ようやく春の足音が聞こえてきたドイツだが、経済に関して言えば明るいニュースは少ない。戦後の西ドイツでは、どんなに景気が悪い時でも国内総生産(GDP)が1%以上の減少率を示したことは1度もなかった。今回の不況について連邦政府は、「マイナス成長率が2.25%になる」として、史上最悪の景気後退になると予想していた。ところが最近、経済研究所の専門家の間では「マイナス成長率が5%に達する」という悲観論が浮上している。ドイツ経済は日本と同様に貿易に大きく依存しているが、輸出額の落ち込みが当初の予想を上回っているからだ。世界同時不況のために、輸出産業が大きな打撃を受けているのだ。
さて、不況の悪化を防ぐためにドイツなど各国政府は、民間経済に天文学的な金額の資金を注ぎ込んでいる。例えばドイツ政府は、銀行に対する資本注入と連帯保証に総額4800億ユーロ(60兆4800億円)、その他の景気刺激策に500億ユーロを投入している。5300億ユーロと言うと、2007年の連邦政府の歳出額(3350億ユーロ)を大幅に上回る金額だ。この国の国内総生産(GDP)の5分の1が、不況対策に投入されていることになる。気の遠くなるような金額である。
一方、米政府のおカネの使い方ははるかに激しい。連邦準備制度理事会は長期国債などを買い取ることで、1兆7500億ドル(157兆5000億円)を市場に注入する。スイスや日本、英国政府も債券を買い取ることによって、急性の不況病に苦しむ民間経済に対し、資金による「輸血」を行っている。
政府が直接おカネを注入している理由は、すでにどの国でも政策金利が歴史的な低さに達しているため、中央銀行はこれ以上金利を下げることができないからだ。
気になるのは、この何百兆円という金額が企業の経済活動や政府の蓄えから来ているのではなく、造幣局の印刷機から生み出されているということだ。しかも、この資金注入によって政府の借金もうなぎ上りに増える。大量のおカネが市場に流れ込むということは、おカネの価値が下がり、物の価値が上がることを意味する。すでにドイツの経済学者の間では、将来インフレ(物価上昇)が発生する可能性が指摘されている。
これまで、大量のおカネが市場に溢れた直後には、いつも新しいバブルが発生して物価を急上昇させている。米国の不動産バブル崩壊の悪影響を退治するための「輸血療法」が、次のバブル発生につながるのだ。
ドイツは、20世紀初めに猛烈なインフレによって通貨の価値がほぼゼロになるという苦い経験を持つ。1913年にはパンの値段が1キログラム=26ペニヒだったが、第1次世界大戦後の超インフレで、同じパンを買うのに2000億マルクを支払わなければならなくなった。
もちろんこれほど激しいインフレが発生する可能性は低いし、インフレがいつ起こるかもわからない。だが中央銀行は、通貨の安定性を維持するために不況が回復し始めた時点で金利をすばやく引き上げて、インフレの芽を摘まなくてはならない。通貨政策担当者の肩には大きな責任がのしかかっている。
3 April 2009 Nr. 759