ジャパンダイジェスト

ショルツ首相が訪中 ウクライナ戦争と貿易の壁

北京の釣魚台国賓館で会談したショルツ首相と習近平国家主席北京の釣魚台国賓館で会談したショルツ首相と習近平国家主席

オーラフ・ショルツ首相(社会民主党・SPD)は4月14日から16日まで、約1年半ぶりに中国を訪れた。しかし、ウクライナ戦争や貿易をめぐって意見の違いを解消することはできなかった。前回の訪中(2022年11月)では、コロナウイルスをめぐる中国の厳しい検疫規則などのために、ショルツ氏はほぼ1日しか北京に滞在できなかった。だが今回同氏は、3日間中国に滞在した。ショルツ首相が外国への出張で一つの国に3日間滞在したのは初めてであり、彼が中国をいかに重視しているかが表われている。

ショルツ氏は「今回の訪中の目的は、中国と対話を続けることだ」と語った。そして協議の重点をウクライナ戦争と経済問題に置いた。

中国政府はロシアへの影響力行使を拒否

ショルツ首相は4月16日に、習近平国家主席と3時間20分にわたり会談した。だがウクライナ戦争をめぐる話し合いで、ショルツ首相は壁に突き当たった。彼は北京で「ロシアのウクライナ侵攻は国際的な秩序、国境不可侵の原則を乱し、ドイツの権益を直接害している。国連憲章にも違反する行為だ」と訴えた。そして習近平氏に対して、「中国はロシアとの緊密な関係を利用して、プーチン大統領が侵略行為をやめるように働きかけてほしい」と要請した。

ショルツ氏が習近平氏に対して協力を要請した理由は、中国がロシアにとって重要なパートナーだからだ。中国はロシアから大量の天然ガスや原油を輸入している。また習近平氏は、ロシアのウクライナ侵攻直前にロシアとの連帯を強調し、プーチン大統領のウクライナ問題に対する主張に理解を示していた。欧州連合(EU)とウクライナは、「中国は軍事目的にも使える製品や技術をロシアに供与している」と疑っている。ショルツ氏は北京での会談の中で、ロシアに対する隠れた支援をやめるよう中国側に要請したに違いない。

だが習近平氏がショルツ氏に見せた態度は、冷たかった。習近平氏は、「中国はロシア・ウクライナ戦争については中立的な立場を維持する」というこれまでの公式的な見解を繰り返すにとどめ、ドイツ側の仲介要請を拒否した。一つの焦点は、スイス政府が今年6月15日に開催する予定の、ウクライナ戦争に関する国際和平会議だった。ウクライナのゼレンスキー大統領は、この会議に参加する予定だ。ドイツは中国が仲介役として会議に参加することを期待している。

だが習近平氏は、「戦争を終わらせるための国際的な努力は評価する。しかし会議には、ロシアとウクライナが同等の権利を持つ国として参加するべきだ」と述べるにとどめた。この発言には、習近平氏が、和平会議でロシアが非難されて孤立する事態を警戒していることがうかがわれる。このため両国の政府は、「われわれは和平会議を前向きにとらえ、実現について努力を続けるという点で一致した」という曖昧な声明しか発表できなかった。中国側は、「ロシアとウクライナの首脳が参加しない限り、中国は参加しない」という姿勢を打ち出している。本稿を執筆している4月23日の時点では、プーチン大統領はこの和平会議への参加の意思を表明していない。このため、習近平氏が参加する可能性も極めて低いとみられている。

ショルツ氏が前回訪中した時には、習近平氏は「いかなる国も核兵器を使用することに反対する」と述べて、プーチン大統領がウクライナで核兵器を使わないよう要求した。当時この発言は、欧州では「中国が核兵器の使用に反対する欧州諸国に足並みをそろえた。ドイツの外交努力の成果だ」として前向きに評価された。このためショルツ氏は今回も、中国がウクライナ戦争をめぐり、欧州に歩み寄ることを期待していた。だが今回、習近平氏はスイス和平会議についても踏み込んだ発言を避け、ドイツに肩透かしを食わせた。

緑の党のアニエスカ・ブルッガー副院内総務は、「中国は、ドイツの国際秩序回復へ向けてのアピールに関心を示さなかった。ショルツ首相は、習近平氏から曖昧なコメントを与えられただけで、追い返された」と酷評。これに対しSPD左派のロルフ・ミュツェニヒ院内総務は、「ショルツ首相は、中国政府から初めて和平会議について前向きな見解を引き出した。成果を過小評価してはならない」と述べ、首相の努力を称賛した。

欧州への輸出でもすれ違い

ショルツ首相にとってもう一つの重要なテーマは、経済関係だった。ショルツ氏は李強首相との会談で、中国から大量の安価な太陽光発電パネルなどが欧州に輸出され、供給過剰状態になっていることを指摘し、中国政府の対応を求めた。これに対し李強首相は「豊富な供給は競争を加速する。この問題は、市場が解決するだろう。ドイツと中国は協力して自由貿易を促進し、保護主義的な政策と闘うべきだ」と述べた。つまり中国政府には、自国企業に対して欧州への輸出を減らすよう指示する意思はない。価格競争力が弱い欧州企業は引き続き苦戦を強いられる。この点でも、ショルツ氏の訴えは空回りしたというべきだろう。

ドイツ政府は昨年中国戦略を公表し、戦略的に重要な製品や天然資源については、中国への過剰な依存を減らすデリスキングの原則を打ち出した。だが今回のショルツ首相の訪中では、この原則は前面に押し出されなかった。人権問題も中心的なテーマにならなかった。同氏はメルケル前首相と同じく政経分離政策をとり、貿易・投資を優先しているようにみえる。「ロシアには厳しく、中国には寛容に」というショルツ首相の態度は、果たして長期的に成功するだろうか。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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