドイツ株式指数DAXは、すでに6500ポイントを割った。投資家たちはドイツ経済の先行きに暗雲を見ているのだ。これまで減少傾向にあった失業者数も、再び増える恐れがある。実際、ドイツ最大の電機・電子メーカー、ジーメンスは、世界中で従業員の数を1万7000人も減らす方針を明らかにした。景気の失速は、「社会保障を削減する」というシュレーダー流の改革派にとって逆風になるだろう。
11 Juli 2008 Nr. 722