ジャパンダイジェスト

フォルクスワーゲンは競争力を回復できるか?

トヨタに次ぐ世界第2位の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)グループが大規模なリストラに踏み切る方針を打ち出した。「VWはタブーを破った」という批判もある。労働組合は強く反発している。

9月4日、ヴォルフスブルクのVW本社会議に参加するオリバー・ブルーメ社長(左)9月4日、ヴォルフスブルクのVW本社会議に参加するオリバー・ブルーメ社長(左)

国内の工場閉鎖の可能性も

「自動車産業を取り巻く環境は大きく変わった。情勢は極めて厳しい」。9月2日にVWグループのオリバー・ブルーメ社長が打ち出した方針は、同社の従業員だけではなく、ドイツの政界、経済界にも強い衝撃を与えた。同社は「車の販売台数減少のために、ドイツで生産能力が過剰になっており、1~2カ所の工場が余分だ。国内工場の一部閉鎖や、従業員の解雇も辞さない」と発表した。1937年創設以来、国内工場が閉鎖されたことは一度もない。

ドイツのVW社員は、事業所評議会(企業内組合)が1994年に経営側と結んだ雇用保証協定によって解雇から守られていた。この協定は2029年まで続く予定だったが、今回経営側はこの合意を破棄。経営側は来年7月から社員を解雇できる。VWグループは、全世界で約68万人を雇用。国内10カ所の工場で約12万人、約6万人がヴォルフスブルクの本社工場で働く。

事業所評議会は、「工場閉鎖と解雇には断固反対する。状況悪化の原因は、経営陣が割安なBEV(電池だけを使う電気自動車)の開発に遅れたことだ」と強く反発した。同氏は「リストラ案を撤回させるために、12月以降ストライキも視野に入れる」と述べており、全面対決の様相が深まっている。

VW乗用車部門の低利益率が焦点

なぜVWはこれほど厳しい措置に踏み切るのか。最大の原因は、VW乗用車部門の収益性の低さである。VWグループは2023年に全世界で約936万台の車を売った。そのうち、コアブランドが約483万台で、約52%を占める。しかしコアブランドの販売台数の半分以上を占めるVW乗用車部門の今年上半期の営業利益率(営業利益の売上高に対する比率)は、わずか2.3%だった。これはポルシェの15.7%、シュコダの8.4%、アウディの6.4%に比べて大幅に低い。つまりVWグループのフラッグシップ(旗艦)ともいうべき部門の利益率が、際立って低いのだ。経営陣は今回の改革によって、VW乗用車部門の利益率を2.3%から6.5%に引き上げることを目指す。

VW乗用車部門の利益率が低い理由は、人件費の高さや、昨年ドイツ政府が購入補助金を廃止したために、BEVの国内販売台数が低迷していることだ。BEV市場は二酸化炭素削減という政策に基づいて、人工的に作られた。しかもBEVに使われる電池の大半は、中国からの輸入だ。このためBEVの価格は内燃機関の車よりも約30%高いので、政府の補助金なしには普及が難しい。ショルツ政権が財政難のあおりを受けて補助金を廃止したことは、BEVに注力してきたVWにとっては、はしごを外されたことを意味する。

連邦自動車局によると、昨年12月に新規登録されたBEVの台数は5万4654台だったが、今年1月にはほぼ半減。今年8月のBEVの新規登録台数は、前年同期比で69%も減った。VWは国内10カ所の工場のうち、エムデンとツヴィッカウの2工場をBEVだけを組み立てる工場に改修したが、BEV不振のため工場の稼働率が低い。ドイツの自動車業界は、過去数年間にBEV普及を見込んで数十億ユーロの費用を投じたが、生産能力のだぶつきが生じている。

中国事業の不振も逆風に

もう一つVWを苦境に追い込んでいるのが、同社にとって世界で最も重要な市場の一つである中国事業の不振だ。VWグループにとって、中国での販売台数は約33%を占める。だが2023年度業績報告書によると、同グループが中国で売った車の台数は、2022年から2023年にかけて5万7000台減った。

ドイツの経済日刊紙ハンデルスブラットは、今年8月16日付電子版で、「2020年からの4年間で、VWグループの中国での販売台数は43万台減った。VWグループの中国でのマーケットシェアは、19%から14%に減った」と報じた。同氏は「逆に中国メーカーのマーケットシェアは2020年の33%から、2024年6月には52%に増加した」と指摘している。VWは中国でのマーケットシェアにおいて長年首位を占めたが、2023年の第1四半期に、中国の自動車大手であるBYDにその地位を奪われた。

その原因は、VWが中国メーカーに対抗できる魅力的なBEVの開発に遅れたためだ。中国では、メーカーの間でBEVの激しい値引き合戦が起きており、欧州とは違ってBEVの方が内燃機関の車よりも価格が安い。VWのアルノ・アントリッツ取締役は、「これまでは中国からの黒字で、ドイツの低い収益率をカバーすることができた。だが中国でのわが社のマーケットシェアが減り、もはや中国からの黒字でカバーすることはできない」と述べている。

ドイツ政府は、VWに対する支援策を現在協議中だ。内燃機関の車を廃車にしてBEVを買うと6000ユーロの補助金がもらえる制度や、産業用電力料金の上限設定などの提案が出されている。だが政府の補助金は、急場しのぎのカンフル注射にすぎない。割安で魅力ある製品を開発して国際競争力を高めるには、VWが体質を改善する必要がある。VWが改革に成功するかどうかは、高い人件費やエネルギー費用に悩むドイツの製造業全体にとっても、重要な試金石になりそうだ。

 
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熊谷徹
1959年東京生まれ、早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。神戸放送局、報道局国際部、ワシントン特派員を経て、1990年からフリージャーナリストとしてドイツ在住。主な著書に『なぜメルケルは「転向」したのか―ドイツ原子力四〇年戦争』ほか多数。
www.facebook.com/toru.kumagai.92
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